学校の試験と会社員人生、このあまりに全く無関係なもの――フィナンシャル・タイムズ

2009年6月27日（土）10:30

（フィナンシャル・タイムズ　2009年6月15日初出　翻訳gooニュース）　ルーシー・ケラウェイ

私は娘たちに先日、大人になってどういう仕事に就いたとしても、こんなにひどい思いをすることはないと約束した。時刻は午後10時45分。娘たちは台所のテーブルに向かっていた。まわりには、発熱反応に関するノートや、ミルトンの「失楽園」からの引用文などが散乱していた。これが全て終われば、そのあとはもう楽勝だから、と。GCSE（中等学力試験）に、大学入学資格のAレベル試験、そして大学の卒業試験。この一連の地獄を乗り越えてしまえばその後はもう、会社で経験する辛いことなど辛いうちに入らないから、と。

こんなことを言う母親を、娘たちはバカにしきった表情で見据えた。娘たちの気持ちも分かる。人生の最難関がこんなに早くやってくるなんて、変だから。働いてお給料をもらうというのは真面目で真剣なことのはずなのに、その苦しみはそれほど私たちに深い傷を残さない。なのに、もっと楽しく気楽であるべき学生時代の勉強というのは、なぜこれほど深く、一生残る傷跡を残すのか。

私が大学の卒業試験を受けてから25年もたつ。なのに未だに時折、心臓をバクバクいわせながら夜中に目が覚めてしまうのだ。試験勉強を忘れたとか、哲学ではなく物理の試験を受けなきゃならなくなったとか、そんな夢を見て。もうひとつ定番の悪夢は、歯がごっそり抜け落ちてしまう内容だが、歯が抜ける恐怖は実はそんな大したことではない。試験会場の体育館にいて、問題用紙をひっくり返したら、答えられる質問が何ひとつないと気づく時のあの、自らの存在そのものを否定したくなる絶望の深さと比べたら。

どんな就職面接も、緊張感みなぎるプレゼンも、夕食会のスピーチも、どれほどネガティブなフィードバックも、あの恐怖にはかなわない。学生時代の試験の恐怖ほど、心象風景に深く深刻な傷跡を残すものはないのだ。それに試験勉強ほど必死にガリガリ準備しなくてはならないプロジェクトなど、社会人になってからはないのだし（企業弁護士や投資銀行家は別かもしれないが）。

ビジネスの要職に就いている友人に、この話をしてみた。彼女いわく、スペンサーの「妖精の女王」について試験勉強した時と、最近仕事で何百万ポンド規模の提案をまとめた時を比べると、試験勉強の方が何百倍も努力したのだそうだ。

得られるものは少ないのに苦しみは大きい。そんな試験制度はおかしい——と言い切ってしまいたくなる。試験前ギリギリにつめこんだ知識など、覚えていないのだから。卒業試験の前夜なら私も、ウィトゲンシュタインが語意の不確定性についてどう考えていたか説明できただろうが、今となっては、あの絵がアヒルに見えたりウサギに見えたりしたことしか覚えていない。

けれども、忘れてしまうから無駄だと言っているわけではない。覚えたことをすっかり忘れてしまったけれども、一時的にでもその知識をもっていたことを、私は誇りに思っている。知っていたけれども忘れてしまったという方が、そもそも何も知らなかったというよりは、マシだと思うのだ。

試験制度の本当の問題は、仕事で成功したいなら上手に忘れた方がいいことを、早い段階で叩き込んでしまう点にある。

第一に、学校の試験では努力は成果に直結しているということになっている。夜はまじめに勉強した方が、毎晩パブで飲み明かしているよりも、試験ではずっといい成績がとれる。けれども社会人になってからは、そんなこと滅多にない。努力と成果の因果関係は、もっと複雑だ。

第二に、学校の試験はどこにも逃げ隠れできない。失敗したら、それは先生のせいや採点担当のせいにしたりすることもできるが、胸の奥では、誰の責任でもなく自分のせいだと
自覚しているはずだ。自分に能力が足りなかったか、あるいは努力が足りなかったのだ。

しかしオフィスではありがたいことに、失敗はいくらでも他人のせいにできる。責任転嫁の対象はいくらでもある。経営陣のせい、市場のせい、企業文化のせい、同僚のせい、競合他社のせい、ITシステムの不具合のせい……などなど、言い訳は無限だ。実にひどい大失敗をしてみせたとしても、いつまでも責任を取らずに済んだりする。実のところ、金融システムそのものをダメにしても、重役なら巨額のボーナスをもらえたりするのだ。

もう一つ、若者は学校や大学の試験で学んでしまうが、社会人になったらさっさと忘れた方がいいことがある。それは、失敗したら大変だという思い込みだ。卒業試験で失敗したら、二度とやり直せない。再試験のチャンスは与えられない。しかし実社会はもう少し寛大なところだ。プレゼンがうまくいかなかった？　大丈夫、近いうちにまたプレゼンする機会がめぐってきますよ。次はもう少しうまくいくかもしれない。

さらに大学の試験前になると学生は、実社会で推奨されるのと真逆のことを同級生に言ってしまう。つまり、実は人智の限りを尽くして最大限がんばって準備をしているのに、同級生には「まだ何もやってないよ」などと言って動揺させようとする。これを実社会に持ち込むのは危険だ。

というのも実社会では、正反対の言動がまかり通っているからだ。許される限りの最小最低の努力で仕事をこなしつつ、死ぬほど努力しているという外見はしっかり周囲に見せつけておくという。

そして会社員というのは、上着を椅子にこれみよがしにかけたまま勝手に早退しつつ、午前１時に会社から仕事関連のメールを送信するようパソコンを設定したりするものなのだ。働き過ぎだと周りから見られて悪いことは何ひとつない。

最後に、学校の試験というのは若者に、明晰な思考と明快な表現を要求し、中身のないダラダラ記述やいい加減な解答を厳しく減点する。それとは対照的にビジネスでは、残念ながら、ダラダラのらりくらりでいい加減な態度こそ、黄金のスタンダードになってしまっている。

ただしひとつだけ、学校の試験が教えてくれて職場でも知っておかなくてはならない知識がひとつある。それは、男子と女子は違うということ。うちの娘たちは、試験が終わると泣いて帰ってくる。そうするのは女の子だから。娘たちが、あれもできなかったこれもできなかったひどい出来だったと嘆くのは、できたことよりもできなかったことを気にするから。対して男の子というのは、ラクショーだぜと大口を叩きながらふんぞり返って帰ってくるものだ。

自信のあるなしが、この違いの原因だ。世論調査会社YouGovはこのほど、平均的な会社員は平均3万時間の経験を積んで、37歳ぐらいでようやく自信を獲得するのだという調査結果を発表した。こんなにひどい統計結果はそうそう見たことがない。というのも、新しく職場に新人としてやってくる男の子たちは、最初の1時間がすぎればもう自信満々のようなことを言うからだ。対して、私と同年代の女性たちは未だに、仕事は試験のようなもので、満点をとりたいのはやまやまだがそれはなかなか難しいものだ…と勘違いしていて、だから50近くになった今でも、自信をもてずにいるのだ。

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（翻訳・加藤祐子）