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論 点 「児童ポルノ規制の範囲とは」 2009年版
現行児童ポルノ法では不十分か? 安易な規制強化の持つ危険性
[児童ポルノについての基礎知識] >>>

やまぐち・たかし
山口貴士 (弁護士)
▼プロフィールを見る
▼対論あり

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現行法でもネット上の提供は対処可能
 児童ポルノ事犯は破廉恥罪である。最終的に有罪判決を受けなかったとしても、身柄拘束され、報道された場合には、社会的な生命は抹殺されるに等しい結果となる。
 では、単純所持規制について、弊害を上回るメリットは存在するのであろうか。公明新聞は、「児童ポルノがインターネットの普及で氾濫し、国際的な問題になっている」(公明新聞 〇八年二月一九日付)ことを挙げている。
 しかしながら、現行の児童ポルノ法は、物理的な手段、電気通信回線を通じた「提供」、「提供を目的とする所持、保管等」はすべて刑事罰の対象としている。「提供」とは、「相手方において利用し得べき状態に置く一切の行為」を意味する。児童ポルノの販売、譲渡、インターネット上への児童ポルノのデータのアップロード、メール等で児童ポルノのデータを送信すること等はすべて処罰の対象になる。提供を目的とする所持、保管も処罰の対象となる以上、第三者に譲渡または送信する目的、あるいは、アップロードする目的で児童ポルノまたは児童ポルノのデータを収めた媒体を所持すること、インターネット上のサーバー等に児童ポルノのデータを保管することもすべて処罰の対象となる。インターネット上の児童ポルノについては、発信者さえ特定できれば、現行法で十分に対処可能である。もし、摘発に支障があるとすれば、各国間の捜査協力、サーバーのログの保全、発信者特定のための体制の整備により対処されるべきであろう。現に、ネット上で流通している児童ポルノについて摘発できないのであれば、単純所持を規制したとしても取り締まりの実効性が高まる可能性はほとんどない。
 なお、もう一つ「児童ポルノ」概念の拡大の問題がある。民主党案は、単純所持規制、創作物規制を否定しつつ、「児童ポルノ」の名称について「児童性行為等姿態描写物」と名称を変更し、規制範囲を拡大することに付言する。


創作物のキャラクターに被害者はいない
 児童ポルノ規制は児童の人権を守るための手段の一つであり、その規制が自己目的化してはならない。また、国際的に比較した場合、単純所持を規制していない我が国の治安は良好であり、性犯罪の数が少ないという現実を無視してはならない。他国では、単純所持規制の弊害に目を瞑ってもこれを導入しなくてはならない必要性があるのかも知れないが、我が国には、そこまでの事情は存在しない。単純所持の犯罪化には反対せざるを得ない。
 創作物の規制については、単純所持の犯罪化以上の問題点が存在する。単純所持の場合には、まだしも、被写体とされている児童という被害者が存在するが、創作物のキャラクターは、どんなに性的虐待の対象とされていようとも被害者ではない。映画や小説の中の犯罪行為に実際の被害者が存在しないのと同じ理屈である。これを混同する議論こそ、「現実と空想を区別しない」ものとして、排斥されるべきである。
 仮に、創作物の規制を導入した場合、実在しないキャラクターの年齢が問題になる。実在の児童が被写体となっている場合には、児童の特定が出来なくても、小児科医等の専門家の鑑定により、一八歳未満かどうかの客観的な判断はかろうじて可能である。しかしながら、実在しないキャラクターには、設定上の年齢しか存在せず、年齢の設定がないこともあり得る。人間ではなく、数千歳の宇宙人、年齢の存在しないアンドロイドという設定もあり得る。結局、「見た目」で判断するしかなくなるが、客観的な判断基準は存在しないため、捜査機関による恣意的な判断を回避する方法はなく、創作活動に対する捜査機関の自由な介入を許してしまう。
「見た目」の規制を問題にする以上、一八歳以上の者が一八歳未満であるという設定で登場、出演する表現物についても規制すべきとの議論が巻き起こることは必至であり、実際、日本ユニセフ協会等は、同種の主張をしている。しかしながら、これでは、同じ二〇歳の役者が出演している場合であっても、見た目が若く見える人の場合には、摘発の対象となってしまうが、これは、容姿、外見による差別に他ならない。
 創作物規制は、憲法二一条で保障された表現の自由に対する制約に他ならないが、制約を正当化する根拠はどこにも存在せず、憲法二一条に違反する。容姿、外見による差別に繋がる可能性もあり、個人の尊厳の尊重を定めた憲法一三条にも違反する。憲法や表現の自由を持ち出す以前に「空想と現実を区別しない妄論」であり、常識に反する。妄論が正論として罷り通りそうな国際的なマス・ヒステリアが存在するのであれば、冷静な検討と議論を呼びかけるのがコンテンツ産業大国である我が国の役割ではなかろうか。


