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クローズアップ2009:水俣病・未認定患者救済合意 対象拡大、実態不明

 <世の中ナビ NEWS NAVIGATOR>

 ◇完全解決ほど遠く

 水俣病未認定患者の救済法案を巡り、自民、公明の与党と民主党の修正協議は、救済対象者の範囲拡大を図るとともに原因企業チッソの分社化を認める内容で決着した。与野党とも衆院解散による時間切れ廃案を避けることを優先し、95年に続く「第2の政治決着」。患者団体からは「待ち望んだ救済実現につながる」という歓迎の声と、「根本的な解決につながらない」という反発が入り交じるが、どれだけの患者が実際に救済されるかは不透明だ。

 「要は救済の範囲をできるだけ広げるということで、かなり広がった」。民主党の山岡賢次国対委員長は報道陣に対し、救済対象の症状拡大を成果として強調した。与党水俣病問題プロジェクトチーム座長の園田博之・自民党政調会長代理も、1万人以上に一時金を支給した95年の政治決着を踏まえ、「その2倍以上になるのではないか」と述べた。

 当初の与党案は症状を四肢末梢(まっしょう)優位の感覚障害に限定していたが、民主党が主張した全身性感覚障害や視野狭窄(きょうさく)など5項目のうち、水俣病との因果関係を特定しにくい「大脳皮質障害による知的・運動障害」を除く4項目を法案に書き込んだ。与党は、環境省が07年に291人を対象に実施した抽出調査を基に、未認定患者の約80%が救済対象になると推測している。

 だが、4項目に該当する患者数は、よく分からないのが実態だ。

 法案は4項目の扱いを巡り、水俣病以外の原因でも発症しうるとして、「メチル水銀中毒によるのかどうか判断する新たな条件を検討する」と、無条件では救済しない考えを示した。条件の内容次第では、救済者の範囲が狭められてしまう。

 さらに、条件を決めること自体が簡単ではない。水俣病はメチル水銀が脳の一部を冒すことで発症するが、個々の患者とメチル水銀の因果関係の判定を巡っては、「神学論争」と例えられるほど議論が続いているのが実情だ。被害の全容解明のため大規模な住民健康調査の必要性が指摘されながら、これまで実施されたことはない。

 今後救済に手を挙げる患者の多くは、母胎内でメチル水銀を浴びた胎児性水俣病の50~60歳前後の人たちになると想定されるが、ここでも課題が残る。胎児性水俣病に関し、旧環境庁の判断条件(81年)は「感覚障害は認められないことがあり得る」としており、感覚障害がない患者をどう救済に含めるかの判断を迫られる。

 政治決着に反対し、国や熊本県、チッソを相手取って裁判を続けている患者団体「水俣病被害者互助会」(熊本県水俣市)の谷洋一事務局長は「新たな条件次第で、国が患者を救済から振るい落とすこともできる」と懸念する。丸山定巳・熊本大客員教授(社会学)は「表に出ていない被害者がまだいる。胎児性患者などの全容解明の努力をしない限り、終わりは見えない」と指摘する。【西貴晴、下桐実雅子】

 ◇民主妥協「第2の政治決着」

 4月に始まった与野党の法案修正へ向けた協議は難航し、合意に至る道のりは遠かった。患者補償会社と事業会社に分社化し、負の遺産を切り離したいチッソの意向を受けた与党は、チッソの分社化を主張。民主党は「加害責任をあいまいにする」と反対し、平行線をたどり続けた。だが、水俣病の公式確認から半世紀余りが経過し、患者の高齢化が進む中、目前に迫った衆院の解散・総選挙が民主党の背中を押した。

 「民主党が政権をとっても、チッソは分社化を否定する民主党案をのまない。患者を救済するにはここで政治決着するしかない」(民主党幹部)と現実路線に転換。鳩山由紀夫代表らは6月24日、協議責任者で与党案に否定的だった松野信夫参院議員と会談し、国対委員長や政調会長に協議を一任することで了承を取り付けた。事実上の「松野氏外し」で、妥協へと一気にかじを切った。

 その結果、与党に救済対象の拡大を認めさせ、分社化については「一時金の支払いにチッソが合意するまでは分社化しない」という条件を引き出した。

 事情は与党側も同じだ。麻生太郎首相は6月27日、細田博之幹事長に救済法案の今国会成立を目指すよう指示。園田氏は同30日の与野党協議後、「解散前に済ませてしまわないと、救済ができなくなってしまう。なるべく早く合意して、国会の手続きも終わらせることを強く望んでいる」と説明。自民党幹部からは、解散を意識した発言が相次いだ。

 95年の政治決着時に官房副長官だった園田氏は「95年は単なる政治解決。今回は、明らかに行政に責任があることや、解決に至る考え方、ルールを法律に書き込んだ。ただの覚書は駄目なんです」と強調した。

 だが、これで問題の完全解決につながる保障はない。与野党協議に参加しなかった社民党の福島瑞穂党首は1日の会見で「(患者ら)当事者が全く納得していない中で、バタバタ決めるのは禍根を残す」と批判した。【田中成之、足立旬子、大場あい】

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 ◆水俣病患者救済の経緯◆

1956年 5月 水俣病公式確認(初の患者報告)

  65年 5月 新潟水俣病公式確認

  68年 9月 チッソ水俣工場の排水中の有機水銀が原因とする政府見解

  88年 2月 最高裁がチッソ元社長らに業務上過失致死傷罪で有罪判決

  95年10月 与党3党の最終解決案に患者団体が合意(政治決着)

2004年10月 水俣病関西訴訟最高裁判決(国・県の責任を認定)

  06年 5月 公式確認から50年。与党プロジェクトチーム(PT)が初会合

  07年10月 与党PTが一時金150万円など新救済案発表

  08年12月 与党PTとチッソが分社化と救済を同時に進めることで合意

  09年 3月 与党が救済法案を国会に提出

      4月 民主党が分社化を認めない独自の救済法案を国会に提出

      7月 与党と民主党が修正協議で救済拡大に合意。救済法案成立へ

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 ■ことば

 ◇水俣病

 チッソ水俣工場(熊本県水俣市)の排水に含まれていたメチル水銀に魚介類が汚染され、それを食べた人の中枢神経に表れた中毒症。56年に最初の患者が確認され、65年には昭和電工の排水を原因とする新潟水俣病も確認された。国は感覚障害や運動失調など複数の症状があることを基準に今年5月末までに2965人を水俣病に認定、1人あたり1600万~1800万円を支払った。未認定患者の救済を目指した95年の政治決着で一定の感覚障害のある患者1万1152人に一時金260万円を支給。04年に最高裁が国の基準を事実上否定したため対応を迫られていた。

毎日新聞 2009年7月3日 大阪朝刊

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