第8章 転換期 新たな始まり

よい解決方法が探せぬまま数日が経った。
その間、私は中途半端な思いではとてもまどかの家には近づけなかった。
恐らく、有里も同じ気持ちであっただろう。


ある日、私はなぜか母親との交換日記にまどかの話を書いていた。
私には、特に相談に乗ってもらえる人も他にいなかったので、なぜか母親に聞いてみようと
思い立ったのだ。
とても虫がいい話になってしまうが、今はもし何か案がでてくるのであれば、母親だろうが
なんだろうが、関係ない状況なのだ。

しかし、毎日交換されている交換日記だったが、なぜかその事を書いてから数日母親からの
返事がなかった。

「やっぱり母親なんかに相談しなければよかった。」
大方、また何か自分の事と照らし合わせて鬱症状にでもなっているのだろう。
やはり、自分で解決するしかないか・・・。私は失望した。
少しでも母親が何かアイデアをくれる事を期待していた自分を恥じた。


学校から帰ってきてからは、最近はふさぎ込むように家にいてばかりだったので、
気分転換に河原に行ってみる事にした。
そこには、有里の姿もあった。

「あ、藤埜。」
「やほ。」
私は、有里の隣で寝そべった。
「どう?」
特に詳しくは口に出さなかったが、今の私たちにはこれだけの言葉で十分話が通じた。
「全然。そっちは?」
「まったく。考えれば考えるほど深みにはまる感じ。」
「ここで、のんびり考えるのもいいけど、どこかその辺歩いて何かひらめきがないか
 考えようか。」
「それもそうだね。」

私と有里は、いつまでも同じ場所で考え事をしても、何も新しい案がひらめかないとして、
商店街に歩いていくことにした。

「でも、なんであんな幸せそうな人間に限って変な不幸が押し寄せてくるんだかね。」
「本当、神様が本当にいるなら顔を見てみたいよね。」
「同感。」
商店街は主婦の人たちと、学生で賑わっていた。
「商店街って意外に人気あるんだね。」
私は、まともに商店街を見たことがない。
いつもがらんとしているというイメージがあったため、結構な賑わいに驚いていた。
「この辺は割りと活気がいいんだよ。」
有里は一時ぐれている時、商店街のゲームセンターによく出入りしていたらしく、
この辺については割りと詳しいらしい。
「へぇ・・・そうなんだ。」
活気があると言う事はとてもよいことだ。
みんなの顔を見ると、皆で話し合いでもしたかのように満面の笑顔だった。
「活気がある場所って、幸せを運ぶ場所なのかな。」
「・・・そうかも知れないね。商店街っていつもみんな笑顔でいるもんね。」
「まどかも、活気のある新しい環境で過ごすと一番いいのかもしれないよね。」
「そうね・・・でも、なかなか難しい課題になるよ、それは。」
そう、まどかの家も、私の家庭と同じく親戚関係は一切いない。
なので、親戚に頼る事も今は一切できない。
かといって、他の場所に引越しをして生活するだけの費用というのも
一切持ち合わせていないのだ。おかれている状況は最悪と言ってもよいだろう。



結局何時間か商店街にはいたが、実りはなかった。
思いついたのも、活気のある場所にいると人間は笑顔になれるという事だけだった。
私は有里と別れ、自宅へもどった。


「瑞穂ちゃん、お帰りなさい。」
何やら神妙な面持ちで母親が私の帰りを待っていた。
そこには、父親の姿もあった。
「・・・どうしたの?二人もそろって。」
父親の顔を見たのも久しぶりなのに、母親が私にお帰りなどと声をかけてくれるのも
数年ぶりのことであったので、これから何があるのだろうといささか不安になった。

