中の人の徒然草62008-06-10 Tue 19:49
今日は秋葉原の無差別殺傷事件に大変ショックを受けました。いつもかわらぬ日常がいきなり何者かによって、案外簡単に脆く壊れる。そんな現実にある恐怖をまざまざと思い知らされました。
この事件のニュースを見て改めて考えさせられたのですが、平和な日常は突如理不尽に壊される事ってあるんですよね。私が万が一あの現場にいたら、自分の身を自信がありません。
普通の人はあのような非日常にいきなり放り込まれたら何も対応できないのではないでしょうか?
また情報と報道姿勢にも疑問を感じました。私も情報処理技術者の端くれなので、ノート型パソコンなどによってこの様な事件が中継されうる事は十分理解していました。だけど、実際に中継されて色々な意見が飛び交っている事に疑問を感じざるを得ませんでした。道具そのものに意思はありませんし、この事件を撮った人にも悪意は無く、むしろ善意だったのかもしれません。しかし、コメントの中には悪意を感じるものも混じっておりました。人の不幸を楽しんでいるような・・・ これが私の勘違いならばいいのですが・・・。情報そのものには善悪が無く撮った人も善人だったかもしれません。しかしそれでも悪意はうまれるのです。もしかしたらこれがきっかけで模倣犯が生まれてしまうかもしれません。そのような中ネットはまだましな方でした。 一番不満だったのはTVの報道姿勢です。どういう意図があるのか分かりませんが、いつものパターンで犯人の生い立ちなどをワイドショー的に報道しておりました。被害者の関係者はどのような気持ちであれを見ているのでしょうか・・・そして、あのような報道で何が生まれるのでしょうか?この大事件をあのようにワイドショー的に取り扱っていいものかと私は多いに疑問を感じました。どうせするのならば、防犯対策や秋葉原の防犯体制、被害者の無念さなどを報道するべきだと思えてなりません。 平和、日常、報道、情報発信など多くの事について考えさせられる一日でした。 |
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