荒野の物書き
雑多な文章の集まり。

2002年05月21日(火) 「カーマリー地方教会特務課の事件簿」人名録1

カーマリー地方教会特務課の事件簿人名録

登場人物が多い話なんで、人名辞典を作ってみたぞ。
完結している第一部版&外伝版。第一部を読んでいない方にとっては危険にネタバレなので要注意。

長くなったので、敵役はまた別に編集しよう。

あいうえお順です。

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○アーシェイ(慈善教会派・訓練生)
 奨学金で教会の高等院に修学していた苦学生。そのツケなのか、別に何も悪いことはしていないというのに、訓練先としてカーマリーを指定された哀れな男。初登場は第一話。
・「長髪美少年」という判りやすいイメージで作られたというのに、「守銭奴」という特徴の方がよっぽど強烈だった。
・病弱の母と幼い兄弟を抱えて頑張る一家の柱。
・金銭感覚の発達した母と、嘘の下手が下手で騙されやすい父の血を色濃く受け継いでいる。
・繊細そうな外見だが、おそらく、特務課でもっともガッツのある男だろう。
・意外と騙されやすい。
・ライツが主役だった外伝4において、主役を凌ぐ勢いで話題をさらった。
・しかし、自分が主役となったSSでは、逆にライツに見せ場を取られる。

○アッシュ(レタ修道士会・武装神官)
 主任であるオブザーよりも、長くカーマリーに勤めている武装神官。シスターのリリィとは幼なじみ。無口で無愛想だが、槍を用いて前線で活躍する。初登場は第一話。
・名前のせいで、よくアーシェイと混同される。アーシェイがアッシュと混同されるわけではないことに注目。
・メインメンバーとして考案されていながら、「無口」という設定がたたり、出番は多くなかった。
・「リリィの幼なじみの」、というあたりに存在価値が集中しているともっぱらの噂。
・「リリィに逆らえない」という観念が、細胞レベルで組み込まれている。
・閉じこめられたり死にかけたりと、出てくる度にさり気なく酷い目にあっている。
・魔法の槍を持っているのだが、室内戦闘が続くと使い所が難しい。
・第九話でリリィに「帰ってきたら言うよ」なんていかにも「帰ってこれなさそうな」台詞を吐いたため、読者様から心配の声をいただいていた。

○アリッサ
・カーマリー〜ビルニの街道沿いにある森に住む、人狼の少女。初登場は第三話。
・常人なら迷いようのない道で迷ったオブザーに助けられた為、彼に懐いてしまったという、数奇な運命に弄ばれる少女。
・登場回数は僅か一度ながら、外伝でのリクエストまで頂いた凄いヤツ。幼いながら、オトコを自分の縄張りに連れ帰ろうという甲斐性を見せるものの、言語の壁に阻まれて達成ならず。


○ウェルズ(知識派・教会長)
 カーマリー地方教会の教会長。知識派の重鎮。
・ウェルズ等という名前のくせに、ウェルズ慈善教会派の信徒ではないという、ややこしい男。
・第一部の段階では、カーマリー地方教会の首脳陣四人の中で、もっとも目立たない人だった。
・オブザーの上司というだけで、彼の苦労が偲ばれる。

○ウォレン(聖教会革新派・武装神官)
 ライツの友人。武器として斧を使う巨漢。初登場は第一部四話。
・たまに名前が出てくるだけ、という寂しい扱いを受けながら、人気投票では教会長らを押しのけて一票いただいていた。
・第九話になってにわかにマチルダとの会話シーンなどが入ったため、読んでいたヨンタに「死ぬんですか?」という切実な心配をされた男。

○エルマ(慈善教会派・修道女長)
 カーマリー地方教会の修道女や修道士を束ねる女性。初登場は第三話。
・本当は第2話と第3話の間に、「シスター・エルマの優雅な午後」という話が入る予定だったが、いつの間にか削られていた。
・リリィに命令を下させる凄い人。
・オブザーも頭が上がらない所を見ると、カーマリーで一番の実力者かもしれない。

○オブザー(知識派・侍祭)
 特務課の主任。いい加減な呪文を使う神父。初登場は第一話。
・外見的な特徴が他者と識別しやすいためか、いただくイラストはオブザーに集中する傾向がある。
・こいつが主役だと思っていた人の割合は、きっと6割を超える。
・「主役みたいですね」という意識まで含めると、8割を越えるかも知れない。
・いい加減すぎる呪文が話題を集めたが、シリアスシーンでは使えないネタだ。
・片眼鏡を外すと、右目から怪光線が。(嘘)
・第一部では、良いところを片っ端からさらっていった、ジークフリートの天敵。
・外伝3にて、ムカデ嫌いという弱点を晒し、魂の叫びを上げつつ逃げ回る姿は、なんだか哀れだった。

○ジークフリート(聖教会革新派・聖騎士)
 アミダくじによって選ばれ、カーマリーに左遷されてきた男として、名を馳せる。初登場は第一話。
・第一話は「聖騎士ジークフリート、名前負けではないと主張したい男」であったが、最近ではもっぱら、「聖騎士ジークフリート、俺が主人公やと主張したい男」であると噂だ。
・カーマリーの作品専用バナーがジークフリートではなくオブザーであるあたりが、なんともいえず……。
・「聖騎士」のくせに、馬上のシーンがほとんどないじゃないか、なんてことは言ってはいけない。絶対に。
・ファンタジーの主人公、しかも聖騎士という肩書きの分際で、娼館に出入りしているというのは、神父の分際で僧服のまま遊び歩いているのと同じぐらい、問題だと思う。
・当初、「不運な男」という印象がつきまとっていたが、最近ではライツとアーシェイにその称号を譲ったようだ。
・鎧、剣、盾の他に、四次元胃袋を装備している。

○ヒースクリフ(聖教会派・神父)
 初登場は第一部四話。チャスチル枢機卿に通じ、カーマリー地方教会を裏切った。初登場は第四話だが、目立って取り上げられたのは第七話である。
・まともに出てきたと同時に裏切り者にされた、なんだか凄く可哀想な人。
・死んだ後から、色々とエピソードが追加されて、いつの間にか重要人物扱いである。
・彼が生きていた第一部の頃よりも、外伝や第二部での方が、存在感があるという噂だ。

○フィアーナ(知識派・シスター)
 カーマリー地方教会に勤めるシスター。容姿美しく、物静かで控えめな女性。初登場は第三話。
・「これがいかにもシスターだろう!?」という、橘の間違ったビジョンにより作られた。
・あまり活躍の場面はないが、気が付くといたりする。
・カーマリー地方教会では、密かに彼女のファンクラブが結成されている。

○ブラウン(慈善教会派・神父)
 カーマリー地方教会の特務課に勤める神父。第一部開始時のメンバーの中では最も古株だったが、4話で殉職した。初登場は第一話。
・一話で一人が取り上げられる形式だった一部前半において、スポットライトが当たったと思ったとたんに退場となった可哀想な人。
・退場した後も根強い声援をいただきつづけ、ついに「この、雨が止んだら」にて復活。
・その役割は、神父というより保父さんであると噂である。
・デスクワークとオブザーのお守りが主な任務。カーマリー地方教会特務課で、この仕事がもっとも激務であろう。

○マイセル
 カーマリーの街に住む孤児。第一話から登場し、幾度となく特務課に有益な情報を提供している。
・並の脇役たちより、よほど目立っている。
・並の大人たちより、よほど大人びている。
・思えば、彼が報せたブラウンの足跡が、一連の大事件の始まりだった。

