2009-06-13
モジモジさんのその4について
http://d.hatena.ne.jp/mojimoji/20090613/p1
ネット上の論争は好きではありませんし、この話はもう書くまいと思っていましたが、前エントリーの行きがかりを感じているし、ブコメではどうかと思ったので(ただし、これで最後です。)。
第一に。たとえば、個人情報に関する「表現の自由」「言論の自由」は制約を受けます。その意味で、これらの自由は、絶対的な無制限を事前に約したものではなく、個々の表現物、個々の言論について、また、その特徴によって、制約を受けるか受けないかを決めることが可能なものです。
これはいいです。
(1)現状の制限、(2)現状の制限+陵辱表現に対する制限とするとき、(1)のままでいくか(2)にするかどうかは、とりあえずはオープンな問いのはずです。
これは微妙です。現実の規制を語るときに、完全にオープンな問いはあり得ない。現状の制限がどのように機能していて、そこからどんな利益や不都合が生じているのか、(頭の中ではなくて)実証的に研究しないと、現実の規制をどう変えるか(変えないか)の話はできないからです。
第二に。規制が規制であることは自明です。では、「表現の自由」「言論の自由」とはなにか。それは表現や言論への規制に対する「規制」です。規制の主張が「規制をちらつかせている」なら(いる)、「表現の自由」「言論の自由」の原則を連呼するのみの規制反対も「規制をちらつかせている」のです。よろしいでしょうか。規制派が(今はない)「規制をちらつかせている」のだとすれば、原則論的規制反対派は(現にある)「規制をちらつかせている」のです。そして、どうも後者には、その自覚はない。
これは意味がわからない。少なくとも「表現の自由」の通常の理解とは著しく異なります。「表現の自由」は国家(場合によっては社会的)権力による表現行為の規制に対する対抗原理です。ここで「規制をちらつかせている」ということの意味がわかりません。たとえば、現在野放しになっているヘイト表現を例にとると、ヘイトは「規制(あるいは規制のなさ)をちらつかせている」のではありません。彼らが批判されるべきは、ある集団に属する個人の尊厳を脅かしているからであって「表現の自由を連呼しているから」ではありません。どうもこのあたりから、伝統的な議論からは理解しがたい展開になっている気がします。
第三に。ゾーニングやレーティングなどの規制があるとはいえ、表現は現に可能な状況にあります。自主規制がなされたということは、規制がないことの裏返しです。世論の風向き次第で、元とまったく同じ表現を再度流通させることだって可能なものです。少なくとも今のところは。現状における優先権は、それがどれだけ非難にさらされているとしても、表現する側にこそあります。その意味で、強者です。このことは、陵辱表現が社会的に白眼視され、それによって孤立感を深めているという意味では弱者である、ということと両立します。表現者や愛好家たちがどれほど驚異を感じていようとも、今現在の優先権は表現を可とする側にあります。
これも違うと思います。陵辱表現を「表現の自由」の範疇でとらえた場合は*1、現状の規制はかなり厳しいものにあたります。これがいかに厳しい制限かは(さらに「ヘイト」と同視できないかは)、たとえば「外人は出ていけ」みたいな言論を18禁にするかとか、公然と表現した場合懲役刑を含む刑罰を科すか、という議論をするとなった場合に巻き起こるであろう、困難な問題を想像すれば、容易に理解できるでしょう。
「現状における優先権」以下は、いわんとされていることがわかりません。
規制に反対する多様な声の中にはは、原則的規制反対論に対して懸念を示したものもありました。しかし、当の原則論者自身がそれを受け止めた形跡はほとんどありませんでした。もちろん、ないことはないのでしょうが、大多数は聞き流しているようです。結局のところ、その懸念は原則的規制反対論者に届かない。なぜか。それは、その種の批判がなされないから、ではありません。原則的規制反対論者は、まさに「戦略的に」ふるまっているので、同じ規制反対論者からの懸念表明に対して、まじめに取り合っていないのです。彼らにとっては、規制阻止という結果のみが目標であり、そこに至る理由はどうでもよいものだからでしょう。
これ以下の趣旨は理解できます。ただ、「原則のみに依拠した規制反対論はクソ野郎だ」でいいじゃないですか*2。陵辱表現が、いかに女性の尊厳を傷つけきた歴史に根ざしたものであるか、またその再生産の産物であるかを、きちんと調査して、論証して、その結果を個人の尊厳にもとづく制度してインテグレイトする(私は、もっと日本では人権教育が行われてほしいと願っています。)のが、なすべき仕事ではないでしょうか。自宅で密かに楽しむ人の性的嗜好*3に対してまで国家権力の力を借りて「規制」を及ぼすのは*4、最後の最後の最後の最後です。
