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社説:死因の究明 人の尊厳のため徹底を

 事件性の有無などを調べる検視の精度を高めるため、警察庁は携帯型の超音波診断装置を全国の警察本部に配備する。超音波画像による診断には限界もあるが、司法解剖数が限られ、刑事調査官(検視官)の要員も不足する現状では補完効果が期待できる。先に一部で導入したCT(コンピューター断層撮影)と共に幅広く活用すべきだろう。

 昨年中に全国の警察が取り扱った変死体は約16万体を数える。高齢化で孤独死などが目立ち、検視件数はこの10年で1・5倍に増えた。最善の死因究明法は解剖とされ、昨年は犯罪が疑われる約6300体を司法解剖しているが、変死体に占める司法解剖率は3・9%に過ぎない。死因不明の死体が対象の行政解剖を加えても10%弱にとどまる。欧米諸国は50%前後に達し、100%実施している国もあるだけに、日本の解剖率の低さは際立っている。

 それどころか、警察で検視を専門とする検視官の臨場率も約14%にすぎず、多くの変死体は所轄署員と法医学が専門でない地元の医師によって死因や事件性が判定されている。犯罪被害者が病死や自殺などと判断されると、別の端緒で発覚しない限り、犯罪ごと闇に葬られてしまうが、その危険性はぬぐえない。交通事故死でも、解剖されるのは6%弱との統計がある。本人の運転ミスで片づけられていても、突然の病死のケースが少なくなく、結果的に事故原因も解明されていないのが実情だ。

 警察の当初の検視で病死とされていた一昨年の力士暴行死事件を機に、検視のあり方を問い直す声が急速に高まり、政府も昨年末、死因究明体制を強化する方針を打ち出した。しかし、解剖医のなり手が少ない上に、国公立大学の法医学教室は、法人化で採算性を問われるようになった影響もあり、医師数も予算も削減される傾向にある。都道府県に「死因解明センター」を設置すべきだとの指摘もあるが、行政解剖を専門とする監察医制度も東京、大阪など5都市にしかない。事態を憂慮した警察庁は、日本法医学会に解剖体制の整備について協力を要請しているが、短期間での改善は望み薄だ。当面は全国の警察が検視官の養成などに力を入れ、検視技術の向上に努めるしか方策はない。

 長期的な視野に立った施策が必要不可欠だが、その際、死因の究明は人間の尊厳の問題と位置付けることが大切だ。死因を特定することで、犯罪を見つけ出すだけでなく、初めて治療や救命の手立てを尽くすことができる。一部に残る解剖を敬遠する気風を一掃し、病理解剖も活性化させて人の死に疑義を残さぬシステムを構築しなければならない。

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毎日新聞 2009年7月5日 東京朝刊

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