戦前の公式文書は文語文で書かれていました。
 文語文って、簡潔で美しいと思いませんか。
 とくに、戦争関係の文書に名文が多いのは、決死の覚悟がこもっているからでしょう。
 昭和16年12月8日、ラジオはまず「大本営陸海軍部」の発表、続いて、「大本営海軍部」の発表を放送しました。

 「帝国陸海軍ハ今八日未明西太平洋ニ於テ米英軍ト戦闘状態ニ入レリ」
 (ていこくりくかいぐんは、こんようかみめい、にしたいへいようにおいて、べいえいぐんと、せんとうじょうたいにいれり)
 「帝国海軍ハ本八日未明布哇方面ノ米国艦隊並ニ航空兵力ニ対シ決死的大空襲ヲ敢行セリ」
 (ていこくかいぐんは、ほんようかみめい、はわいほうめんのべいこくかんたい、ならびにこうくうへいりょくにたいし、けっしてきだいくうしゅうをかんこうせり)

 とくに後の方の「大本営海軍部発表」の文を声に出して読んでみてください。その口調のよさに感動します。
 すらすら読めるようになるまで反復してみてください。日本語って、こんなに美しいんだ、と思いますよ。
 「ハワイ」は「布哇」と書くんだ、というのも驚いたでしょう。
 この文を中国語に翻訳したのを見つけましたので、ちょっとご紹介しておきましょう。なんとなく、意味が分かるのが面白いですよね。
 漢字は、日本の漢字を使ってみましょう。

 帝国海軍於今天8日凌晨対夏威夷方面的美国艦隊和空軍断然進行了猛烈的大規模空襲。

 中国語ではハワイは「夏威夷」、米国は「美国」と書きます。米国も美国も、アメリカのメにアクセントがあることから、「メ」を日本では「米」、中国では「美」で受けたものなのです。
 「和」は中国語では、andの意味です。

 日本海海戦といえば、日露戦争のダメ押しの戦い。バルト海からはるばる半年かけてやってきたバルティック艦隊を、東郷平八郎率いる連合艦隊(日本海軍の最大の戦闘単位)が迎え撃ち、敵を全滅させ、こちらの被害はほとんどゼロだったという驚くべき大勝利でした。
 敵を発見したときに、連合艦隊から大本営(戦争司令部のこと)へ打った電報は有名です。

 「敵艦見ユトノ警報ニ接シ連合艦隊ハ直チニ出動之ヲ撃滅セントス。天気晴朗ナレドモ波高シ。
 (てきかんみゆとのけいほうにせっし、れんごうかんたいはただちにしゅつどう、これをげきめつせんとす。てんきせいろうなれども、なみたかし)

 また、太平洋戦争に戻って、沖縄守備隊の大田実中将は、自決する前に、やはり大本営に電報を打ちました。

 「沖縄県民斯ク戦ヘリ。県民ニ対シ後世格別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」
 (おきなわけんみん、かくたたかえり。けんみんにたいし、こうせい、かくべつのごこうはいを、たまわらんことを)
 沖縄県民は勇敢に戦って、立派に戦死したのです。無理矢理軍に殺されたんだ、などというのは、死んだ人たちに対する侮辱です。
 「後世」から後は、「将来、沖縄県民に対して、政府や全国民を特別の配慮をしてくれますように」と大田中将は弁じたのです。
 それだけでも、軍が沖縄県民を平気で死地へ追いやったなどということがないことが分かるというものです。

 清冽な文語文を御紹介してみました。
 こういうのを読むと、日本文化に対する愛情が湧いてくるんですけどね。
 「文語は民主的でないから、使うべきでない」という人がいます。
 民主的でないって、「何言ってやがるんだ」と思いませんか。

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