○マチルダ(聖教会派・武装神官)
 元エリブ地方教会特務課所属。八話にて登場し、カーマリーに帰還するオブザーら一行に独断で付いてきた。そのまま、懲罰人事を兼ねてカーマリー預かりの身となっている。生真面目な女性。
・他人が規則を破るのは許せないが、自分が破るのはかまわないという、困った人。しかも悪いことをしているという自覚がない。
・オブザーの天敵。

○メイベル
 カーマリーのパン屋の娘。儚げな容姿に惹かれる男性は多い。
・ジークフリートの憧れの人。
・ゾンビをほうきで撃退する強者。
・名前を良く聞くわりに、当人が出てきているのは外伝2だけだ。

○ライツ(知識派・神父)
 カーマリー地方教会の特務課に勤める神父。元は遺跡荒らしの盗賊という、変わった経歴の持ち主。初登場は第四話。
・第一部ではそれほど派手な活躍はしていないが、オブザー主任の胸ぐらを掴むという過去回想シーンのインパクトから、出番のわりに知名度を保った。
・二部に入ると同時に、特務課でもっとも忙しく、特務課でもっともツイてない男の称号を不動のものにする。
・登場回数のわりにメインで取り上げられることは少なかったが、SS「駒の行方」にて、酔ってリンゴをむき続ける姿が話題を呼んだ。
・オブザーに八つ当たりされる係。
・リクエストの外伝4にて主役になるが、本編並の九章構成という、豪華なんだか迷惑なんだか判断し難い偉業を残す。

○ランバート(聖教会派・副教会長)
 カーマリー地方教会で副教会長を勤める。風紀に厳しく、教会の警備を担当。名前だけは第二話から登場している。
・オブザーに嫌味を言うのが主な仕事。
・彼がいないと、カーマリー地方教会の治安と風紀が保たれない。
・実はけっこう、掲示板やメールなどで話題を頂く。

○リリィ(レタ修道士会・修道女)
 アッシュの幼なじみの元気なシスター。第二話初登場。
・第一部前半では、ほとんど唯一の女性キャラクタだった。
・「カーマリー最強の人」と一部から怖れられている。
・実は第一部は、彼女が死ぬパターンの話も考えていたなんてことは、今だから言えることだ。

○ルキア(聖教会派・訓練生)
 カーマリーに訓練生としてやってきた、武装神官見習い。武芸に才を発揮するも、勉学は苦手である。
・生みの親は私ではなく、ゆりんさん。
・一部前半ではかなりの出現頻度だったが、第二部からは作者の都合で、話のメインから外れた。
・痛覚が鈍いというより、たぶんない。
・影のある美少年を狙ったアーシェイに対し、「素直な可愛い系」での人気獲得を目指したが、二人とも激しく違う方向へ走って行った。


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 ほとんど名前だけのヤツも拾ってみた。









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2002年05月14日(火) 新選組血涙録4「血と狼」(4)

 沖田らが自室に引き上げると、土方は狭い室内に残された捕虜たちを見回して、良く整った顔に不吉な笑みを浮かべた。
「さーて、仲間の居場所を教えてもらおうかなぁ」
 薄暗い部屋で、新選組副長の双眼がギラリと光る。彼を取り巻いていた隊士たちが、息を飲み込んで一歩引いた。
(始まる。副長の最悪な趣味が始まる)
(ああ、きっと今日は晩飯食えないだろうなぁ)
 いやに嬉しそうな土方、惨劇の始まるであろう現場から目を逸らす隊士たち、青ざめる長州浪士。血と汗の匂いが隠る部屋は、異様な緊張感で満たされた。

「き、貴様らと違って我々は武士としての恥を知っているっ。ぜ、絶対に同胞を売るようなマネはせんぞ!?」
 斎藤に片腕を切り落とされた男が、簡単に手当されただけの傷口を押さえて、必死の形相で喚いた。それだけの重傷を負いながら、まだ喚くだけの気力があるのだから、口先だけの男ではないのだろう。土方は楽しそうに何度も頷いた。
「そうだろう。そうだろうとも。それでこそ君、日本男児というものだ」
「……」
「聞かれたぐらいで素直にペラペラと喋られては、俺もちっとも楽しくない。こういうのはあれだ。聞き出す過程が楽しいんだ」
「……ちょっと待て」
 土方のあまりに嬉しそうな様子に、不安を覚えたのだろうか。捕らわれた志士が額に汗を流して身じろぎする。
「ふふふ。先ずは手の爪を一枚ずつ丁寧に十枚……はないんだったな。五枚はいで、それから歯だ。抜きやすい前歯から行ってみようか。だいたい、二本ぐらいで落ちるヤツが多いんだが、君はもう少し粘るよな? 今までの最高記録が、歯を四本だ。さあ、記録更新を目指していってみよう!」
「いやーっ!?」

 爪を抜く用なのだろうか。土方が、手に黒金の先が潰れたはさみを持っている。それを見て、男の体温が五度は下がった。
「だ、駄目だ、俺、ホラ、深爪だから!」
 片方だけ残った手を見せて、必死に土方の拷問から逃れようとするのだが、土方は素敵な笑顔を浮かべて、首を横に振る。
「安心しろ。深爪さんでもキッチリ抜けるように、今までの経験を活かして改良済みだ」
「くだらねぇ努力をしてんじゃねぇよ!?」
「ふーふーふーぅ」
 世にも楽しげな含み笑いとともに、拷問器具を片手に歩み寄る土方を見て、捕らわれた志士は諦めた。
 自分のプライドってヤツを。

「わ、わかった、仲間の居場所を教えようじゃないか」

 心の中で、遠い故郷から意気揚々と、共に旅立ってきた友人達に手を合わせる。
(ゴメンな、一郎太、次郎兵衛。でも判ってくれ、どうせ死ぬなら楽に死にたいんだ、俺も)
 二、三発殴られるぐらいならともかく、こんな拷問が趣味のような男の相手はしたくない。武士の意地など呑気なことを言っている場合ではなかった。どうせ、散々痛い思いをした後に吐かされるぐらいなら、最初っから素直に喋っちまった方が、よっぽど利口ってもんだ。

「俺の仲間は」
 意を決した男が口を開いたと同時に、土方はその肩を掴み、ガクガクと揺する。
「そうかっ。例え何があろうとも、友の居場所は教えられないと言うのかっ! 天晴れ、敵ながらアッパレだぞ、その心意気っ!!」
「ちょっ、待てぃ」
 仲間の居場所を話そうとしていた男の声を遮り、土方が力一杯叫ぶ。
「言うっていってんでしょうが。だから、俺のダチは」
「黙して語らず、それでこそ武士っ! 流石に長州の男じゃないかっ」
「き、聞いてくれ、だから」
 三度男の言葉をはねつけて、土方はバッと後ろに並ぶ隊士達を振り返った。
「聞いたか、君たち。友の秘密を墓場まで持って行こうというこの根性、ぜひとも見習いたいものだっ。なあっ!?」
「……副長……」
 隊士たちが、切ない溜め息を漏らす。もちろん、土方の熱弁に感動しているわけではない。敵の長州浪士が哀れだったのである。

「て、テメェ、さてはただ拷問したいだけだろう!?」
 どうやっても土方の魔手から逃れられそうもない、と悟った男が、激しく首を振って泣き叫ぶ。それを冷たい目で見下ろして、土方はフン、と鼻で笑った。
「当たり前だろうが。この改良版『つめはぎ君三号』は、まだ実戦で試したことがないんだ。君が栄誉ある第一号だよ」

