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ゲバラに思い重ね リーダー待望する若者

2009年1月22日

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 チェ・ゲバラの半生を描いた映画2部作のうち、10日に公開された前編「チェ 28歳の革命」が、観客を集めている。団塊の世代に交じって目立つのが30代以下の若者という。遠く離れた国で社会主義革命を成功させ、41年前に亡くなったリーダーに、日本の若者たちはどんな思いを重ねているのだろう。(高橋昌宏)

 17日、東京・池袋の立教大で後編「チェ 39歳 別れの手紙」(31日公開)の試写会が開かれた。会場はほぼ満席。学生らに参加理由を尋ねると「革命家がどんな人か知りたかった」「理想主義に興味があった」「ポスターが格好良かった」などの答えが返ってきた。

 配給会社による参加者へのアンケートで、ゲバラを「よく知っていた」と答えたのは3割。大半が名前や顔を知っている程度だった。鑑賞後に「今の日本にゲバラが必要と思うか」という問いには、「どちらかと言えば必要」を合わせると、約半数が必要だと回答した。

 その理由はこんな具合。「社会が閉塞(へいそく)感に満ちているし、オバマ大統領のような人も現れそうに無い。彼のように人として見本になれる人が必要」「放棄して逃げるだけの弱い人間ではない」「武力に訴えるやりかたは賛成できないが、政府に対する不平不満に真正面から対抗する姿勢は必要だと思う」

 TBSラジオ「文化系トークラジオ Life」は先週末、「2009年のチェ・ゲバラ」と題する特番を放送した。収録現場を訪ねると、社会学者の鈴木謙介さん(32)と経済学者の橋本努さん(41)らがトークを重ねていた。

 橋本さんは、当時のキューバ政府軍が農民を略奪の対象としたのに対し、ゲバラの部隊は農民たちを尊敬し、支持を集めたことに着目。「テロやクーデターで崩すのは簡単だが、負けてでも、農民たちから革命の動きを起こすことにこだわった」

 鈴木さんは「すごい感じたのはリーダーシップ。オレが変えてやるというのでなく、自分のいる場所からムーブメントを起こそうとしていた」と応じた。

 さらに強欲資本主義から来る貧困や格差に苦しむ今、「国が頼りにならないなら、と正義のヒーローを求めたり、直接行動を許容したりする空気が広がっている」という話に。一例として、日比谷公園の「年越し派遣村」が話題に上った。

 橋本さんは「若者の間で正社員になれないという絶望感が広がっている。彼らが無産階級化すれば、直接行動に移っていくのではないか」。鈴木さんは、現状を否定するのは簡単だとし、「何を作ればいいのかを考え、全体をデザインできる」のがリーダーの資質だと話した。

■ゲバラ世代 偶像でなく実像に共感

 ゲバラに同時代的にひかれた世代は、映画をどう見たのか。

 『ゲバラを脱神話化する』を著した太田昌国さん(65)は「偶像ではなく、実像として描いている」と評価する。挿入される国連総会での演説場面がゲバラの人柄を表しているという。

 「南北格差の解消や米国の帝国主義の追放といった課題を、キューバだけでなく南米全体の問題としてとらえている。だから聞かせる演説ができた。国際的な場で、自らの国の利益になるような主張しかしない今の政治家とは違う」

 太田さんの世代の多くが、学生時代に社会の変革を夢見ながら挫折した経験を持つ。「今も格差や不平等が蔓延(まんえん)している。そんな社会を変えられないのはおかしいという思いがある限り、ゲバラの言う『人間が、人間の敵ではないあり方』という問いが投げかけられる」

 映画に不満なのは『チェ・ゲバラ伝』を書いた作家の三好徹さん(78)。「裕福なアルゼンチン人のゲバラがキューバで戦った理由など、彼のロマンチシズムが描かれていない」と話す。

 「不正や理不尽なものに怒り、世の中をよくしようとする志があった」。20代でカストロと出会い、腐敗したバチスタ政権と、それを支えた米国への帝国主義への憤りが、ゲバラの革命の発端だったという。

 「今の日本の政治はひどいが、ゲバラ的なリーダーが誕生するとは思えない」と三好さんはみる。ブームになっている『蟹工船』とは、搾取という共通点にとどまらず、「不屈の精神」という点でゲバラと小林多喜二を結びつける。「これが今の日本には欠けている。志のためには困難な道を歩く覚悟が必要です」

■俳優 ARATAさん「激しく生き抜く姿、魅力」

 10代の頃からゲバラにひかれているという俳優のARATAさん(34)に映画の感想を聞いた。

 主義や思想をうたいすぎず、革命もゲバラも美化していないのが、よかった。革命の醜さ、犠牲を受け入れ、村を襲った味方の脱走兵を処刑する厳しさを持って、志を貫くゲバラが描かれていた。

 若い世代がゲバラに魅力を感じているのは、革命や社会主義ではなく、激しく自分の人生を生き抜いている部分ではないか。それにシンプル。やるべきこと、目指すものがはっきりしている分、無駄がそぎ落とされ、結果が出やすくなる。

 ゲバラは、革命に命をかけた。命をかけて何かをするとき、それまでとは違う世界が見えてくる気がする。でも、ゲバラと同じことをするのが答えではない。僕たちには、今の時代なりの生きる価値を見いだすことが大事なんだと思う。

    ◇

 「チェ」 スティーブン・ソダーバーグ監督によるフランス・スペイン・米国共同製作映画。興行通信社の調べでは、前編「28歳の革命」の国内興行成績は1週目が2位、2週目が3位。配給元は15億円を超える興行収入を見込んでいる。フランスでは1週目に3位を記録した一方、米国の本公開1週目は、5館での上映にとどまっているという。

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