無差別に技術をついばむ鳥

情報処理技術全般を気まぐれにつつくゆるいブログです

中の人の徒然草134

CodeZineの記事をぼちぼち書いているインドリです♪今日も少しだけブログを書きます。
昨日コメント欄にて、私の勉強方法について聞かれました。やっぱり褒めてもらうとちょっと嬉しいです。それに、非ネット空間でも「何でそんなに知識が広いの?どうやって勉強しているの?」とか何度か聞かれた事がありますので、今回はそれについて書きます。
その答えは勉強しない事です。それはおかしいとよく言われますが、そんなことはありません。国語辞典で勉強という単語を調べてもらえれば分かると思いますが、この単語決していいイメージの単語ではありません。私はそういった勉強は嫌いで、学歴なんてこれぽっちも興味を持ちませんでした。私にしてみれば、あんな暗記行事は学問に対する侮辱です。もっと学問は使えて楽しいものです。ではどうしているのかといいますと、ひたすら愛して楽習しています。勉強する必要なんてありません。
私は中学生の頃人生の意味について思い悩み、非常に空虚な思いを抱いていました。私の初めての趣味は物心ついた頃にした蟻研究です。でも何年かしていると子供なりの結論が出てしまって、蟻研究の興味を失ってしまいました。その後趣味の読書の一環で、アカデミア辞典・国語辞典・漢語林・諺辞典などを読みながら、なんとなく満たされない毎日を送っていました。さらに、小学校で1+1=2の原理を聞いて、「覚えておけばいい!」と教師に一喝されたので学校のお勉強に対する興味を失いました。1+1=2は一度聞いたら覚えますが、そんなことではなくて何故2にならなくてはならないのかが気になったのですが、教師はそれに対して覚えろという命令で答えました。その横暴ぶりに、私は勉強というものに悪い印象を持つ事になったのでした。そうした思いから第二の研究は哲学的なものになりました。
しかしながら、子供が哲学なんて趣味にするのは精神衛生上良くないものでした。それで私は自分の人生の意義や定義について思い悩む結果になってしまったのです。その時救いの女神になったのがPCでした。中学校でPCで文章を作成する授業がありました。そこで運命的な出会いを経て、私は稲妻に打たれました。そうです一目惚れです。もう私はその原理が気になって仕方がありませんでした。その時私は生涯を情報処理技術の研究に捧げると固く誓いました。それで今に至っているわけです。
という事で私が情報処理技術を修得する方法は愛する事なのです。愛していれば自然と長時間情報処理技術に付いて考える事になります。それに誰から命令されなくても自然とより深く知りたいという欲求が湧いてきますので、そんなに意識して勉強なんてものしなくてもいいようになります。ですから私は勉強なんてした事ありません。ただ、愛する心に素直に従って、情報処理技術全般について調べただけです。学問に見返りを求めてはなりません。流行に流れてもなりません。競ってもなりません。邪念を持たずただ愛していればそれでいいのです。自ずと情報処理技術を修得してしまいます。それが私の人生で見出した答えです。
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この記事のコメント

そういえば、勉強は努めて強いるでしたね。
インドリさんの場合は、学びたいという知的好奇心が、抑えきれぬほどに高まってほとばしりでるのですね。

そういえば、マザーテレサも「愛は、道徳的に良いことだから、あるいは責任感をもって愛をなすのでなく、愛は、心の中にあって
それが抑えきれぬほどに高まって人は愛をなすのである。それが真の愛である」と。
そのように語っていたのをどこかで聞いたことがあります。
私もそんな境地に達したいです。

2009-02-12 Thu 19:28 | URL | ken #-[ 内容変更]
kenさんコメント有難う。

>インドリさんの場合は、学びたいという知的好奇心が、抑えきれぬほどに高まってほとばしりでるのですね。
その通りです。
kenさんも好きな技術領域を見つけて、そこから楽しんでいくといいと思います。
そうすれば、自ずと技術力は高まっていきます。


それに加えて、理想の自分を想像するのも効果的です。
人は目的があると力が高まりますのでお勧めです。
2009-02-12 Thu 22:43 | URL | インドリ #-[ 内容変更]
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