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プラネットアース ここだけの話

「私はカメラパースン」牟田俊大

No.4 2006.08.15


私が初めて外国のプロデューサーと一緒に仕事をしたのは1990年、BBCとの共同制作「世界の夜明け」の撮影でした。1998年にはニュージーランドのプロダクションとの共同制作「アジアの自然」を担当しました。
今回の「プラネットアース」ではカメラパースンとして撮影地にひとりで赴き、外国人プロデューサーと会って撮影というスタイルでのロケもしましたし、台本だけ持ってひとりで撮影地に行くというロケもしました。
カメラパースンというのは、簡単にいうとBBCと契約しているカメラマンです。BBCの自然番組は世界的に深く幅広くリサーチを行い、プロデューサーがストーリー性の高い撮影台本を制作し、これにもとづいてフリーランスのカメラパースンたちがテクニックを駆使して長い時間をかけて撮影を行うのです。
プラネットアースでは世界中に40人以上のカメラパースンがいて、それぞれ得意分野を持っています。望遠レンズの扱いが巧みな飛ぶ鳥の撮影のスペシャリスト、昆虫などのマクロ撮影の専門家、開花シーンなど時間を縮める微速度撮影の専門家。夜間撮影の専門家、ワイヤーにカメラを吊して動かすダイナミックな移動撮影の名手などなど、実に多彩な人々がBBCの自然番組を支えています。私もそんなカメラパースンの1人となって「プラネットアース」に携わったのです。
私が会ったカメラパースンたちは、ほとんど全員が自然番組を専門に撮影している人たちでした。フリーランスですから、かなり苛酷な仕事でも受け入れ、ロケ期間を長くとることもできます。台本を渡され全権を委任されて撮影地に赴きます。カメラパースンには、動物や環境について研究者と対等に話ができる専門性が必要です。動物学や環境学の博士号をもっているカメラパースンも少なくありません。私は外国人と仕事をする場合、日本鳥学会のバードウォッチャーだと自己紹介します。目の前を飛んでいる鳥の名前を英語で言い当てるだけで、相手の私を見る目が変わります。

BBCの自然番組はこれまでフィルムを使って撮影を行ってきました。世界の主流がビデオになって10年以上になるのに、がんこにフィルムを使い続けているのです。ハイビジョンカメラを使うのはこのシリーズが初めてで、ハイビジョンになってもなお、フィルムへのこだわりが見え隠れして、カメラマンの私の目には興味深く写りました。たとえば、ハイビジョンカメラを使うに際して、BBCからカメラパースンに小さなメモリーカードが渡されました。そのカードはカメラに組み込んで、明暗や輝度など映像のテーストを変えるためものです。フィルムカメラなら数あるフィルムから被写体に最適なフィルムを選ぶことが必要ですが、テレビ局といえどロケの中でビデオカメラのテーストをいちいち変えることはありません。カメラパースンは、プラネットアースの前は全てフィルム撮影でしたので、彼らにとってハイビジョンカメラの映像のテーストも自分でコントロールするというのは当然の事なのでしょう。
また、今回採用したハイビジョンカメラは再生時に120コマ分(他のカメラの2倍)の映像に変換されるため、スロー再生が美しく見えるという利点がありました。実は、スローモーション撮影はフィルムカメラなら比較的簡単なのに、従来のビデオカメラではできなかったのです。自然番組ではスローモーションのシーンは絶対必要ですから、その点でもハイビジョンカメラはカメラパースンに受け入れられやすかったようです。

プラネットアースで活躍しているカメラとして特筆したいのが、NHKが開発した赤外線撮影対応超高感度ハイビジョンカメラです。通常のカメラの400倍の感度を誇る、世界に数台しかない特別なカメラです。さらに、動物には見えない赤外線ライトを使えば、全くの闇の中でも撮影ができます。
アフリカのボツワナにはゾウを補食している珍しいライオンの群れがいます。狩りは夜に行われるため、撮影には超高感度カメラが必要です。企画会議で狩りのシーンの採用が決まり、私もそのできたてほやほやの超高感度カメラを携えてロケに参加することになりました。ところが、BBCも赤外線カメラをもっていて、奇しくもアフリカで2つのカメラが性能を競い合うことになってしまったのです。

撮影は1か月。日没時にキャンプを出発し、ライオンの群れを追いかけ、日の出と共にキャンプに戻るものです。日中のテント内は40度以上になって熟睡はできず、体力が要求される過酷なロケでした。
ロケ初日、BBCスタッフは照明車用のジープに14灯の赤外線ライトと3000ワットの発電機を設置しました。その強力な照明を使ってゾウを食べるライオンの群れを夜間撮影したのです。ライオンまでの距離はたった5メートル。BBCの赤外線カメラでとらえた映像はとても緻密で美しく見えました。同じシーンを撮ったNHKカメラの映像はざらつきが目立ってあまり美しくなかったのです。はっきりと口にはしないものの、BBCスタッフの間にはBBCのカメラの方が勝っているという雰囲気が漂っていました。
しかし、その評価も翌日には覆されました。ライオンやゾウの群れがカメラ前5メートルに寄ってくることはまれで、通常は100〜200メートルも離れたところでしか撮影できないのです。その距離だとBBCのカメラでは十分な明るさに写すことはできません。肝心の狩りのシーンはNHKのカメラの独壇場で、BBCのカメラは、サブの位置づけになりました。

シリーズはコンピューターグラフィックを使わず真実の実写映像で構成されています。何十万羽のハクガンやトモエガモの乱舞、大型ヤギを狩るユキヒョウ、アオフウチョウの特異な求愛ダンス、オリックスを襲う砂漠のライオン、バショウカジキに追われる魚の群れ、アフリカゾウの水中遊泳、オットセイを襲うホオジロザメ、世界でたった30頭だけのアムールヒョウ、120万頭のカリブーの大移動とカリブーを狩るオオカミ、群れで狩りをするリカオン、グアナコを狩るピューマ、6500メートルのヒマラヤの峠を越えるアネハヅルの群れとそれに襲いかかるイヌワシ、オオサンショウウオの補食、ニュージーランドのツチボタル洞窟など、見ていただきたいシーンをあげればきりがありません。
動物や環境に悪影響を与えることなく、そうした数々の決定的シーンを撮るための機材の工夫や開発も、カメラパースンの仕事として欠かせないものです。プラネットアースで新しく開発されたものとして、防震空撮システム、熱気球、ケーブルドリーなどがあります。そうした大がかりな機材から水中カメラケースなど撮影に役立つ小物まで各人がオリジナルなものを開発しています。情熱と技と機材が一体になってはじめて印象的な映像表現ができるのです。



牟田俊大(むた・としひろ) 牟田俊大(むた・としひろ)

カメラマン 81年入局
「地球ファミリー」「生きもの地球紀行」「ダーウィンが来た」「アジア知られざる大自然」など自然番組の撮影を多く手がける。
NHKスペシャル「秘境大崑崙」「謎の巨大穴に迫る〜南米ギアナ高地」「中国天坑 謎の地下世界に挑む」など秘境・僻地番組も得意
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