これから「ネットの側の人」がネットユーザーに腹を立てたり、ネットそのものの可能性に絶望する発言をすることは、ネットが不自由な空間への道を加速させているだけにますます難しくなるだろう。そういった意味で梅田氏は良いタイミングで「一抜け」をしたのではないだろうか。「ハイブロウなものが好き」でシリコンバレーで頭の良い人と日々切磋琢磨し続け、多分会話やメールのキャッチボールもポンポンとはずみ、常に何かを生産し続けている梅田氏とその周囲の人々にとって、ネットというバカも暇人もさんざんいる荒くれ世界はちょっとキツいかもしれない。多分話も通じづらいのだろう。
「これまでお疲れ様でした」と言うのが礼儀
梅田氏はコンサルタントとして、高い地位を築いた人である。シリコンバレーにいたために普段の業務で出会ったコンピュータ・テクノロジーの最先端の人々を2003年以降紹介することにより、ネットの可能性を説く第一人者となった。約40万部売れた『ウェブ進化論』という「ネット教典」によって影響を受けた人々は梅田氏の信奉者になった。「モッチー」などの愛称でも呼ばれるようになり、大人気者になった。だが、「Twitter発言」→「残念発言」により人気は下落した。
もしかしたら梅田氏は、ネットで目立たぬ存在になるつもりで敢えて反感を買う発言を2連発したのかもしれない。人々の期待に応えるのも辛くなっただろうし、ネットの人々との距離を取りたくなったのだろう。なぜなら彼はハイブロウで超一流の世界が好きな人物だから。そして、梅田氏は普段の仕事があるし、日本に帰国すれば多くの人が彼に会いたがる。
そういった意味で究極の「リア充」*であり、高い地位をすでに保持している梅田氏はネットのことを今後擁護する必要もなければ、多くの人が期待する「伝道師」になるインセンティブも特にない。多分、今我々が言うべきは「これまでお疲れ様でした。色々教えてくれてありがとうございます。おかげ様でネットの可能性と、そこから展開される社会のイメージが明確になりました。またネットについて語りたくなったらぜひ前に出てきてくださいね」なのではないだろうか。それが功労者に対するせめてもの礼儀だ。
*リア充=リアルな生活が充実した人
中川淳一郎氏
Junichiro Nakagawa
1973年東京都生まれ。編集者・PRプランナー。一橋大学商学部卒業。2001年に博報堂を退社後、ライター、雑誌編集者になり、2006年からはインターネットのニュースサイト編集にも携わる。編集・執筆業務のほか、ネットでの情報発信に関するコンサルティングやプランニング業務も行っている。今年4月に出版した『ウェブはバカと暇人のもの 現場からのネット敗北宣言』(光文社新書)が話題に。
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