第4話 歪んだ絆 揺れる心 〜互いの想い〜



こうして敦の母はその日、安部先生の家で
一晩泊まる事となった。
敦は、終始ぶすっとした表情でいた。
そして、夕飯を食べ終えると、すぐに部屋に戻って行った。
「すいません・・・なんか私達の為に、食卓を暗くさせてしまって・・・。」
敦の母は今にも泣き出しそうな顔でそう先生の家族に詫びを入れていた。



「全然私達の事は気にする事ないんですよ。
 いつもがうるさすぎるだけですから〜。ね?お父さん」
「そうだなぁ・・・。いつもはバカ家族だからな。」
「でもね・・・。」
安部先生の母親はいつものふんわりした声を保ったまま
敦の母に話し始めた。




「敦君の顔見ました?凄く悩んでいる顔でしたよ?
 多分、お母さんとの事考えているんじゃないですかね?
 お母さんが本当に敦君と正面から向き合って
 普通の親子関係に戻りたいのであれば、
 敦君には辛いかもしれないけども、今が
 最適な時期なんじゃないかしら。
 心が揺れ動いているって事は、その中に母親の入る余地って
 あるんじゃないですかね?」




さすが安部先生の親である。
口調は優しくても、言っている事はとても母親の心にぐっさりと
刺さっていくほど痛烈な事だった。



「私もそう思いますよ?お母さん。
 さっきは私も言い過ぎたと思ってますけども、
 お母さんには今動いてもらいたいんです、私も。
 敦君は、ここに来たばかりの頃とは大分変わりました。
 とても無邪気な笑顔も出すようになりましたし、
 凄い人に対しての気遣いもするようになりました。
 でも、やっぱり時折悲しい顔をする事もあるんですよ。
 それは、きっとご両親の事が胸にひっかかっているんだと
 思うんですよ。
 確かに、敦君には非がなくて、避けられない現実では
 ありますけども、敦君だって、お母さんやお父さんと
 また普通の生活がしたいんだと思うんです。
 きっかけがないんですよ、今のままだと。
 親子で真剣に話あう時間がないんです。
 だから、今しかないと思いますよ?」




先生の言葉はとても暖かかった。
敦の母は、この地に来て、周囲の優しさに
自分の思いがなんてちっぽけなもので、
そしてなんてつまらない事ばかりを考えてきたのだと
思い知らされていたのだった。
今なら、敦と和解できるのかもしれない・・・
ほのかな期待が母親の胸にも沸いてくるのであった。



「上に、あがりますね、私。」
母親は意を決して敦がいる部屋へ向かう事にした。



「頑張ってください。」
「ありがとうございます。」





敦は、2階の一番奥の部屋にいた。
「敦、ちょっといい?」
・・・戸の向こうからは、何も反応がない。
「入るわね?」
敦の母は、戸をあけ、恐る恐る部屋の中へ入った。
部屋は真っ暗で、敦は出窓に座って外を見ていた。



「敦、お母さん少しお話してもいいかしら?」
「・・・。」
敦は、何も答えず、そして母親の方も
振り返らなかった。
母は、場の空気の重さに息苦しさを覚えながらも、
やっとの思いで口を開いた。



「敦、さっき先生といたときの話全部聞いていた?
 私、あの話を聞いて凄くショックだったわ。
 お母さんが、一番敦の事を分かっているつもりだった。
 でも、今だったら事情を知ったばかりなのに
 安部先生の方がずっと敦に近い存在になっていたのかもしれないわね。
 お母さん、ずっと敦に申し訳なくて、敦には
 誰よりも幸せに生活できるようにする事が私の一生の償いになるんだって
 思って生活してきたわ。
 敦も今まではその事にきっと疑いもなく幸せに生活してくれていたんだと
 思ってる。
 でも、あなたの本当の境遇を知ってしまって、
 貴方は私達の事を一切信用しなくなってしまった・・・。
 それでも、私仕方がないと思ったわ。
 貴方が生まれる前から、私は罪人であったから・・・。」




敦の肩が震えていた。
それは、泣いているのか、激しい怒りからなのか、暗い部屋の中では
どんな表情をしているのかさえはっきりとは分からない。



「敦が、こっちに移ったときに書いた作文見たわ。
 私達に殺意を抱いていたのね?
 本当にごめんなさい・・・。
 でも、先生に言われて思ったわ。
 腫れ物に触るように生活させすぎてて、それが逆に
 貴方を普通の生活から遠ざけてしまっていたんだって・・・。」




「・・んだよ・・・。」
「え・・・?」
敦が口を開いた。



「なんだよ、今さら・・・。」
「敦・・・。」
「なんだって言ってんだよ!
 先生に言われないと、そんな事一つも俺に言えねぇのかよ!?
 先生に言われて気づいただ?
 それこそ、他人の世話になってるどうしようもない親じゃねぇか!
 俺が今までどんな気持ちでいたのかなんて一切考えてなかったじゃねぇか!
 何を反抗しても、それに従っているだけで、
 実際はどんな考えを持って反抗しているのかなんて考えたか!?一度か。
 絶対にそれはないよな!?
 だっていつも息子に腰低くして、何でも言うとおりにして、
 恥ずかしいと思わなかったのか!?
 自分の意思ってもんはあんたにはなかったのか!?
 それは、一番それが腹立たしかったんだよ!
 そんな親ならいらない、いっそ俺の前から消してやりたかったよ!
 いつも自分を罪人罪人って。
 ウザイんだよ!!それだけ俺を追い詰めてるって事わかんねぇのか!?」





息を切らして敦は怒鳴った。
母は、涙腺が切れてしまったのではないかと思うくらい
ひたすら大粒の涙を流していた。



「ごめんなさい・・・。本当にごめんね。」
「謝って欲しいんじゃないって言ってんの聞いてんのかっ!?
 もう出てってくれよ!」



母親は、泣いてばかりで部屋から動く事もできないでいた。
「あんたが出れないんなら、俺が出て行くよ!」
そう言い捨て、敦は部屋から出て行った。




「あら、こんな夜に敦君どこに行くの?」
先生の両親の声に答える事もなく、敦は駆け出していった。


「大丈夫だ、戻ってくるよ。」先生の父親が静かにそう言った・・・。



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