「突然ごめんね。」母親がまずこういった。
「瑞穂ちゃんがお友だちのことを日記に書いてくれたでしょ?
今日はそのことなの。」

まどかの事だ。

でも、そのためになぜわざわざ家族会議になるのかが、私には理解ができなかった。
「書いたけど・・・それがどうかしたの?」
「瑞穂、父さんも母さんから連絡があって少し仕事にも余裕があったから、
 2,3日有休をもらってきたんだ。この事にについて、きちんと話を聞きたかったからさ。」
「私が相談した事、何かそんなに深刻な話になるの?
 確かに、相談の内容は友だちの家庭全体に関わって、場合によっては命にも関わる重要な
 話だけど、私の家族で家族会議を開くようなことなの?」
「瑞穂、父さんと母さんはこれから重要な事を決めようとしているんだ。
 その前に、瑞穂にその友だちのことをよく聞かせてもらいたいんだ。
 だから、今日は瑞穂をここに呼んだんだよ。」
「なに?聞きたい事って。」
「うん。じゃ、詳しくその友だちについて聞きたいんだけど、いいかい?」
「あ、相談の内容って事ね。」
「そうだな。」
「分かった。」



私は、まどかの現在おかれている状況を話した。
父親も母親も表情にはあまり出さないものの、まどかの家庭の深刻な現状に心を
痛ませているようだった。
「瑞穂。」ふいに、父親が名前を呼ぶ。
「ん?」
「おまえも、ずっと長い間いじめにあっていたんだろ?」
母親にも話をろくにしていないのに、父親にはそのことが分かっていた。
私は表情を凍らせ、返答もできないでいた。
「その辛い時、支えてくれていたのがそのまどかちゃんだったんだね?」
私は、何も言わずうなずいた。
「そうか・・・。状況が状況だけに難しいと思うんだけど、まどかちゃんをつれてきてもらえないかな。
父さんは、明後日まではいる予定だからそれまでにつれてきてもらえればいいから。」
連れてくる?あれから一歩も家に出た事のないまどかをどう連れてこれるというのか。
そんな事は、私には荷が重すぎた。
「できないよ。」
「どうして?」
「だって、あの事件以来一歩も外に出ていないんだよ?まどかは。
 それに、ご飯だってたいした食べれずにいて、苦しんでるの。
 それをどうやって私たちの都合でこの家まで連れてこれるって言うの?」
父親は少し考えた後、こういった。
「駄目だったらこちらから、まどかちゃんの家に行く事にするよ。
 一度どうしても目で見ておきたいんだ。目を見ればどんな人か大方見当はつく。」
父親は、昔から人の目だけをみて交友関係を広げてきた。
そして、その人の目を見て性格を判断する能力には長けていた。

「分かった。聞くだけ聞いてくる。」
私はそう返事をし、他にする事もなかったので、すぐにまどかの家へ向かった。

まどかの家へ行くと、宇宙お兄さんが迎えてくれた。
私は状況を説明すると、お兄さんの部屋で待つように言われて、まどかに
話をしに行った。

「瑞穂ちゃん、それは瑞穂ちゃんのお父さんが来てほしいって言ったんだよね?」
「はい、そうです。何か大事な話でもありそうな感じでした。」
「そうか・・・。まどか、どうする?外、出られるかい?」
まどかは暫く考えていたが、こう答えた。
「私、今じゃこんな姿だけど、それでもいいのかな・・・。」
「うん。お父さんは人の外見でものを判断したりする人じゃないから。」

私は、それだけには自身があった。
私は父親が大好きだった。
その理由は人間を外見で判断せず、まずは人の目を見て、そしてじっくり話して
相手への自分の気持ちを決める人だった。
絶対に人の生き方には否定をしない。
そういう人間に、私もなりたいと思っている。


「分かった。私、行くよ瑞穂。」
細々しい声であったが、まどかは快諾してくれた。
「じゃ、僕もまどかの介添えで行くね。」お兄さんもそう答えた。
二人とも、突然の事で困惑しながらも、因縁の家から少しの間だけでも
外に出られる理由ができた事に対するホッとした気持ちもあるように思えた。
「じゃ、明日うかがうね。」
「はい、お待ちしています。じゃ、まどか明日ね。」

私はこれだけを伝え、自宅へ戻った。
そしてすぐ父親に明日来るということ、そしてまどかにはお兄さんがいて、
お兄さんも一緒に来る事を伝えた。
父親もお兄さんがいても少しの迷いもなく、「分かった」とだけ答えた。




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