 いらねぇよ、そんな栄誉。

 そう思ったには違いないが、長州浪士はもはや声を上げることもできず、ひたすら首を振っている。
「んふふふふっ。これの他にもだなぁ。この前、夜店で買った『大人の玩具』も試してみたいのだ。がんばれ、君」
 残忍な表情で微笑む副長を正視できず、彼の後ろに居並ぶ隊士達が目を逸らす。
(あんまりだ、あんまりです、副長)
(でも、『大人の玩具』にはちょっと興味があります、副長)

 バチン。
 ついに、土方の『爪はぎ君三号』が長州浪士の指を捕らえた。
「鬼だーっ! 鬼畜だーっ! おまえなんか犬畜生だーっ!!」
「ええい、いい加減に諦めろ。お前の辞世の句は俺が代わりに詠んでやるから。『桜散る 俺の命も 今日に散る』でどうだ。ふふ、いいだろう? 今日と京をかけているんだ」
「い、嫌がらせだ」
 そんな句が辞世の句として世に残ったのでは、死んでも死に切れまい。

「さあ、それでは思い切っていってみよう!」
「や、やめろ、俺の仲間は……んんぎゃあああアアアアッッ!!!」




「んんぎゃあああアアアアッッ!!!」

 なんとも形容しがたい、悲痛で激痛な声が屯所の一角から響くのを聞いて、縁側で団子を食っていた原田左之助が肩を竦めた。
「あーあ、気の毒になあ。早く仲間の居場所をチクっちまえば、楽になれんのによぅ」
 よもぎの団子を口に放り込んで、原田が笑う。
 実は仲間の居所を吐いてもなかなか楽にしてもらえないのだが、その辺りの事情は、原田は知らない。
「土方さんも趣味が悪いよなあ。下手な俳句だけなら害はねぇけど、拷問好きって人間としてどうかと思うぜ」
「書類仕事が多くて、鬱憤がたまってるんでしょうねぇ。八つ当たりされる方は気の毒ですけど」
 その気の毒の原因を作った斎藤が、お茶を片手に、まるきり他人事のように呑気な顔で原田に同意する。いや実際、彼に取ってはまるっきりの他人事なのだが。

「まあ、喀血が趣味になっている沖田さんもどうかと思いますけど」
 お茶のお代わりを持ってきてきた隊士に、礼を言って湯飲みを受け取りながら斎藤が言うと、原田はニヤリと笑ってその肩を叩いた。
「ははは。それを言ったら、お前だって人殺しが趣味じゃねぇか」
「嫌だなあ。私は人殺しが趣味なんじゃなくて、斬るのが好きなだけですってば。だから、ちゃんと生かして捕まえてきているし」

 余計にタチが悪いわ。

「それに、人斬りが趣味なのは、ここにいる人なら誰でもいっしょでしょう」
「それもそうか。こいつは一本取られたね」

 斎藤と原田が、声を合わせてアハハと笑う。その声を聞きながら、彼らのお茶菓子を用意していた隊士は、そっと着物のたもとで涙を拭っていた。
(父さん、母さん、ごめんなさい。どうやら僕は、修羅への道を歩み始めてしまったようです……)



 土方の趣味と実益を兼ねた拷問は大いに成果を発揮して、沖田らに捕らわれた志士たちは、翌日には自分が知る全ての情報を吐き出していた。
「副長、これはどうも、大事になりそうですね」
 京に集まっているという浪士たちの名が書かれた一覧を見て、山崎が表情を険しくした。土方もしかめ面で頷いている。
 なかなかの大物揃いと言えた。人数も、十人を越えている。それが京の町に集まり、幕府転覆の計画を練っているという。これは、なんとしても一網打尽にしてやりたいところだ。
「山崎、すぐに人数を集めてくれ。京の町にある、長州よりの店を押さえるんだ。先ずは探りを入れて場所を絞ろう。これだけの人数が出入りをしているんだ、必ず判る」
「はっ」
 山崎が小さく頭を下げると、隙のない仕草で部屋を出ていく。すぐにでも仕事に取りかかるつもりなのだろう。
(これは、大きな勝負になるぜ)
 隊士達が、剣の稽古をする声が聞こえてくる。
 その、鋭く気合いのこもった声を聞きながら、土方は獰猛な笑みを浮かべていた。役者の様な顔に、精気が漲っている。

 後に池田屋事件と呼ばれ、幕末の重要な一場面となった事件の、これが発端であった――

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「血と狼」・完。
 次回新章「池田屋事件」スタート。
 ……したら凄い(笑)。






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2002年05月09日(木) 新選組血涙録3「血と狼」(3)

 自らにあてがわれた――というよりは、あてがった――執務室に座して、新選組の副長である土方歳三は、職務に励んでいた。

 京の町で人斬り集団と怖れられる新選組の隊務は、京の治安維持であり、浪士の取締に力を注いでいる。志士と名乗る浪士たちが溢れかえるこの時勢だが、その大半は食うにあぶれ、また時代の熱に浮かされて、確固たる思想も先見もなく、腰に刀をさして町民を脅かす不逞の者でしかない。彼らを制するには、取り締まる側にも相応の武力が必要であって、新選組はそのために組織された武闘派集団だった。隊士たちの中には武家の子もいるが、町民や農民出身の者も多い。土方自身、多摩の豪農の出であった。太平の世が続いた今では、侍といえどまともに剣を振るえる人間などは少ない。武士という生き物への、憧憬で生きることができる分、出自の低い男たちの方が、あるいは剣に血が宿るのかもしれなかった。

 新選組の要である土方も、もちろん、市中において剣を振るうことはある。また、良くも悪くも名の知られた彼は、町に出れば命を狙われる立場でもある。土方にとって、この京はまさに戦場だ。気を抜けば命を失う。

 だが、一般の隊士たちや、実働部隊を率いる沖田らと違い、隊を総括する立場にある土方の主な仕事は、剣を取っての闘争ではない。隊を維持し、滞り無く運営する、そのための頭脳労働が彼の主要な仕事であった。局長の近藤の主任務が外交であるとすれば、土方のそれは内政だ。
 この日も土方は、浪士たちの取締を沖田らに任せ、自分は文机を前に筆を取っていた。処理しなくてはならない仕事が、蓄積している。

(あー、畜生。総司や新八は今頃、薩長のイモどもを撫で斬りにしてんだろーなぁ。俺も久しぶりに人が斬りてぇよ)

 しかめっ面で書面に向かい合う副長の、この内心の呟きを知ったのならば、沖田らに付いていった隊士たちは揃って首を横に振ったことだろう。副長、あれは撫で斬りなんて優しいモンじゃありません、と。

 片づけても片づけても後から増えていく書類を見て、土方はうんざりした。気分転換に町に出ようかと思っていたのだが、監察を勤める山崎に見つかって阻まれた。
「副長はお命を狙われる身です。勝手に一人で出歩かれては困ります」
 と言うのだが、本音は「書類仕事を片づけるまでは、フラフラ遊んでんじゃねぇ」といったところだろう。もっとも、土方が命を狙われているのも、嘘ではないのだが。新選組に同志を斬られた長州の連中は、当然のことながら、新選組に恨みを抱いている。その副長たる土方が狙われるのは当然だ。

(ふっ。どいつもこいつも、俺の美貌を妬んでやがるぜ)
 いや、別にそういう理由で狙われているわけではないのだが。

 とにかく、この仕事を終わらせないと、山崎の監視を擦り抜けて町に出るのも難しい。面倒な書類を眺めて、うーんと首を捻る。

「剣よりも 筆が友達 副長職」(豊玉)

