中の人の徒然草1412009-02-26 Thu 07:11
みなさまおはようございます。今日も元気に行きましょう♪昨日私は関数型言語について考えていて、ふと疑問に思うことがありました。それは集合論が出すぎという事です。データ中心アプローチ、オブジェクト指向、関数型言語などでよく集合論が引き合いに出されます。確かに原点は集合論なのでしょうが、集合論にこだわりすぎなのが気になりました。というのも、私はそれ程集合論について知りませんが、それでもシステムが構築できるからです。
みなさまも思い返せば思い当たる節があると思いますが、全ての情報処理技術者が集合論をマスターしているでしょうか?集合論なくして仕事できないでしょうか?答えはおそらく否でしょう。私が例外で本当は全員が数学者並みに学んでいるのかもしれませんが、少なくとも私の周りでは数学者並みに集合論を使いこなす人が居ませんでした。そこから考えるに、情報処理技術は集合論を飛び出した違う何かなのではないでしょうか?むろん学問に無駄は無く、より深い理解の為に集合論も学ぶ意思はありますが、あまりにも集合論に拘りすぎるのも違うのではないかと私は考えます。何故ならば、原点に拘り過ぎると発展や進化がなくなってしまうからです。情報処理には情報処理特有のやり方があるはずです。 此れに似た現象で、よく情報処理技術は建築と対比されます。しかしこれも違うと私は考えております。似ているのは人間の思考が似たり寄ったりだからであって、変に建築に拘りすぎたのが原因で様々な弊害をもたらしていると私は思えてなりません。例えば、多重下請け構造とか、設計者の方が優れていて、プログラマは単純労働者だという頓珍漢な発想とかね。プログラマが単純労働者だと思うのならば、自分でやってみれば真実がわかるでしょうに(笑) これらの事から私は思うに、情報処理技術はまだ未成熟な分野ゆえに、色々な不備があるのでしょう。従って、数学や建築による一種の呪縛から開放された先に真の情報処理技術があるのではないでしょうか? |
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