ネタつつき17−年上や先輩を敬う意味。2008-12-18 Thu 21:02
ネタ元:敬語と使い分けるということ
私もこの事が気になっていましたので書きます。ネタ元を遡って読んでいて思った事ですが、確かに過度な上下関係は社会を硬直化させるので良くないと思います。しかし、敬語が必要なのも確かです。この記事ではそれをさらに進めて、年上の人や先輩に対する敬意のついて私が思う所を書きます。 昨今は確かに敬意というものがありません。これは年寄りの愚痴ではありません(私はまだ若いですよ)これにはちゃんとした合理的な理由があります。それを説明するために、私のポリシーから書き始めます。私は基本的に他者を敬います。それは慣習やご機嫌取りの為ではありません。そういった広い意味での目上の人は、私よりも優れた点が多々あると思うから自然と敬意を持っているのです。それは表面的なものではなく、いわゆる生意気な若者には理解しがたいものだと思いますのでちゃんと説明します。 情報産業では進化が激しく、日々新しい技術が生まれては消えております。ですから、目上の人よりも新人の方がある一面では詳しい事もありえます。ですから実力社会の名の元に、生意気な新人が大量発生するのでしょう。しかし、そういった表面上のもので目上の人を敬わないのは、非常に失礼かつ勿体無い事です。何故ならば、そんな小手先の技術では決して目上の人には適わない面があるからです。それは経験です。何百何千冊本を読もうが、そこには書いていない物が経験なのです。情報産業でもそれは同じなのです。こんな事を書くと精神論だと受け取られるでしょうが決してそうではありません。経験は決して本には書けないものなのです。ソフトウェア開発には秘密保持契約(守秘義務みたいなもの)がつき物であり、それに違反するからそれらの実務的ノウハウは直接的に書けないのです。それに、文章に出来ない細かな事象がありますし、それをもし書いたとしても、読み手の経験が浅ければ理解できないでしょう。お客様がああいえばこういう、みたいに逐次書けませんし、そんな本を読んでも経験がなければ応用できません。 では、その経験の正体は何かといいますと、大半は失敗やトラブルの対処法です。専門書は正しい事を伝えるのは得意ですが、間違った事を書くのは得意ではありません。それが書物の弱点です。ソフトウェア開発といっても、我々は書物の世界に住んでいるのではなく、合理的には説明のつかない人間関係がどうしても付きまといます。そういった、現実に起こる事に対する能力は目上の人の方が長けているのは間違いありません(例外もありますが)そういった貴重な知識や技術を教えてもらうには、ちゃんと敬意を持たなければなりません。これは自分の身に置き換えれば分かると思います。貴方は、自分を侮辱したり見下したりする人に何かを教えたいと思いますか?それを想像すれば結論は自明だと思います。 そろそろ纏めます。目上の人に対して敬意を持つのは合理的な理由があるからです。従って、敬意を払わないと損をします。念のために書いておきますが、とはいえ自分より目下の人を見下すのは馬鹿げております。人間は完璧ではなく、どの人も自分に無いものを持っています。それを得られる機会を逃すのは愚かです。ここ最近、実力社会の名の下にそんな当たり前の事が忘れ去れつつあると感じます。実力を正当に評価するのと、敬意を持たないのは別問題です。人間に対する敬意を失ったら社会は崩壊すると思うのは私だけでしょうか・・・ |
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