上海・千変万化

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上海・千変万化:不平等な足かせ=鈴木玲子

 上海郊外に広がる墓地の一角に50代の男女1000人以上が集まった。中国では文化大革命(66~76年)の期間を中心に、都市の中高校を卒業した知識青年たちが辺境の農場などに「下放」された。全国で1600万人以上、上海は111万人に上った。この記録を後世に伝えようと、墓地内に「知識青年広場」の建設が始まり、元知識青年たちが起工式に出席した。

 計画では広場に幅200メートル、高さ2・5メートルの「知識青年の壁」を建て、下放された青年たちの名簿を刻む。ある女性は「忘れがたい歳月を永遠に残せる」と喜ぶ。だが、一部には「死んでないのに墓地内に名前が刻まれるなんて縁起でもない」という反発もある。

 知識青年の中には、下放先にとどまった人も少なくない。今は上海で暮らす主婦(55)もその一人だ。

 17歳で江西省に送られ、戸籍も同省に移された。「文革後、農場にいた同級生は上海に戻った。でも私は工場に転属となったうえ、結婚したので上海に戻れなかった」と振り返る。国有企業の工場をリストラされたため、息子の将来を憂え、01年に夫と3人で上海に出てきた。だが、戸籍を江西省から動かせなかった。下放よりもさらに重い足かせとなって人々をその土地に縛りつけているのが戸籍制度だ。

 中国は戸籍を都市と農村に分け、戸籍の自由な異動を原則として認めていない。都市への人口集中を避けるためだが、国民の移動の自由、職業選択の自由は制限されている。

 上海に戸籍がなければ、医療保険や進学、就職など諸方面で制約を受ける。この主婦も医療保険は江西省で払っているので、「上海で病院に行ったら治療費は全額自己負担。風邪も引けない」と嘆く。

 だが、農村戸籍の出稼ぎ労働者が都市の経済成長を支えているのも事実だ。上海の常住人口約1900万人のうち約600万人は上海に戸籍がない。この矛盾を解消するため、他省出身者が「上海市居住証」取得から7年で上海戸籍の申請が可能になった。

 「いつか都市住民になれる日が来るのを願ってきた」。李影さん(28)は今月24日、上海の戸籍を手に入れた瞬間、涙を流した。12年前、江蘇省の農村から上海に出てきた。トイレ清掃の仕事をしながら夫と娘の3人で8平方メートルの家に暮らす。その涙に戸籍による格差の根深さがにじむ。人々を縛る不平等な足かせが外される日は来るのだろうか。(上海支局)

毎日新聞 2009年6月29日 東京夕刊

 

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