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推薦図書
筆者が推薦する基本図書
『2007―2008 マンガ論争勃発』
永山薫+昼間たかし編・著(マイクロマガジン社)
『青少年に有害!――子どもの「性」に怯える社会』
ジュディス・レヴァイン著/藤田真利子訳(河出書房新社)
『エロマンガ・スタディーズ――「快楽装置」としての漫画入門』
永山薫(イースト・プレス)


e-data
http://d.hatena.ne.jp/okumuraosaka/
[奥村徹弁護士の見解](児童ポルノ・児童買春の専門家)
http://www.savemanga.com/
[創作物の規制/単純所持規制に反対する請願署名市民有志]



議論に勝つ常識
2009年版
[児童ポルノについての基礎知識]
[基礎知識]どうすれば子どもの性虐待はなくなるか?



論 点 「児童ポルノ規制の範囲とは」 2009年版

対論!もう1つの主張
世界に恥ずべき日本の児童ポルノ文化――倫理なくして何が表現の自由か
森山真弓(衆議院議員)


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関連論文

筆者の掲載許可が得られない論文はリンクしていません。
96年以前の論文については随時追加していきます。ご了承ください。

(2005年)健全か否かは「お上」が決める――わいせつコミック裁判の横暴
藤本由香里(評論家)
(2000年)このままでは児童買春・ポルノ禁止法は援交撲滅と児童ポルノ摘発法だ
藤井誠二(ノンフィクションライター)
(1997年)インターネットのわいせつは処罰になじまず――各ユーザーで対処すべし
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(1996年)パソコン通信は第三のメディア――現行法では悪用防止に限界がある
堀部政男(一橋大学法学部教授・法学部長)
(1996年)腰くだけといわれようと、警察の考えるワイセツの範囲はバッチリ取材した
加納典明(写真家)
(1996年)「愚行権」は認めるが、子供に野放しのポルノグラフィーは日本の恥だ
加藤尚武(京都大学文学部教授)
(1995年)ヘアヌード解禁は正しいのだろうが、文化の味が消えた
赤瀬川原平(グラフィックデザイナー、作家(尾辻克彦))
(1994年)ヘア写真という毒を健康的に俗化させた“罪”はマスメディアにある
泉 麻人(コラムニスト)
(1993年)性の解放が進めば進むほど、人間の性的欲望は弱化する
岸田 秀(和光大学人文学部教授)
(1993年)性情報を規制すればするほど、若者の性犯罪は増加する
福島 章(上智大学文学部教授)
(1993年)「ヘアー論争」は当局と出版・映画会社のゲームである
池田満寿夫(画家、作家)



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やまぐち・たかし
山口貴士

1976年生まれ。弁護士。慶應義塾大学法学部卒。同大学院法学研究科前期博士課程修了。法学修士。2001年10月弁護士登録。03年10月リンク総合法律事務所所属。日本脱カルト協会理事。マンガのわいせつ性が争われた松文館事件主任弁護人を務める。児童ポルノ法に単純所持規制と創作物規制を導入することに反対する署名活動を主宰する。個人ブログに「弁護士山口貴士大いに語る」。共著に『カルト宗教―性的虐待と児童虐待はなぜ起きるのか』がある。




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