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2009/05/01

<随筆>◇キムパプ(ノリ巻き)礼賛論◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 韓国で長らく文字通り“冷や飯”を食わされてきたオニギリが、ついに商品として市民権を得たのはその名称を「三角キムパプ(つまり三角オニギリ)」と命名したからだ。以来、コンビにでも売れ筋になった。

 これはつい近年のことで、まだ十年ほどの歴史しかない。オニギリを意味する「チュモクパプ(つまり、げんこつ飯)」では絶対に売れない。「チュモクパプ」は下品(?)で貧しさと非常食のイメージを抜け出せないからだ。

 もっとも韓国にはもともとノリを使ったオニギリはなかった。日本でも昔はノリは使わなかった。歴史的には戦後のわりと新しい食文化と思う。オニギリの進化、高級化だ。いずれにしろ韓国で「三角キムパプ」というネーミングを考えついた人は実に偉い。
韓国ではノリ巻きのことを「キムパプ」という。その起源は日本と思われるが、日本のノリ巻きは「巻き寿司」といわれたように、元は寿司の一種で、飯に酢が入っている。ところが韓国では酢は入らず、代わってノリにゴマ油を塗って香りを出す。酢もゴマ油も防腐効果がある。韓国人はゴマ油が大好きだ。酢に代わってゴマ油という“韓国化”が、韓国での大衆化につながり定着、発展となったと思う。

 いつからになるか、韓国ではキムパプ・ブームが続いている。人気の専門チェーン店の名前そのままに「キムパプ天国」だ。昔は市場や屋台などで棒状のキムパプを積み上げて売っている風景しかなかったが、今や街のいたるところに専門店がある。

 人気の背景にはキムパプの多様化がある。中に詰める具や形が実に多様なのだ。キムチやチーズ入りなどは誰でも想像できるが、ぼくのお好みでいうと「サラダ・キムパプ」とか「ケランマリ(玉子焼き)・キムパプ」などがグーである。前者は具がフルーツサラダ風なのがいいし、後者はノリで巻いたのをさらに玉子焼きの皮で巻く。だから黄色いノリ巻きになり、色もよく太くて豪華だ。

 それからナゾめいているのが「ヌード・キムパプ」。名前は艶かしいが、出てきたのを見るとノリが中に巻き込んであって、外側がご飯だけで白くなっている。なるほどあれでは「裸巻き」だ。知らない客の気を引くあたり、このネーミングなども絶妙ですねえ。

 いかにも韓国的なキムパプというと「チュンム・キムパプ」だろうか。ただ白い飯をノリで巻いた直径二、三センチ、長さ六、七センチほどの具が入らない超ミニで、それが何個かと、別途に必ずイカのコチュジャン和えと大根キムチが添えてある。今は「統営」といっている南部の港街「チュンム(忠武)」が起源というが、素朴かつ激辛だ。あれが韓国キムパプの原点か?韓国キムパプ紀行は安くておいしくて安全で面白い。どうぞお試しあれ。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。