 一句捻ってみる。尚、「豊玉」は彼の雅号だ。京の町では鬼土方と怖れられ、隊内に置いても厳しい副長と見なされている土方の趣味は、俳句なのである。……もっとも、好きであることと、上手いこととは別だ。「好きこそものの上手なれ」という言葉は、彼の前には通用しない。

「しまった、これじゃあ季語がねぇ」
 それ以前の問題だよ。

 舌打ちして、適当な季語を入れようと悩んでいる土方の元を、監察を勤める山崎進が訪れた。断りに続いて商事を開ける仕草も、土方の元へ歩み寄る足取りも、静かで隙がない。監察とは、京の町を見張って情報を集め、隊内では他の隊士たちの動向に目を光らせる役割だ。監察としての山崎の手腕は何度も土方を、そして新選組を助けている。

「元長州藩士らを追っていた永倉さんたちが、戻ってきました。幾人か志士を名乗る者たちを捕らえており、副長のご指示を仰いでおりますが」
 低く、呟くような声は、けれど良く通る。平凡な容姿の男だが、目元には鋭い光があった。長州脱藩志士らの居場所を突き止めたのは、山崎の手柄だ。永倉らが志士を捕らえ、自分がもたらした情報の確かさが証明されたことで、彼も誇らしい気持ちがあるらしい。
「わかった、すぐに行く」
 口元に皮肉な笑みを作ると、土方が立ち上がった。一歩遅れて、山崎が従う。
「尋問もよろしいですが、副長。ちゃんと、書類も終わらせてくださいね……」
「……」
 土方は、聞こえないフリをして、顔を逸らした。





「あ、土方さん。こっちですよぉ」
 廊下の向こうを歩いてくる土方の姿を見ると、沖田はにこにこと笑いながら、手を振った。捕らえた浪士たちを一時的に拘留するための狭い部屋に、土方がやってくる。部屋に入ってきた土方は、先ず沖田の顔色を見て眉を顰めた。元からあまり血色の良い男ではないが、今は青ざめたと言うより、土気色に近い皮膚をしている。見るからに、具合が悪そうだ。

「総司、お前、顔色が悪いぞ」
「やだなぁ。ちょっと貧血気味なだけですよ。これは返り血」
 土方に言われて、沖田は少しバツが悪そうに口元を拭った。返り血にしちゃあ、その範囲が口元に集中している気がするんだが、そのへんは気力と愛嬌で誤魔化せ。
「貧血だったら、無理に動き回るんじゃねぇよ。永倉や斎藤に任せておいたって、どってことねぇだろ、これぐらいな奴ら」
 江戸にいた頃から、弟のように面倒を見てきた青年を気遣う土方に、沖田はふと笑って見せた。
「そんなわけにはいきませんよ」
 青ざめた顔で、けれど双眼には強い意志の光が宿っている。

「だって、僕は新選組の一番隊組長ですから」
 込み上げる血を押さえ、咳に掠れる声で、それでも沖田は胸を張る。痩身の青年を見上げ、一番隊の隊士たちが目頭を押さえた。沖田は、この少年のような顔をした男は、局長である近藤一門の天才として、その看板を背負って立っている。たとい病の為であろうと、他者に遅れは取れぬと、その意地で剣を振るうのだろう。
「総司」
 込み上げる熱い感動を堪えて声を震わせる土方に、沖田が朗らかに笑う。

「それに、貧血気味のところを押さえて、無理に走り回った後に来る、あのクラクラッとした感覚がなんとも言えないんですよぉ。長風呂に漬かった後、急に立ち上がった時みたいで」
 沖田よ。それはたぶん、似て異なる感覚だと思うぞ。
「こう、目の前がふっと暗くなってですねぇ。ぐにゃぁっとして、音が吹っ飛ぶみたいでぇ。黄色いお花畑とか、綺麗な川とかが見えてくるんですよぉ。小さい頃に死んだ犬のコロスケとかに会えたりぃ」
「ば、馬鹿野郎、それはお前、会っちゃいけねぇモンだ。お前、なんか怪しい薬とかやってんじゃねぇだろうな!?」
「いやだなー。僕が呑んでいるのは、土方さんにもらった薬だけですよぉ」
 土方の生家では、代々伝わるという秘伝の薬を作り、それを商う商売もしていた。滋養に良く万病に効くという触れ込みで、土方は実家からその薬を送ってもらい、沖田に呑むようにと渡している。
 もっともこの薬、酒と一緒に呑まねば効かぬということで、怪しいと言えば充分に怪しいが。

「うふふ。気持ちイイんですよぉ。身体がふわーっと軽くなって、何か大いなる存在が僕にこの世の真理を呼びかけてくるんです。それはどこかで聞いたような、でもやっぱり聞いたことがないような不思議な声で、僕はその、囁きのような慟哭のような声を聞きながら、まるで春風に戯れる白い蝶のように、原初の世界と一体になり……」
「わ、わかった。わかったからもう、自分の部屋で大人しく寝てろ」

 原初の世界とやらと一体化しかけている弟分を見るのが恐ろしくなったので、土方は彼から目を逸らし、永倉たちが捕らえてきた志士の検分を始めることにした。あらかじめ山崎が調べていた通り、長州を脱藩した浪士であることは、間違いないようだ。時折上がるうめき声にも、確かに長州なまりがある。
 だが、永倉の足下に縛られたまま転がされている男たちを一瞥して、土方が首を傾げた。

「捕まえて来てくれたのはご苦労さまだが、数が足りなかないか。山崎の報告だと、八人はいた、と聞いているが」
 薄汚れた床に転がり、呻いたり俯いたりしている浪士の数は、五人。ちょっと勘定が合わない。斬り合いの中で死人が出たのだろうとは思うのだが、普通は死体も持ってくる。人相書きを取って仲間を割り出す必要があるし、それが終われば、死体は試し切りに使われる。藁や畳を斬るより、死体でも人間を斬る方が、余程に腕が上がるからだ。刀というものは、ただ振り回すだけでは斬れないのである。

 土方から不審そうな声をかけられて、永倉はえへへ、と面目なさそうに笑った。
「それがさ。俺が相手にしたヤツは、ちょっと勢いが余ってバッサリやっちまってよ。人相が判らないぐらい原型がなくなっちまったし、試し切りにするにも細かくなりすぎてたんで、そのまま捨ててきた」
「困るなあ、新八さん。せめて顔だけでも残るように殺ってくれよ」
 苦笑した土方に言われると、永倉はもう一度、「すまねぇ」と言って頭を下げた。沖田と斎藤が、そのやり取りを笑う。
 彼らは和やかに話しているが、内容はあまり和やかではない。聞いていた隊士の一人が、現場の惨状を思いだしたのだろう。胃を押さえて、青い顔をしている。その背中を、年輩の隊士がそっとさすってやった。

「うふふ。でもでも、土方さん、心配はご無用ですよ。この僕、天才剣士☆沖田総司が、ちゃーんと五体満足なまま捕らえてますからっ! ふふふ、偉いでしょう?」
 得意気に胸を張り、沖田が自分が捕らえてきた男たちを指さす。部屋の隅っこで壁に向かい合っている二人だ。

「かーさんがーよなべーをしてー♪」
「だから……俺は言ったんだ……都会なんて、人間の……あのまま……継いでいれば……おみつちゃんも……だけど……何がぶぶづけ食ったら帰れだ……変な暗号作りやがって……京都の人間は……よそ者を……俺が田舎者だからって……こんなことなら……」