なお、私は陵辱表現をヘイト表現と同一視はできないと思いますが(その理由は前のエントリーに書きました。)、最後に長めのひとこと。
ご存じの方も多いと思いますが、わたしは常にヘイトにさらされている人びとをクライアントとして、延々と商売をしてきた者です*5。最近では少なくなりましたが、性的暴力の被害者の最たるものである人身売買の事件も、真剣に扱ってきましたし、もっとも長くつきあっているクライアントの一人は性的暴力の犠牲者です(しかも少なくとも親の世代からの。)。未だに彼女のかかえる法律上の問題は解決していませんが、それ以上に、性的暴力が彼女の心に残した傷は、彼女と彼女の幼い子どもたちに深刻な影響を与えています(先週も、福祉事務所の人と話したのですが、正直、頭が痛いです。)。
だから、心情的にはid:mojimojiさんに共感する部分はあります。エントリーで「願わくば、こうした共感が、障がい者、被差別部落出身者、女性、性的少数者、外国人、民族的少数者ら、他の同じく人権を侵害されている人に対してもむけられんことを。」と書き、コメントでも「陵辱表現の自由を主張される方が、自己の陵辱表現を楽しむ自由さえ確保できれば、差別や脅威にさらされている他の人の人権が侵害されようが興味がない、と表明されるのであれば、個人的には軽蔑すると思います」と書いたのはそのあらわれです。
ただし、id:BUNTENさんがコメントされているとおり、この願いはかなわないだろうと思います。陵辱表現の自由を主張する立場から、私のエントリーを好意的に受け止めてくれた人の中で、私の普段の仕事に共感を持つようになる人は多くはないでしょう*6。こうした表現を愛好する人の中に(もちろん、規制を主張する人の中にも)、私の大事に思っている人たちに対して、叩き出せとか、犯罪者とか、学校に入れるなとか、罵倒のコトバを投げつける人がいることも知っています。
でも、それがなんだというのですか。私はそんなことは気にしませんし、彼らの口をふさげとも思いません*7。それは、私が求めるものは、個人の尊厳であって、彼らの口をふさぐことによって得られたり、「世論の風向き次第で」消えてしまうようなものであってはならないからです*8。
*1:これにはかなり難しい議論がありえます。http://h.hatena.ne.jp/isikeriasobi/9234069568555944127 http://h.hatena.ne.jp/isikeriasobi/9234069593623357771
*2:ただし、私はこうした人全員を「クソ野郎」とは思っていません。事が個人の性的嗜好というプライバシーに関するものであるうえ、陵辱表現の愛好者は、社会から白眼視されているので、そうした論法にすがるしかないという事情もあるでしょう。そして、それが「表現の自由」〜後ろめたかったりする表現や、口べたゆえにうまく説明できない表現も保護する〜のひとつの意義です。
*3:こうした人の中には、自己の嗜好が性差別に根ざしていることを自覚し、後ろめたさを感じながら〜別にオナニーしている最中に感じなくてもいいですが〜たしなんでいる人もいるでしょう。性の問題は複雑なのですから。このような人たちに、社会に向けて自己の嗜好の有用性を説明せよ、というのは、私生活に対する不当な干渉にあたるのではないでしょうか。
*4:「性暴力ゲーム/自主規制では不十分だ」http://www.worldtimes.co.jp/syasetu/sh090613.htm
*5:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4947719052/ref=ase_japanassociat-22/250-6056944-7893057
*6:少しはいそうな気もしますが。
*7:これは「原則」です。例外的に「ふさいでもいいのではないか」と思う口もあります。たとえば「○○人は強姦遺伝子」とか書くアホなマンガとか。
- 600 http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/barcarola/20090612/1244778393
- 579 http://www.hatena.ne.jp/
- 336 http://d.hatena.ne.jp/
- 329 http://b.hatena.ne.jp/
- 136 http://b.hatena.ne.jp/hotentry
- 136 http://d.hatena.ne.jp/mojimoji/20090613/p1
- 123 http://d.hatena.ne.jp/mojimoji/20090614/p1
- 105 http://d.hatena.ne.jp/isikeriasobi/
- 78 http://d.hatena.ne.jp/mojimoji/
- 59 http://reader.livedoor.com/reader/