2009年5月6日2時30分
凌雲翔さん
大広間の障子を開くと、黄色い作務衣(さむえ)姿の中国人研修生の張暁(チャン・シアオ)さん(20)が初々しい笑顔で迎えてくれる。「おはようございます。ゆっくりお休みになれましたか?」
3月末、山梨県・石和(いさわ)温泉にある旅館「きこり」。客が朝食に姿を見せると、張さんはあいさつし、ご飯やみそ汁を運んだ。「おかわりはいかがですか?」とこまめに客の間を動く。女性客のひとりは「一生懸命で感じがいいね」。約50人の客を日本人の仲居と張さんら2人の中国人研修生がもてなした。
石和温泉旅館協同組合は08年、地元の笛吹市を窓口として中国人研修生の受け入れを始めた。1期生は観光専門学校「山西省太原旅遊職業学院」で日本語を学ぶ19〜24歳の女子学生46人。1年間務めると学院の単位となる。
来日後、1カ月の研修を受け、旅館やホテル16施設に2〜6人ずつ派遣された。日本人の仲居に交じって仕事をする一方で、週に一度は講義や県内の観光地の見学も。
中国人の団体旅行客が宿泊するホテルでは、研修生が中国語で温泉の入り方や食事の説明をする。日本人客を相手にしている旅館でも、研修生に会うために再訪する客もいるなど評判がいい。
張さんら3人の研修生を受け入れた「きこり」の社長で旅館組合の理事長も務める山下安廣さんは「田舎の旅館には、若い日本人女性は働きに来てくれない」と、若い女性従業員の確保に苦労していることを認める。だが、それよりも「先行投資」と力説する。
20年ほど前までは東京から団体客が押し寄せたが、最近は低迷気味だ。「彼女たちが中国で石和温泉や山梨を宣伝してくれるでしょう。5年、10年先の観光客誘致につながる」という。
張さんの祖父(84)は来日に猛反対したという。日中戦争に参加した経験があるからだ。「日本に来てつらいこともあったけど、多くの人にお世話になった。おもてなしの心やサービスの態度も勉強になった。帰ったら祖父に話したい」と張さん。
張さんら1期生は4月23日に帰国。2期生19人が今月、来日する予定だ。
日本人の若い女性従業員を集めにくい悩みは多くの観光地に共通する。国際友好ホテル協会は毎年約300人、日本政府観光局も約250人の中国人研修生を各地の宿泊施設に派遣している。
■中国人客誘致、橋渡し
観光は様々な形で在日華人の舞台を広げている。
「観光立国」をめざす日本政府は昨年10月、観光庁を発足させ、外国人観光客の増加を図っている。昨年実績では、トップの韓国の189万人に次いで、台湾から126万人、香港から51万人、中国から45万人がやって来た(日本政府観光局調べ)。ビザの緩和で、中国人客のさらなる増加が期待できる。観光地も中国の富裕層に目をつける。中国人客の誘致と対応に在日華人の出番が増える。
群馬県は3月、中国からの団体旅行などを請け負う在日華人経営の専門旅行会社など8社を招待した。一昨年から3回目だ。
2泊3日で県内の少林山達磨寺や水上高原などの観光地を回った。約450畳の露天風呂が広がる宝川温泉では、混浴も経験してもらった。
中国からの団体旅行を月に100件近く手配するという日本周遊の林志行社長は来日32年の台湾人。「1泊いくら?」「精進料理はできる?」などと各施設で質問した。
仕掛け人の県観光物産課の田谷昌也・課長補佐は「中国人観光客の9割は日本が初めてで、ほとんどが大阪、京都、富士山、東京を回る。再訪するときに群馬を組み込んでもらえれば」と話す。
大阪・ミナミの心斎橋筋商店街(約180店)。中国人観光客を呼び込む「おいでやすプロジェクト」に、上海出身の孔怡(コン・イー)さんが協力する。86年に来日し、大阪を拠点にテレビやラジオで活躍。観光庁から「YOKOSO!JAPAN大使」に選ばれた。
商店街の人々から「中国人客は高価な商品でもすぐさわる」との苦情を聞いた。「本物かどうか確かめたいから」「日本製かどうか知りたいのだから、札をつけては」などと、中国人の行動を説明しながら助言した。
大阪観光コンベンション協会に勤める在日華人の凌雲翔(リン・ユンシアン)さん(33)も、観光は中国人が日本への理解を深める機会と期待する。協会は近畿各府県などと連携して観光客誘致に努める。3月には、重慶市や河南省などから旅行関係者ら10人を招き、京都、神戸、奈良などをまわった。
いまだに、多くの中国人の日本観は戦時中と変わっていないと感じる。凌さんは日本に留学して、日本人の印象が全く変わった。今年、日本国籍を取った。「日本の暮らしやすさ」を見せたいと、中国の旅行関係者を大型量販店などに案内している。(編集委員・大久保真紀、浅倉拓也)