 一人が歌う傍らで、もう一人はブツブツと呟きを続けている。丸まった背中が哀れだ。
「ね、ちゃんと壊さずに持ってきたでしょ?」
 得意気な沖田に、土方手刀をくれた。
「馬鹿者。五体は満足だが、精神が壊れてるだろうがっ」
 あれではちょっと、まともに話が聞けそうではない。憤る土方の肩を叩いて、斎藤がなだめるように笑った。
「まあまあ。一応、私が捕らえてきたのもいますから。手を吹っ飛ばしてしまいましたが、あれなら口はきけるでしょう」
 穏やかに笑う斎藤が仏に見える。土方はホッとしたように頷いた。
「流石だ、斎藤。お前はものの加減を良く知っている」
「もっとも、腹をやられているのは、急いで尋問した方がいいですね。あまりもたなそうですから」
「……」

 幹部の人選を誤ったんじゃないだろうか。
 そう思ったが、土方は気付かなかったことにして、力無く首を横に振ったのだった。


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※歴史上の人物とは仄かに関係在るかも知れないですが、お願いだから鵜呑みにしたりしないでください。
※司馬遼太郎先生の「新選組血風録」とは何の関係もないです、ええ。







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2002年05月08日(水) 新選組血涙録2「血と狼」(2)

注意:

ちょっとばっかし描写が残酷ですので、そういうのが嫌いな方は読まないでください。
 お食事中も避けていただけるといいかなーと思います。

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「あはは。待てぇ、こいつぅ。捕まえちゃうぞ?」

 楽しそうな笑顔と口元から滴る血をまき散らしながら、沖田が長州脱藩志士を追って京の町を走る。必死の形相で悪夢の産物のような青年から逃れる志士たちを、待ち伏せていた永倉と斎藤が迎え出た。

「きたきたきたぁっ!」
 抜き身の刀を横に構えて、永倉が歓声を上げる。そのまま、早い歩調で志士たちの前に進み出ると、大きな声で呼ばわった。

「止まれ! 我々は京都守護職会津藩御預の新選組だ! 逆らえば御上に刃向かう物として取り締まるが宜しいか。なお、大人しく従っても斬る気ではいるんで、そこんとこヨロシクッ」
「よ、よろしくって貴様、どっちにしろ斬る気じゃねぇか!? 派手な名乗りまで上げて、警告する意味があるのかそれ!?」

 酷(ひど)い。いや、むしろ酷(むご)い。そうか、漢字にすると同じなんだ。
 どっちにしろ斬られる志士たちの末路を思って、永倉に従う隊士たちは思わず敵に同情の視線を向けた。これが武士の情けと言うヤツか。

「八人か。けっこういますねえ。後ろのは沖田さんに任せるとして、私は左」
「んじゃ、俺が右なっ!」

 喜色に満ちた声を上げて、永倉が敵中に突っ込んでいく。肩に刀を担いだまま、斎藤が左に別れる。彼らの部下は、慌てて上司に従った。
 新選組において、指揮官というのは後方から仲間に指示を出す人間のことではない。
 率先して・自ら・先頭に立って・敵陣に突っ込む者のことを指すんである。後に従わなければならない部下は大変だ。むろん、大変だからといって従わなければ、血の粛正がまっている。

「畜生っ。この狂犬どもがぁっ!」
「んだとぉ!? 長州のイモに言われたくねぇっ!」

 ガウ、と大口を開けて、永倉が吠える。ぎらつく刀といい、見るからに凶暴そうな表情といい、まさに狂犬。
(永倉先生、悔しいですが、敵の言うことの方が遙かに説得力があります……)
 永倉の後ろで剣を抜いていた隊士がボソリと呟く。大きな声で言えないのは、万が一にも永倉の耳に入れば、敵を斬った刃の返す一刀で、大切な首が胴体から離れかねない。

「っしゃあっ! 一匹目っ!」
 ダンッ、という大きな踏み込みと共に、永倉の刀が振り下ろされる。肩から袈裟懸けにされた敵が、刃を臍までめり込ませて、血飛沫の中に倒れた。確かめる迄もなく、即死である。

「いやあ、豪快ですね」
 自分の喉元を狙ってきた敵刃をひょい、とかわして、斎藤が永倉の手腕に感心する。ついでとばかりに何気ない仕草で刀を小さく振ると、刀を握っていた志士の手から、親指が吹き飛んだ。これでは、もう刀が握れない。
「うわあっ」
 血が噴き出す傷口を押さえ、恐怖と喪失感に顔を青くしている男に向けて、再び一太刀。今度は腹を割かれて、男はついに路上に転がった。
「だらしのない。はみ出たものをしまいなさい」
 男の腹からはみ出た臓物を、眉を顰めた斎藤が、草履でグイグイと押し戻す。

 斎藤は几帳面な性格なのだ。隊の自室はいつでも綺麗に片づいている。散らかったり、はみ出たりしているものが許せないタチなのだ。

「整理整頓のクセは、小さい頃からつけておかないと駄目なんですよ?」
 にこやかな顔で、「どうです、わかりましたか?」とばかりに男に諭す。当人は親切のつもりなのかもしれないが、やられた方はたまらない。
「うごぉぉぉぉっ!?」
 魂が吹っ飛ぶような悲鳴を上げて、のたうち回る。
「ああ、駄目ですよ。そんな風にあばれたら、ほら、またはみ出して……」
 のたうつ男。几帳面に、生真面目に、はみでたブツを押し戻そうとする斎藤。

 あまりに凄惨な光景と、漂う生臭い匂いに、男の仲間の志士が、刀を放り投げて吐き始める。それにつられるようにして、隊士も何人か吐き始めた。
 悲鳴、絶叫、号泣、嘔吐。
 斎藤が動くたび、場は凄惨さを更に増し、この世の地獄と化していく。

「うふふ。斎藤さんたら、相変わらず、生真面目な人だなぁ」
 違う世界が見えてそうな、素敵に虚ろな視線を仲間に向けて、沖田が爽やかに微笑んだ。手に提げた刀はすでに人血に濡れ、浅葱の羽織は返り血と、それに自分が吐き出した血でぐっしょりと濡れている。

「お、沖田先生、お願いですから、もう静かになさっていてください」
 うふ、とか、あはは、とか、魂が漏れだしているような笑声を口から垂れ流し、激しく敵と斬り合う沖田を、彼の部下が泣いて止める。
「ははは、大丈夫ですよぅ。心配してくれるのはありがたいですが、この天才剣士と言われた僕が、この程度の輩に負けるわけがないじゃないですか」

 あんたは天才というより天災だ。いや、この場合は人災か。いや待て、あれは「人」に分類してもいいものか。

 悩む隊士たちの心も知らず、沖田はあいかわらず、言葉だけは元気そうに、敵の中に分け入っていく。

「ふふふーぅ。沖田君の素敵なお部屋へようこそ。今日のお客様は元長州藩士の皆様でーす。デスでーす」
 ブツブツと独り言を言いながら斬りかかる沖田に、男たちは泣きながら抵抗する。
「こえぇよぉぉ。何か目に見えない奴と話しているよぉ」
「霊界だ、霊界通信なんだぁぁ」
 この気色悪い敵からなんとか逃れようと、志士の一人が果敢にも上段から切り下げるような一撃を繰り出す。その速度、それに間合いの取り方からして、男は決して腕の悪い剣士ではなかったのだろうが、男の剣は沖田には当たらなかった。
「ははははー。チョウチョさーん」
 ゆらり、ゆらり。
 沖田の足下が、怪しくふらつく。急に咳き込んだり、しゃがみ込んだりまた起きたりと、その動きは予測がつかない。

