こうして、私たちは如月兄弟と共に生活をする事になった。
宇宙お兄さんは、勤めている美容室に続けて勤務する事にし、この家から
新たなスタートを切ることになった。

まどかは、体調が優れなかったので、体力を戻す事から始まった。
もちろんそれには私も手助けした。

私は、二人がきてくれたことで感謝している事がある。
それは、母親の事だった。
母親は、二人がきてからというもの、今まで笑顔の一つすら私に見せなかったのに
いつも微笑みを見せるようになった。


ある日、まどかが私にこう言った。
「ねぇ、瑞穂のお母さんの笑顔ってさ、とっても素敵だね。」
まどかは、私の家庭の事情は大体知っていた。
そのため、この家庭の中に入ってくる事は少し躊躇したと言う。
自分のせいで家庭がもっとおかしなことになってしまうのではないかと。
「そう?私は随分見ていなかったから変な感じ。」
「素敵だよ。あんなに素敵な笑顔な人もあまりいないと思うな。」
私の母親は、昔はとてももてていたようだ。
優しくて、とてもよく気配りのできるできた人間だったようだ。
でも、そのよい性格が災いして今のような心身症を患うようになったのだろう。
「そうかもしれないね。」
「瑞穂、チャンスだよ、今しか時期的にないんじゃない?お母さんと
 お話できるのって。」

確かに、昔母親に言った事に対しての詫びはずっと言いたかった事だった。
最近の母親になら言ってもよい事なのかもしれない。
まだ言葉数は少ないが、喋るようにはなった。
ただ、私には傍にいながら、母親のぬくもりというものを知らない。
今ここで関係を修復したとして、自分の生活がどう変わると言うのか・・・
先が見えないことに対して、激しい不安を覚えた。

「考えておく。」私はまどかに、それだけ答えた。


私は、まどかにそう言われて数日考えていた。
私が今すべき事は、やはり母親と話をする場を作るべきなのか・・・
いくら考えても、答えは出てこなかった。

「藤埜さん、どうしたの?最近浮かない顔して。」
ある日、林先生が私の浮かない顔を見て、気になって声をかけてくれた。
「ちょっと・・・。」
「自分で解決できそう?」
「いえ・・・分からなくなってきました・・・。」
「それは、私に教えてもらえる事かしら?」先生は優しく微笑みながら尋ねた。
「・・・。構いません。」

そうして、私は先生に今の思いを伝えた。
まどかの事から始まり、如月兄弟が家にやってきた事、
それからの母親の事を・・・。

「藤埜さんは、これから自分の何かが変わっていくことに対して怖いと思っているのね。」
先生は、暫く目を閉じて何かを考えた後、そう言った。
「怖い・・・。」
「そうね、今のお話を聞くと、多分貴女は将来について恐怖を抱いていると思うわ。
 今までずっとお母さんと言う存在を消して生活してきたんだもの。その存在が
 突然現れてこようとすると、不安になるのは当然だわ。
 それに、貴女は自分のペースをずっとある程度維持して生きてきた人だから、
 ペースを乱して生活なんてするのは相当の苦労が必要だとも思っている。違う?」
言われてみると、確かにそうかもしれない。
これだけ言われても、何も違和感を感じない。
むしろ、全てすんなり聞く事ができる。
まるで、私の心の内を代弁してくれているようだった。

「そう・・・だと思います。」
「そう。」
先生は私の肩を抱き寄せて優しく語り始めた。
「人生ってね、一つの道をずっとまっすぐ歩けるわけじゃないのよ。
 道ない道を自分で切り拓いて行く方が多いの。
 貴女は今まではいじめという環境が一つの作られた道だった。
 そこをそのまま進んで行ったから自分のペースを守れたと思うのね。
 けど、そのいじめがなくなって、自分が欲しかった友だちを作れた。
 そこから貴女の道は変わっていっているのよ?
 今、貴女は考え方そのものから変えていかないとこれからの環境に
 対応していけない。それだけはいえると思うわ。世界から取り残されちゃうわよ?」
「じゃ、どうすれば・・・。」
「それは、自分で考える事。今言ったでしょ?
 道はないの。これから自分で作っていかなくちゃいけないの。
 これは、とても大仕事よ。でも、やり遂げなくちゃいけない。そうしないと
 ずっと立ち止まったまま苦しむだけ。」

「道を・・・。」
自分で切り拓くしかない道。
それは、一体どんなものなのだろうか。
今の自分にとっての先の道は何なのだろうか。
考えると、きりがなかった。

「私から言える事は、貴女の今すべき事はやっぱりお母さんとの問題の解決でしょうね。
 これが一番の鍵になるんじゃないかしら。」


その後暫く林先生と話をし、下校した。
家に帰るとまどかは病院に行っていたため、部屋には誰もいなかった。
「母親がこれからの人生の鍵・・・。」先生の言葉が耳から離れなかった。
私には荷が重過ぎるよ、先生・・・。

コンコン・・・。

戸を叩く音が聞こえる。
「誰?」
「宇宙だよ。ちょっといい?」
「あ、どうぞ。」
宇宙お兄さんは、特に用事もないんだけどね。と微笑んでそう言った後、たわいもない話を
私としていた。
その後、相変わらずの微笑みは絶やさないまま無言でじっと私の顔を見つめだした。
「宇宙・・・お兄さん?」
「瑞穂ちゃんも辛い時期なのに、ごめんね。僕たちが居候しちゃって。」
宇宙お兄さんには全て分かっていた。
分かっていないのは私だけなのかもしれない。
この先にある何かに対して怯えて縮こまっている。
まるで、怯えたウサギのように・・・。
「大丈夫。前を見ていいんだよ。」お兄さんはそれだけ言った。
私は、なぜかお兄さんのその言葉で涙がにじんできた。
「私、もうどうしていいか分からないんです・・・。
 もうこれ以上は考えられない・・・。」
お兄さんは、私の頭に手をのせ暖かい目で私を慰めてくれた。
泣いている自分を黙って見守ってくれた・・・。

その時だった。
「瑞穂・・・ちゃん?ちょっといいかしら。」
「お・・かあさん?」
私は、困惑した。
母親から、私を呼んでいる。
「瑞穂ちゃん、ほら。今行かないと。」お兄さんが後押しする。
私は暫く考えた後、軽く頷いて母親と共に居間へ移った。




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