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故・石原裕次郎(1987年7月17日死去、享年52歳)の二十三回忌法要は5日、東京・霞ケ丘の国立競技場で執り行われる。本番前日の4日、同競技場では非公開で最終リハーサルが行われた。徹夜組は禁止されたものの、3日昼に訪れたという札幌市在住の74歳の女性など、競技場入り口の門前に座り込むファンの姿も。石原プロは15万人の来場者を見込むが、十三回忌(99年)では総持寺に20万人が詰めかけただけに、予測はつかない状況だ。
裕次郎の伝説は最終章を迎えた。番頭・小林正彦(73)が「最後の法要。総括」と声高に言う二十三回忌法要の幕が、いよいよ開く。
4日のリハーサルは「当日、ファンに楽しんでもらいたい」(小林)ということから内容は非公開。競技場内では当日の流れや安全面など確認作業が行われたようだ。
建設作業は3日午後6時に終了。同日には舘ひろし(58)も視察に訪れ“裕次郎寺”の出来栄えに喜んでいたという。
十三回忌(99年7月3日)のときは前日までに総持寺敷地内に約3000人の徹夜組も出たが、今回は公道への影響もあり完全に禁止。それでも門前には、数十人がシートを広げて座り込む熱狂的なファンの姿もあったが、夜には安全面から全員が撤収した。
当初、小林は原点回帰の思いで総持寺での開催に向けて奔走した。しかし、十三回忌の頃より来場者を収容できる場所が小さくなったことや、自治体などの反対もあり実現できなかった。国立での開催は苦肉の策として考え抜いた結果だった。
十三回忌ではあまりの数の参列者のため5万人を帰さざるを得ない状況となり、十七回忌(03年7月9日)は3万人限定とした。小林は「ファンの方々に参列していただく形をどうしても取りたかった」。
場所がすべてではなく、総持寺本堂とほぼ原寸大の一夜限りの“裕次郎寺”を建設。更には「裕次郎さんの魂なくして寺以外での法要はありえない」と、本物の本尊を持ち込んだ。
約5万人収容の競技場に、周辺一帯を開放。「15万人はさばける」(小林)と、過去の反省から受け入れ態勢も万全。来場者の流れを途切らせずにできるだけ多くのファンが献花できるように、セレモニーなどの演出は最低限に抑えた。
国立競技場からJR中央線をまたいだ所には、裕次郎が闘病生活を送った慶応病院がある。「大観衆の声に興味を持ってたりしたことがあった」と妻・まき子。「私にとってもなるべく通りたくない場所だった」積年の思いにケジメをつけるためにも、この上ない場所でもあった。
今後、誰もがなしえないであろう国立での二十三回忌法要。裕次郎の“偉業”は、再び未来へと語り継がれる。
(2009年7月5日06時00分 スポーツ報知)
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