「むう。遠い異国には『酔拳』なる武道の技があると聞くが、沖田先生のあれは、まさに『病剣』。とらえどころのない動きだっ」

 拳を固く握りしめ、解説する古参隊士。血にまみれ、蒼白な顔でゆらりゆらりと怪しく揺れる沖田の姿を正視できず、しゃがみ込んで震えている新入りたち。
「怖いよぉ。俺、この手の話、駄目なんだよーぉ」
「なんで俺はこんなトコロに入ってしまったんだぁぁ」
「畜生、『これで君も今日からサムライ! 新選組に入って京の治安を守ってみませんか? 女の子にもモテモテ君!』なんて勧誘に騙されたんだ、俺はっ! 何が京の治安を守るだ。むしろと言うか明らかに乱しているじゃねぇか、かえって!」

 隊士たちの嘆く声が響く頃には、戦いは終演を迎えようとしていた。

「あー、斬った斬った」
 満足そうに呟く永倉の足下には、ほぼ真っ二つといった有様の死体が転がっている。彼が斬ったのは三人だが、彼に斬られた敵は「部品が細かく別れて」しまうので、実際の人数よりも、死体の方が多く見える。
「うふふ。永倉さんは豪快に斬りすぎなんですよぉ。これじゃあ、話が聞けないじゃないですか。その点、僕は土方さんの言いつけを心得ていますからね。ちゃーんと、原型を留めたまま、捕まえてます」
 口元を鮮血で濡らしながら、沖田が微笑む。

 確かに、沖田が相手にしていた連中は、永倉に斬られた敵と違って、五体満足に残っている。だが、身体よりも精神がやられたようだ。涙と鼻水を垂れ流し、譫言を呟いている。傷は負っているが、まあ、助かるだろう。もっとも、漂流している心が助かるかどうかは知らない。

 斎藤が相手にしていた者たちも、生きてはいた。三人斬ったうち、二人の腕を合わせて三本斬り落としたのはいいが、「どれが誰の腕だか」判らなくなってしまったらしい。斎藤は生真面目な顔で、「失敗した。片方は足にしておくんでした」と言いながら、困ったように首を傾げていた。

 血が飛ぶ、指が飛ぶ、腕も飛ぶ。泣くヤツ、叫ぶヤツ、吐くヤツ。
 まさに現場は凄惨な状況だ。斬られた腹を押さえて逃れようとしていた男が、「助けてくれよぉ」と哀れな声を上げながら民家の戸を叩くが、もちろん、住民は出てこない。
「近所迷惑じゃないですか」と言いながら、斎藤が男を連れ戻す。

 これじゃあ、京の住人から白い目で見られるのも当たり前である。後片づけをさせられる役人たちも気の毒だ。

「ま、生きているヤツを適当にまとめて、屯所に引き返そうぜ。斎藤、そんな腕、置いていけよ。どうせくっつきゃしないし、ほっとけば役人が片づけるんだからよ」
「でも、可哀想じゃないですか。どうせなら死体は一揃えにして、お棺に入れてあげたいでしょう?」
 親切そうな顔で、酷いことを言う。

 こうして、京の街角での小競り合いに勝利を収めた永倉たちは、副長・土方の待つ屯所へと引き上げていったのだった――



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※歴史上の人物とは仄かに関係在るかも知れないですが、お願いだから鵜呑みにしたりしないでください。
※司馬遼太郎先生の「新選組血風録」とは何の関係もないです、ええ。






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2002年05月07日(火) 新選組血涙録1「血と狼」(1)

「嫌だぁぁぁ、助けてくれぇぇぇ」
「怖いよぉぉぉ。おっかさぁぁぁん」

 武士の面目も何も無いような、情けない、けれど痛切な悲鳴を上げて、長州藩脱藩志士が京の町を走る。その彼らを追って、浅葱色の羽織を着た集団が、やはり息を切らせて走っていた。
「うふふ。待てぇ、こいつぅ」
 浅黄色の羽織を着た男たちの先頭を走るのは、長身痩躯の青年だ。まだ少年のような幼さを残した男だが、その口元は鮮血に赤く染まっていた。走りながら咳き込んでは、血を吐いているのである。おかげで、彼の羽織は浅葱、白、赤という、なんとも派手な斑に染まっていた。遠目からも、良く目立つ。
「うげほっ、げふげふっ」
 虚ろな笑みを浮かべた口元が、また赤く染まる。表情だけは爽やかに、吐血しながら追ってくる男に恐れをなして、志士たちは必死で逃げる。涙を流す、鼻水を垂らす、中にはちびりかけている奴までいて酷い有様だが、新選組の隊士たちも、敵の失態を笑う気にはなれなかった。立場が逆なら、自分もきっと怖い。いや、立場が逆じゃなくても実は怖いのだが。

「お、沖田先生、もっとゆっくり走ってくださいっ」
 沖田の後を走る新選組の隊士の一人が、声を枯らして呼びかけるのだが、沖田の疾走は止まらない。
「ふふ、鈴木さん、ゆっくり走るっておかしな言葉ですよぉ」
「あなたの走る姿のおかしさに比べたら些細な事です」
 確かに。赤黒い血を吐きながら走る沖田の姿は、この世のものとは思えない。長州脱藩志士たちが、泣き喚いて逃げるのも判る。彼らの姿を見た京の町人たちは、一斉に戸締まりを始めた。
「新選組だぁ」
「戸を閉めい、戸を閉めい」
「こら、お前たち、早く中に入りなさいっ」
 厳重に戸締まりを始める者、外で遊んでいた子供たちを中に引き入れる母親。京の者たちは新選組を毛嫌いしている。だがこの場合、新選組がどうというより、地獄絵図から飛び出してきたような、沖田総司の姿に恐れをなしているような気がしないでもない。

「うげっ、げふぅっ」
「こ、ここは我々に任せて、先生は休んでいてくれませんか。お身体に障ります」
 沖田を心配するあまりといより、町人たちの視線が痛くて、沖田の部下の一人がそう声をかけたが、沖田は爽やかな笑顔を浮かべて、首を横に振った。
「やだなぁ。僕は別に、どこも悪くないんですってば」
 そういう合間にも、青ざめた唇からは、常に血が滴り続けている。
 沖田は否定するのだが、どこからどう見ても立派な病人だった。何処が病んでるって、まず精神が。

「さーあ、はりきって逝ってみよう!」
 元気いっぱいのかけ声とともに、沖田が更に加速する。肺病の患者とは思えぬ速度だ。志士たちと彼の距離が近くなる。沖田が吐き出す血の飛沫が、志士たちの背中や首筋に点々と散った。
「ひぃぃぃっ!?」
「と、飛び道具とは卑怯だぞテメェ!?」



