麻生太郎首相は、経済財政担当相に林芳正前防衛相、国家公安委員長などに林幹雄自民党幹事長代理をそれぞれ任命した。いずれも兼務状態が続いていたポストである。
首相が選挙態勢強化のため検討していた自民党の役員刷新は見送られ、内閣改造も兼務解消を目的にした補充にとどまった。苦戦が予想される次期衆院選に向け、政局の流れを変えようとした麻生人事は腰砕けに終わった感が否めない。
大掛かりな人事に対する党内の反発にあらがえなかったようだ。組織のトップが握る人事権は求心力の源泉といわれる。それさえ封印された形になり、威信失墜を強く印象づけた。
内閣改造については、そもそも衆院議員の任期が残り二カ月余りになったこの時期に、なぜ必要なのか疑問視されていた。
首相は閣僚補充について「2010年度予算の概算要求基準が終わり、ひとつの区切りだ。兼務はしんどいと思い、いつかやらないといけないと思っていた」と説明した。説得力に乏しく、額面通り受け止める人はまずいないだろう。
2人の林氏は、いずれも昨年夏の福田改造内閣で入閣している。手堅い人選といえばそうなろうが、新鮮味には欠ける。
首相はもっと話題性に富むインパクトのある改造を狙っていたはずだ。全国的に注目度が高い宮崎県の東国原英夫知事の入閣も取りざたされていた。本人もその気になっていたようだが、実現しなかった。
党の役員問題に関しては、首相は「役員人事をやると私の口から言ったことはない」と強調した。表面上は平静さを装っていたが、少し前には党役員・閣僚人事について「しかるべき時にしかるべき方をと、前から考えていた」と発言していた。「また、ぶれた」と批判されても仕方あるまい。
人事カードを切って、政権浮揚につなげようとした首相の思惑は外れ、求心力の低下によって逆に自民党内では亀裂が深まっている。
今後、「麻生降ろし」の動きが拡大する展開も予想される。これに対し、首相が「やぶれかぶれ解散」に打って出るとの見方もある。政権党の混迷は目を覆いたくなるばかりだ。
泣いても笑っても、衆院選は間近に迫っている。マニフェスト(政権公約)の取りまとめにも苦労しそうだが、内部抗争に力を奪われていると、有権者の反発が増していくのは避けられないだろう。
政府は、2010年度予算の大枠を示す概算要求基準(シーリング)を閣議了解した。衆院選を控えた与党の歳出圧力も反映し、一般歳出の上限額は52兆6700億円と過去最大に膨れ上がった。
シーリングは通常、7月下旬から8月上旬に決まるが、衆院解散・総選挙に備え、1カ月前倒しした。各省庁は8月末までに必要額を要求するが、衆院選で政権が交代すれば、予算編成の手法や中身が大きく見直されるのは必至だ。
歳出膨張の最大の要因は、社会保障費の伸びを毎年2200億円抑制するとした小泉政権以来の方針を撤回、高齢化などに伴う1兆900億円の自然増を容認したことによる。
公共事業費などは原則3%削減、防衛や大学関係費も1%減とし、「骨太の方針06」の歳出改革を踏襲する姿勢を見せてはいる。しかしその一方で、前年度計上の経済緊急対応予備費1兆円を継続して確保。うち3500億円を重点枠「経済危機対応等特別措置」として、公共事業などに充てるという。近づく衆院選や地方の景気に配慮した形で、歳出抑制は事実上棚上げされたといえよう。
財務省によると、08年度の一般会計決算は景気悪化による税収減で歳入が歳出を7180億円下回り、7年ぶりの「歳入欠陥」となった。財源の穴埋めに今後も国債の大量発行は避けられまい。長期債務残高は09年度末に816兆円に達する見込みで、財政は危機的状態だ。
10年度予算編成は選挙結果にも大きく左右されよう。財政悪化は将来不安による消費減退や金利上昇を招き、経済に跳ね返るリスクがある。いずれが政権を担おうと財政規律を取り戻す重い責務からは逃れられない、と肝に銘じておくべきだ。
(2009年7月3日掲載)