第7章 暗闇・・・失意の兄弟

その翌日から、棟崎さんは学校に戻ってきた。
始めは口々に噂をしたり、私がかばうと私に同情を持って
余計に反感を持つ人等
色んな状況に見舞われたが、結局数日経つと随分落ち着いて、
クラスにも徐々にとけこめるようになってきた。



棟崎さんの件は解決できた。
そうなると、後はきにかかるのはたった一つ…まどかの事だけであった。
まどかは、棟崎さんの事が解決した今でも、学校にはきていない。
私の家にも連絡は一切入っていない。 もう、学校へ来なくなってから1ヶ月近くが経過しているだろう。
さすがにここまで休むと、 よっぽどの事情があるんだと思わずにはいられない。
私を救ってくれたときのように、私が何かしてあげられる事はないのか・・・
そう思うも、連絡がつかない状況の為、気持ちだけが空回りしているのだった。


ある日、有里(棟崎さん)がどこからかまどかの連絡先と住所を調べてきてくれた。
「藤埜、これ如月さんの連絡先。心配なんでしょ?連絡してみなよ。」
「ありがとう!」

私は、いきなり家におしかけるのも迷惑かと思い、帰宅後電話で連絡をしてみることに。

TuLLL・・・。
かなりのコール音を鳴らし、ようやく誰かが電話に出た。
「はい、如月です・・・。」
その声は確かにまどかだった。
しかし、声はひどくしずんでいた。
「あ、藤埜です・・・。」私も妙によそよそしくなってしまった。
「みずほ・・・?」
「うん。まどか・・・だよね?」
「うん・・・。」
「暫く学校には来れないって聞いたけど・・・。」
「この町からも出ると思う・・・。ごめんね。」
それだけ言うと、突然電話が切れた。

まどかの声は、声を枯らしひどく小さな声だった。
声にいつもの元気さはなく、今にも泣きそうな声だった。

「何かあったんだ。」それは、確信へと変わった。
そして、まどかへの心配の思いは膨らむ一方だった。
その後すぐに有里から連絡が入り、二人でまどかの家に行く事にした。

まどかの家は少し狭い道に入ったところにある小さな一軒家だった。
表札にはきちんと如月の名前もある。
「ここ・・・?」
「うん。先生からなんとか聞きだしたから、ここであっていると思う。」

そう二人で話して確実な場所だという事が分かっていながらも、
私たちはインターホンを鳴らせずにいた。

「もしかして、私のせいかな・・・。」
有里が突然言った。
「どうして?」
「ほら、いじめに巻き込んじゃったでしょ?それが原因かなって・・・。」
「そんな事ないよぉ。だって休みだしたのは突然だよ?クラスの人だって、
 原因は全くわかんないって言ってたじゃん。大丈夫。」
「そうかな・・・。」


そんな会話をしている時だった。
相変わらず、インターホンを押せずにただ如月家の前に立ちすくむ二人に
誰かが声をかけた。

「うちに、何か用ですか?」
それは、聞き覚えのある声だった。
振り返ると、その人はまどかのお兄さんだった。

「あ、宇宙お兄さん。」
「あぁ・・・瑞穂ちゃん・・・だよね?まどかを心配してここに?
見たところ、買い物の帰りであった。
まどかは、料理を作るのが大好きだったはずだが、最近はそのような事も
できないでいるのだろうか・・・。

「あ、あの、何かあったんですか?もし、私が何かできる事とかあればと思ったんですけど・・・。」
「・・・。君たちには話さない方がいいと思う。正直僕も今どうしていいかわからないんだ。
 落ち着いたら、この家も売って出て行かないといけないと思うから、もしかしたら
 会えなくなるかも知れないね・・・。」

宇宙お兄さんはそう答えた。
私たちは、それが何を意味するのかが全く想像できなかった。
「引っ越すって事ですか?」有里が尋ねた。
「そうせざるをえないと思うんだ。この場所にいると・・・。」
「いると・・・?」
「いや、何でもないよ。ごめんね。まどかは今話せる状態じゃないんだ・・・。」
「そうですか・・・。」
「ごめんね。」
「いえ、私たちこそ、突然押しかけてすいませんでした。」