 悲鳴がじょじょに近くなってくる。
 それに合わせるように、バタンバタンと、戸締まりの音がする。
 楽しそうな笑い声も聞こえる。

 普通なら混乱する状況だが、新選組の隊士たちは慣れきっていた。どういう事態になっているんだか、見なくてもよっく判る。

「ああ、沖田さん、また盛大に血を吐いているようですねぇ」
 すでに鞘から抜きはなった刀を方に担いで、新選組の三番隊を預かる斎藤一が呑気な声で笑った。横で聞いている永倉新八は、少し心配そうだ。
「お前よ。呑気な声で言うが、少しは心配にならねぇのか?」
 年長者の永倉に言われて、斎藤が少し首を傾げる。この隊の人間、特に江戸の道場から沖田と共に剣を学んだ連中は、沖田に甘い。弟のような若者が、やはり心配なのだろう。
「心配するには及びませんよ。肺の病は治りませんが、養生してあまり激しく動かなければ、天寿を全うできるっていうじゃないですか」
「……あれを激しく動いていないと言うのか、お前は」
 呑気な斎藤の言葉に苛ついた永倉だが、これ以上は言っても無駄と諦めた。年若い斎藤は、誰にでも礼儀正しい口を利くが、正しいのは礼儀だけで、彼の常識は世間様と大きくずれているのである。

「それより、そろそろ来るようですよ。戸締まりの音が近づいてる」
 斎藤が言うように、慌てて戸を閉める音が永倉たちに接近してきている。沖田の率いる一番隊が、敵をこちらへと追い込んでいるのだ。彼らが走る速度に合わせるように、戸締まりの音も早くなる。
「京都の治安を守っている俺たちが、どうしてこう、嫌われなきゃならんのだか」
 剣を抜きながら永倉が愚痴るが、斎藤は苦笑するだけだ。
「ま、しかたないでしょう。京の人はよそ者に厳しい。町中で斬り合いをしているんだ、怖がるのも無理はないですよ」

 斬り合いが怖いんじゃなくて、あの沖田の姿が怖いんじゃないだろうか。
 永倉と斎藤に従う隊士たちは思ったのだが、口には出さなかった。乱戦の中での不幸な事故として、これ幸いと切り捨てられては洒落にならない。

「ま、いいじゃないですか。そろそろ日も暮れるし、戸締まりをしっかりするのは良いことですよ。住民たちの防犯意識の向上に貢献していると思って」
 こんな強制的な戸締まり、防犯意識の向上とは言えないんじゃないだろうか。永倉はそう言おうとしたのだが、彼の発言を無駄なことだと諭すように、悲鳴と怒号と笑い声が遮った。

「あはははっ。待てぇ、こいつぅ。捕まえちゃうぞ?」
「ひぃぃぃっ。血が、血がぁっ」
「もう勘弁してくれよぉっ」

 楽しそうな沖田の声と、ちっとも楽しそうじゃない敵の声がハッキリと聞き取れるようになり、ついに長州脱藩志士八名が、永倉と斎藤たちの前に姿を現した。

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※歴史上の人物とは仄かに関係在るかも知れないですが、お願いだから鵜呑みにしたりしないでください。
※司馬遼太郎先生の「新選組血風録」とは何の関係もないです、ええ。


「煽りだけ書きまショー」から初の連載。
……いや、続くと思うの、たぶん。







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2002年05月01日(水) 煽りだけ書きまショー7 「新選組血涙録」

注意:
これは、「煽りや一話にあたる部分だけ書いて見よう」という企画であり、基本的に続きは書かないという無責任なコーナーです。
そのつもりでお読みください。
 司馬遼太郎先生の「新選組血風録」とは全くもって無関係です。

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 人類の歴史は、例えるなら悠然として流れる大河のようだ。
 時に激しく、時に緩やかに、けれどけっして途絶えることはなく、それは常に流れ続ける。如何にその流れのなだらかに見えたとしても、人の力で止めることはできない。

 だが、その流れが変わることはある。
 偉大なる中国で、一人の英雄が生まれた時。
 華やかなりし欧州に、民衆たちが声を揃えて武器を取る時。
 勇敢な冒険者が、新たなる大陸を見出した、その時。

 我が国でも、無論、そのような時はあった。
 古くはおそらく、鉄がもたらされた時に。
 貴族の政権を、武芸の者たちが塗り替えた時に。
 あるいは、織田信長の本能寺に倒れた瞬間に。

 そしてこの時も。
 間違いなく、川の流れの激しく彷徨った、煌めく時の欠片があっただろう――





激闘の時代を生きる若者たちの、青春の煌めきを今、ここに――
歴史アクション
「新選組血涙録」





 華やかなりし千年の都も、夜は暗い。
 幕末の京は、入り乱れる人々の思惑が眩い火花を散らし、その火花は権勢と欲望の暗い影を生む。町を吹き抜ける風は血の匂いを帯びて、志を胸に集う若者たちの血潮を余計にたぎらせる。



「抵抗は無駄ですよ」
 朗らかに笑う青年の、その痩せた身体からは想像のつかない烈しい斬撃を浴びせられた男が、声を発することすらできずに崩れ落ちる。
 土煙に沈む無惨な亡骸を軽く蹴って、青年は抜き身の刀身に血を纏わせたまま、無造作に一歩踏み込んだ。彼に向き合っていた男たちが、一斉に後ずさりする。
 一応は武士としての面目があったか、他の仲間たちよりは一歩前に留まって剣を構えていた男にずい、と顔を寄せ、沖田は子供たちと遊ぶ時のように、にこやかな顔で笑った。

「大人しく、いっしょに詰め所まで来ていただけませんか? さもないと」
 沖田の剣が、月光を弾いて不吉な輝きを宿す。その輝きが己の頭上に落ちかかることを予見して、少年のように笑う沖田と対峙していた男が小さく悲鳴を上げて後ずさりしようとした。だが、予想したような斬撃はなく、沖田は口元を押さえて男の肩に縋り付いた。
「今すぐここで、貴方にしがみついて吐血しますよ!? ほら、さっきから激しく運動してたから、いい具合に血が……うげっ! げはっ! げほげほげほぉぉっっ!!
「ひーっ!?」
 ビシャビシャビシャッ!
 沖田に縋り付かれた男の顔に、黒ずんだ血が盛大にかかる! 沖田に縋り付かれた男の上半身は、頬と言わず胸元と言わず、生暖かく新鮮な吐血で見るも鮮やかな色に染め上がりつつあった。

「あー、黄色いお花畑がー。あはは、おばあちゃーん」
 虚ろな目で虚空に手を伸ばす沖田。怯えて振り払おうとする男。
「た、助けてくれーっ!!」
 もはや侍とか男とかそういう見栄を張る余裕すらなく、仲間に助けを求める男。だが、彼の仲間もその赤い手を避けて逃げまどう。

「うふふっ。逃げるコトないじゃないですか、冷たいなあ。アンタ、どうせ詰め所に連れてかれたって、土方さんに拷問されて死ぬんだから。結核の一つや二つ、うつったってどってことナイですよぉ」
「ばかやろーっ! どうせ死ぬなら、死ぬ前にこんな怖い目に遭いたくないわーっ!!」
「あははー。僕の色に染めてあげるよー」

 必死の形相で自分たちの隊長から逃れようとする長州藩士の気持ちが、沖田の部下には痛いほど判る。誰だって、三途の川を渡りかけて、花畑を見ている沖田に抱きつかれたくはないだろう。敵は恐怖に逃げまどうが、味方だってやっぱり怖い。
「沖田先生、目がイッてるよ……」
「ああ、俺、どうしてこんな所に入ってしまったんだろう……」
「おかあちゃーん……」



 明日をも知れない命を、青年たちは燃やし尽くす。
 理想なのかも知れない。武士という、その生き方に憧れたのかもしれない。国という漠然としたもののためにと、そう口にするのかもしれない。
 けれど、なにより。
 なによりも、血が熱い。
 時代が大きく変わろうとしている。その熱気に、身の内を突き破るような、そんな衝動が抑えがたく疼くのだろう。




「これが局中法度だ」
 先ほど書き上げたばかりのそれを、土方は幹部たちの前に披露した。鬼土方と、その名に反して繊細な字が、綿々と鉄の規則を書き連ねている。
「土方さん、わりぃんだけどよ。俺ぁ、細けぇ字を見ていると眠くなるんだよ。どんな事が書いてあんのか、要約してくんねぇかな」
 すでに眠そうな顔を書面から目を遠ざける原田に頷いて、土方は重々しく口を開いた。
「あらすじを述べるとだな」
(あらすじ!? 副長、これ、物語なんですか?)
「来る者拒まず、去る者許さず、ってとこか」
(要約しすぎだろ!?)

