拝啓 チャベス大統領閣下 その2/5
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犯罪は、その人その人ごとの事情があって発生するものです。広島幼女誘拐殺人事件は、特殊な性的嗜好や罪の意識のどんまがうんだ忌むべき犯行であって、その犯人ヤギ某がペルー人だったからといって、他のペルー人が危険だということにはなりません。しかしながら、残念なことに、世界のおおくの国と同様、わが国にも、そのような偏見からのがれることのできない人が、かなりの数存在します。
「人権啓発及び民間における人権擁護運動の助長に関すること」(法務省設置法第4条第27号)を任務のひとつとする法務省は、本来であればこうした風潮に警鐘をならし、外国人、特に広島幼女誘拐殺人事件の加害者と同じ国籍のペルー人、おろかな人々からは「同類」とみられる危険があるラテン・アメリカ諸国の出身者に対するいわれなき偏見と不当な差別を防止するために、啓発活動その他の適切な措置をこうじる義務がありました。 ところが、法務省は、適切な措置を講じるどころか、こうした偏見をストレートに反映させた告示を発しました。 すなわち、法務省入国管理局は、2006年3月29日、「定住者」の在留資格を有する者による犯罪が相当数発生していること、日系人として「定住者」の在留資格で入国し、在留する外国人による重大事件が発生し(3月28日の閣議後の記者会見で、当時の杉浦正健法務大臣は「相当数発生」とは検挙者の数のことで、「重大事件」とは広島女児誘拐殺人事件であることを明言しています)、治安に対する国民の不安が高まっているなどという理由をあげて、ラテン・アメリカ出身者が多数を占める日系人とその家族をターゲットにして、日系人及びその家族が「定住者」の在留資格を取得する要件に「素行が善良であること」を追加するとして、上陸及び滞在に著しく厳しい要件を課すことにしたのです(「出入国管理及び難民認定法第七条第一項第二号の規定に基づき同法別表第二の定住者の項の下欄に掲げる地位を定める件の一部を改正する件」《平成18年法務省告示第172号》の一部改正。 以下「素行善良」に関係する部分のみを「本件告示」といいます。)
告示の内容は複雑ですが、正確さを失わない限度で単純化すると以下のとおりになります。
○ 対象者は「定住者」の在留資格で滞在する日系三世、日系三世の配偶者、日系四世。 ○ 素行善良とは、過去に道路交通法違反の罰金刑以外の、あらゆる刑罰歴を含む。また、少年法による保護処分が継続中の場合などは「素行善良」であるとは認めない。 なお、本件告示では、定住者で在留する者のうち、いわゆる中国残留孤児、インドシナ難民、ベトナム難民等の子孫とその家族は、日系人であると否とを問わず除外されました。
従来、有罪判決を受けた外国人については、薬物や売春などの特定の犯罪の場合を除き、軽微な犯罪であれば、在留資格の更新は認められることがふつうでした。今でも、「定住者」以外の外国人についてはそうした取扱いがなされています。罰金刑を受けたことを理由に、在留期間の更新が認められなかったケースは、わたしの知る限り存在しません。
他方、2005年度における「定住者」の在留資格により滞在する外国人登録者数をみると、合計265,639人のうち、ブラジル人が153,815人、中国人が33,086人、フィリピン人が26,811人、ペルー人が21,428人、韓国・朝鮮人が8,908人、ベトナム人が5,103人、ボリビア人が3,142人等となっています。このうち中国人、ベトナム人と国籍不明のその他を除くと、全体227,450人のうち上記ラテン・アメリカ三国出身者は177,755人、約80%を占めます。
このとおり、本件告示は、その経緯からしても、対象者からしても、ラテン・アメリカ諸国の出身者を狙い撃ちにしたものであることがあきらかです。(※)
本件告示は、2006年4月29日から適用され、しかも、おどろくべきことに、告示前の罪についても遡及的に、過去にその罪の後に在留期間更新が許可されている場合も含めて、適用されることとなりました。
実例をあげます。
まず日系三世ボリビア人のリカルド・タカハシさんのケースです。
彼は2000年6月に、在留資格「定住者」(3年)を得て日本に上陸しました。 そして、翌2001年 9月、交通事故を起こしました。被害者は全治2週間のむち打ちになりましたが、入院はしていません。当時、彼は有効な国際免許は持っていましたが、日本における期限は3ヶ月前に切れていました。そして、彼は、事故について業務上過失傷害、道路交通法違反で20万円の罰金刑を受けました。 その後、2003年 7月、彼は、在留期間を更新しています(定住者・3年)。罰金刑のことはなんら問題になりませんでした。さらに、2004年 8月には、日本の運転免許も取得しました。 ところが、2006年6月に、彼がふたたび在留期間の更新を申請したところ、不許可になったのです。彼とともに、同じく「定住者」として在留していたコロンビア人である彼の妻と子も不許可となりました。 理由は2002年10月に業務上過失傷害で罰金刑を受けたこと、これが告示の条件を満たさないことでした(道路交通法違反は除外されるので、免許の期限切れは問題にされていません)。
次に日系三世ペルー人のフェリックス・サカタさんのケース。
彼は2000年8月に在留資格「定住者」(3年)を得て日本に上陸しました。 2002年11月、姉に頼まれて姉が空き地に冷蔵庫を捨てるのを手伝いました。これは貴殿ならご理解いただけると思いますが、彼は、その後誰かがもっていくだろうと考えて、要らない電化製品を空き地に置いておくラテンのやり方を、そのまま持ち込んでしまったのでした。 ただし、これは日本では違法な行為です。そのため、彼は2003年1月、ゴミ捨てについて、廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反で罰金20万円の有罪判決をうけました。 2003年8月に、彼は在留期間更新を許可され、「定住者」(3年)の在留資格を受けました。ゴミ捨ての罰金刑は何の問題にもなりませんでした。 ところが、2006年 6月、3年の期間が経過したので、在留期間更新申請をしたところ、今度は不許可とされたのです。理由は2003年1月に廃棄物処理法で罰金刑を受けたことでした。
彼らのいいぶんはこうです。
「ボクは確かに事故を起こした。ゴミを捨てた。それは悪かったし、罰金も払った。だが、なぜそれが広島の事件と関係があるのか。ボクは女の子を殺したわけではない。物を盗んだわけでもない。なぜボクが治安に対する不安を理由に滞在を拒否されなければならないのか。 しかも、入管自身、ボクが罰金刑を受けたことを知りながら、その後、ビザの更新を許可しているではないか。なぜ、いまになって、何年も前の事件のことがむしかえされて、突然、更新が拒絶され、この国から追放されなければならないのか。 妻や子どもとともにきずいてきたボクの生活は、どうなってしまうのか。」 (つづく)
(※)ここまであからさまであっても、裁判になったとたんに、南米人を対象にしたとは認めないのが国の態度です。それは告示に「ペルー」「ブラジル」などの国名が入っていないからであり、その程度のいいわけが裁判所では簡単に通用するからです。ちなみに「排日移民法」の名まえで知られ、日本の反米感情をたかめたアメリカ合衆国の旧移民・帰化法13条C項も、「帰化の不能な外国人」の移民の制限をうたっていただけで、「日本人」とはどこにも書いてありませんでした。
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