「ごめんね、急に呼んじゃって。」
母は、今までの怯えた表情の母親ではなかった。
とても目は澄んでいて、何かを決意したという強さがあるようにも思えた。
こんな母親を見るのは初めてだった。
「瑞穂ちゃんにね、話をしたくて。」
「話・・・?」
「ええ。今までのこと、謝りたかったの。」
それから母親はとても長く語りだした。
「今まで私心の病をずっと自分の守りの盾にしていたという事が分かったの。
今まで、自分の娘に後ろめたさを感じて、一人で怖がっていた。
育児に疲れたとかじゃなくて、子が成長していくことに自分がついていけなかった。
だから、これからの将来についてとかを考えると行き場のない恐怖に襲われちゃってね。
そこからずっと逃げてきた。分かっていたのよ、きっとこのことは。
でも、自分で押し込めてきたと思うの。」
母は、今の私と同じ気持ちをずっと持っていたようだった。
「前に、瑞穂ちゃんに言われた事あったわよね?私の何が分かるって言うの?って。
あれ、聞いた時私思ったわ。母親失格だって。
確かにそうだった。あのときだけなぜ母親らしい事をしようと思ったのか分からなかった。
けれど、瑞穂ちゃんが無意識に助けを求めているのが分かったの。
それだけは、自信があった。
だから、それを助けるのは母なのかと漠然に思って声をかけたの。
でも、それまで何もしていなかった人間が言えるものじゃなかったわよね。ごめんね。」
それから少し涙をにじませながら母は話を続けた。
「それから私は、貴女と話す資格なんてない人間なんだってずっと自虐的に物事を考えるようになった。
でも、それは勝手な自分の妄想なんだって最近になって気づいたわ。
貴女がノートに如月さん兄弟のこと相談してくれた事、とても嬉しかった。
それで、いきなりだったけど、お父さんに連絡したの。
そしたら、お父さん忙しいのにわざわざ有休とって家に戻ってきてくれたのよ。
一家の大事な事だからって。
そして凄く話し合って、私自身の間違いについてそこで悟ったの。
家族という事を・・・一番大事なところを忘れていたんだって。
私は瑞穂ちゃんの母親であって、家族なんだって。
権利とか資格とかじゃなくって、私は瑞穂ちゃんを生んだ事に責任がある。
母としてもっと威厳がなくてはいけないって。
だから、今この決意を瑞穂ちゃんに証人として、聞いておいてもらいたかったの。
今まで、ごめんね。
お母さん、これからきちんとお母さんらしくするから。
時間かかるかもしれないけど、きちんと前を向いて歩くようにするね。」
この言葉を話し終えるまでには母親の目からは涙が溢れ、大粒の涙を流していた。
私も、気づけば大粒の涙を流していた・・・。
「・・・謝らなきゃいけないのは、私の方。」
私は、自然と口が動いた。自分の意識とは関係なく。
「私も、お母さんにずっと謝りたかった。
私は、お母さんの事、本当は大好きだった。誰よりも。
でも、お母さんは元々心が弱くて、一歩引いている自分もあった。
いつもお母さんに気を遣っていた。あまり変なことをいったら
お母さんが壊れちゃうって・・・。
でも、いつしかその気遣いがうんざりするようになったの・・・。
なんで家族にそんなに気を遣う必要があるんだろう。バカみたいだって。
そう思ったら止まらなかった。母親のことなんてどうでもいいって思うようになった。
でも、それは違うの。どうでもいいんじゃなくって、私が逃げていただけだった。
私もお母さんと同じなの。
前を向いて歩いていなかったのよ。いじめという環境が私の先々の道を作ってくれていた。
そこからずれてしまうと、自分は自分でなくなってしまう。
誰も、私の存在に気づいてくれなくなる・・・そのことに対して激しい不安があったんだと思う。
だから、今の状態を保ちたかった。
そう考えたら、母親の存在を自分の中から消してしまうしかなかった。
自分の事だけ考えて生きていこうって思うようになった・・・。」
泣きながら話していた為、ところどころ、言葉に詰まった。
母親も、黙って聞いていた。
「あの時、私の事なんて何も分かってないって思ったのは、本気だった。
でも、すぐあの後後悔した。自分の母親が自分の心配をして、相談にのろうとしてくれているのに、
私はそれを・・・そんな母親を全否定したんだから。
その後悔の念をずっと持ち続けたまま今まで生活してきたの。
ごめんなさい・・・私こそいけない娘でごめんなさい・・・。」
今まで思ってきた事。胸にひっかかっていた言葉を探し出すように私は母親にそう話した。
母親も私も涙でひどい顔だった。
「瑞穂ちゃん・・・そんなに考えていてくれたのね・・・。」
母親じゃ、胸がいっぱいというような表情でいた。
でも、その表情の中に"母"を初めて感じた私なのだった。
「これから、新しく生活していきましょ。
私も、瑞穂ちゃんももう気を遣い合うなんてことはよして、裸の生活をしていきましょ?
すぐには無理だと思うけど、少しずつ・・・自分のペースを急に変えることなく自然に・・・。」
母の顔は、とても穏やかだった。
私はその顔をこの後もずっと忘れないだろう。
私は黙って頷いた。
「よろしくお願いします。」お互いに自然に出てきた言葉だった。