「歴史の反復はあると思います。資本主義経済の景気循環や、国家次元での反復があるからです」。持論を語って、柄谷さんは一息ついた。1980年代から、柄谷さんは、歴史の反復性について語ってきた。約60年の周期での反復である。それは長期的な景気循環に基づいている。すると、1990年代は1930年代を反復することになるだろう、という見通しが得られる。
ところが、違った。1930年代のファシズムは1990年代には台頭せず、逆に、新自由主義が席巻した。それで、柄谷さんは考え直した。
「反復を否定する必要はない。ただ、その周期を60年ではなく、その2倍の120年として見ればよいと考えたのです。だから、現在に似ているのは、120年前の1890年代です。当時は、帝国主義が高らかに唱えられ、賛美された。そのイデオロギーが、弱肉強食という、社会進化論です。近年の新自由主義は、帝国主義のイデオロギーと似ているんですよ。たとえば、自由競争、自己責任、『勝ち組』と『負け組』とか、いうわけだからね」
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アジアと欧州の懸け橋と呼ばれるトルコ・イスタンブール。柄谷さんは5月末から6月初め、講演に招かれた。この国は日本人が参照すべき一つのモデルだと思ったという。
「日本は極東ですが、トルコはオリエントというより、アジアの極西です。トルコは日本と非常に類似している点があると思います」。1923年に成立したトルコ共和国は、明治維新を参考にして文字や宗教制度を改革した日本とゆかりのある国だ。国内は今も、欧州とアラビアのはざまで真っ二つに分裂する。イスラム教徒が9割以上だが、米軍が駐留を続け、EU(欧州連合)加盟が本格的に議論されている。
「トルコは、今後も分裂したままだろうし、どちらかに統一しないほうがいいと思う」。柄谷さんが昨年訪れたカナダも同じだった。米国圏に属しているけれども米国への依存度は高くはない。かといって、ヨーロッパにもつかない。「それによって、カナダは普遍的なポジションを保ち、かつ一目置かれている」
毎日新聞 2009年6月30日 東京夕刊