 唇を歪めて、土方が笑う。
「新選組は寄せ集めの集団だ。鉄の規則を中心に、厳しい統制でまとめあげねば隊がもたねぇ」
 その為になら、いくらでも非情になろう。
 端正な横顔が、厳しい決意に青ざめている。音もなく立ち上がる土方を、他の者たちが息を呑んで見守った。

「逃げるなら 追っ手をつけて 切腹だ (豊玉)」

 いや、そんな。
 五・七・五で言われても。



 厳しい内部統制、俳句好きの副長が繰り出す粛清の嵐、血を吐く一番隊組長、長文を読むと寝ちまう男。こんな組織で生き延びられるのか、一般隊士たちABC。
 うっかり愚痴でもこぼそうものなら、敵より味方の動向を見張っているとしか思えない監察たちの、ブラックリストに直行だ。
 粛清の影に怯え、敵の剣に怯え、自分とこの隊長が吐き出す血に怯えて、それでも私たち生きてます。
 健気な彼らに明日はあるのか、ないだろう。




 元長州藩士だという男たちを追って、永倉は部下を率い、京の小径へと入り込んだ。違う道には、他の隊の隊士たちが人を割いているはずだ。
 敵を見つけださんと神経を研ぎ澄ます彼らの耳に、風に運ばれた声が流れ込んでくる。

「ぎゃああああああっ」
「助けておかあさーんっ」
「いっそ楽にしてくれぇ」

 永倉の後ろを歩いていた、新入りの隊士がビクリとして足を止めた。
「な、永倉先生、地獄絵図にピッタリきそうな、あの恐ろしいうめき声はなんですか!?」
 怯える部下たちから視線を逸らして、永倉は気色悪そうに喉を押さえた。
「あーあ、気の毒に、三番隊に見つかっちまったんだなぁ。素直に俺に見つかっとけば、楽に死なせてやったのによ……」


「ぎあああああっ」
 悲痛な悲鳴を上げながら、男が血飛沫の中に沈み込む。
「やあ、案外、早く片づいたものだ」
 長身の青年が、剣を肩に担いで呑気そうな声で仲間に声をかけた。だが、呑気な光景なのは彼の笑顔だけだ。その足下には、尊皇志士を名乗る――いや、名乗っていた――男たちの骸が転がっている。
 いや、骸と言うのは、正確ではない。青年の足下に転がる男たちは、まだ息がある。だが、生者というのも相応しくはない。男たちは『まだ死んでない』だけで、いずれ訪れる死は避けようがないだろう。いずれも、致命傷を負っていた。
「……斉藤先生。どうしていつもこう、中途半端な殺し方をするんですか。もっとバッサリやってやりゃあいいじゃないですか」
 斉藤と呼ばれた青年の足下で呻いている男たちを、顔を顰めて見ていた隊士が、自分の上司に訴える。だが、青年は刀に付着した血を拭って、相変わらず呑気な顔をしていた。
「だって、バッサリやって骨にでも当たれば、刀が痛むじゃないですか。あまり厚く脂肪を切ると脂もつくし。これが一番、効率がいい」

 だからって。

 腹を割かれたヤツ、三人。内蔵をやられているので助からないだろうが、止血さえすれば、二、三日は生き延びるだろう。激痛に見舞われるだろうし、最終的な死は免れないが。傷を広く抉られた奴も同じようなものだ。これでは縫合のしようがない。首筋をやられた奴が、一番、運がいい。こいつはすぐに死ねるだろう。

 腹を割かれた男の一人が、顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、傷を押さえてなんとか逃げようとする。その手の合間から内臓の一部がはみ出しているのを見て、気の弱い隊士が吐き始めた。古参の者たちですら、顔を背けている。

「ああ、ダメだよ、君。そんな風に引きずったら、傷口が膿んで大変なことになるよ。腹の傷が膿むと、そりゃあ苦しいらしい。じくじくと痛むし、熱も出る。膿んだ汁のせいで、臓腑が腐るらしいよ。そうすると、もう駄目だ。この前の奴はそれでも三日ばかりは生きていたけど、そりゃあもう七転八倒するような苦しみ方でね。さすがの土方さんが、尋問をやめてもう楽にしてやれと……」
「やーめーてーぇぇ」
 敵も味方も、悲痛な声を上げて耳を塞ぐ。吐く奴、泣く奴、偉い騒ぎだ。
 まさに地獄絵図。阿鼻叫喚。
 泣き喚く敵味方を見渡して、斉藤は相変わらず、呑気そうに首を傾げていた。
「私は親切のつもりで忠告したんだけどなあ」
 いらんわ、そんな親切。



 志を一つにする同志と言えど、時には非情にならねばならぬ時もある。
 血の通わぬ、鉄の掟が彼らの全て。
 動乱の京都で隊を守るため、誠の旗の志を守るため、時に刃は味方の頭上にすら踊る。




「副長、よろしいでしょうか」
 監察を勤める山崎が、書見台に向かう土方の元を訪れた。
「先月に入隊した佐藤ですが、どうも長州藩士と交友があるのではと思われます。人をつけて十日ばかり様子をみたいのですが……」
「そのような事に、人数を割いている余裕はない。取りあえず切っとけ」
「……は。それと、三番隊の松村ですが、これは薩摩に隊内の機密を漏らしていることがほぼ間違いなく……」
「部下の不始末は上司の責任だ。斉藤にやらせろ。ただし、素面の時に切らせろよ。酒が入っているとあいつ、『ついでにもう二、三人』とかやるからよ」
「は。もう一件。六番隊の木村が、副長に貸した金を返してくれと……」
「斬れ。奴は士道不覚悟だ。細かい金銭にこだわりやがって」
「……」


 副長の必殺技、「士道不覚悟」が放たれる時、一人、また一人と隊士たちの命が消える。これでいいのか、新選組。大丈夫なのか隊士たち。こんな奴を副長にした奴は誰だ。
 出てこい、出てこい責任者。




「いーんだよーだ。どうせー俺のことなんてー誰もおぼえちゃいないんだからさー」
 部屋の隅っこに転がって、畳に「の」の字を書く局長。
「どうせ、どうせ、俺なんか名前だけの局長なんだーぁぁ」
 泣くな勇、男じゃないか。いつの日か、土方から実権を取り戻す日を夢見て、今は耐えろ、耐えるんだ。


 頼りない局長、鬼の様な副長、癖が在りすぎる幹部たち。
 足抜けを許さない鉄の掟に縛られて、今日も隊士たちの血涙が、京の町を濡らすのだ。
「おっかさぁぁぁん。帰りたいよぉぉぉぉ」
 頑張れ隊士、生き抜け隊士。日本の夜明けを見る日まで。



歴史アクション小説
「新選組血涙録」



 激動の京が、今、ここに――




 ……甦らない(笑)


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 新選組のギャグ小説なんて、すでに腐るほどありそうだしなあ(笑)









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