そう言って、私たちは如月家を離れた。
「如月の家、なにがあったんだろう・・・。」
何があったのかはわからない。
けど、あの明るいまどかと、それにも負けず劣らず明るい宇宙お兄さんまでも
暗く、沈んでいた。深い絶望を感じているようだった。
「家庭自体に・・・何かあったのかもしれない・・・。」
家庭での問題がおきている人の表情だ・・・私には直感でそう感じ取った。
「家庭に・・・?それっぽいかもね・・・。」



それから、私は毎日まどかの家に手紙を届けるようになった。
学校の今の状況や、学校からの配布物も一緒に届けて郵便ポストに
入れていた。
そして、数時間は家の前にいて、まどかの部屋と思われる場所を眺めながら
ただその場で立っていた。
たまにまどかは、その窓から顔を覗かせていて、私と分かっているのかは定かではないが、
目線は私の方をじっと見ていた。

一体彼女の家に何があったと言うのだろう。
何が、あそこまで彼女を深い悲しみに追いやっているのだろう。

毎日まどかの家に行っても、やはり彼女は一向に外に出る気はないようであった。
たまに宇宙お兄さんが気づいて、少し話すくらいで、後は何も変化はなかった。

しかし、私はそれでも諦めきれなかった。
誰にも何も言わないで、この家族の中で悲しみを背負うには、明らかに
荷が重過ぎるというのが、誰が見ても分かる。
絶対に話してもらうまでは諦めないと私は心に誓った。
そして、有里もその私の気持ちを理解し、都合のつく日はできるだけ一緒にいてくれるように
なった。



来る日も来る日も待ち続け、ついにその日はきた。
でも、その答えをくれたのは、まどかではなく、宇宙お兄さんだった。

いつものとおり、私と有里はまどかの自宅前に手紙を届け、学校の配布物を郵便ポストに入れると、
暫く自宅前で待機していた。
すると、タイミングよく宇宙お兄さんがやってきた。

「・・・。瑞穂ちゃん。どうしても話しないとずっとこのままの日課を続けていくんだね?」
「はい。私は、どんな事であろうと聞きたいんです。このままじゃ私の気がすまないんです。
 それは、隣にいる有里も同じです。」
「君もずっと来てくれているけど、君もまどかのお友達?」
「妹さんに少し辛く当たったことがありまして、その関係から私も瑞穂と同じように、
 どうしてこうなっているのかが知りたいんです。」
「そう・・・。わかった。でも、僕たちの事話しても、君たちには何もできないとは思うよ。」
「それでも、家の中だけの話にしておくよりはよっぽど楽になると思いますし、何かしらの手助けは
 できるように探すつもりです。」
「そう・・・。じゃ、そこまで言うなら話すよ。家に入って。」

家に招き入れられた私たちは、お兄さんの部屋へと呼ばれた。
「ごめんね、普通なら居間に通すと思うんだけど、居間は通せないんだ・・・。」
この言葉からして、かなりこの家庭には重い現実が突きつけられているのではないかといった予測がたつ。


暫く、お兄さんは何をどう説明しようと、過去の事実を思いおこし、そして幾度も涙を浮かべては
冷静さを保とうとしていた。
私たちも、お兄さんの気持ちが落ち着くまで黙って待っていた。


「本当は、誰にも話したくない事なんだ。それは、分かってもらいたい。」
そんな前置きの後、ようやくお兄さんの重い口が開かれた。

「いつだかのお昼からまどかが、早退したと思うんだけど・・・。」
「あ、はい。まどかは、朝は一緒に学校に来ていましたから。」
「うん。朝までは別にいたって普通だったんだ。」
「普通・・・?」
「うん、そう。お昼すぎにね、僕の勤めている美容室に警察から連絡があったんだ。
 それで、僕が学校に電話して、まどかを家に戻した。」
「警察・・・?何か事件でも・・・。」私たちは恐る恐る尋ねた。
「・・・。うちの犬がね、異常に吠えているから警察に連絡したらしいんだけど、
 警察の人たちが不審に思って僕の家に入ったんだけど・・・。」


「お兄ちゃん、その後のお話はしないで・・・。」
話を聞いていたのか、まどかが部屋に入ってきた。
「まどか・・・。」 まどかは遠くの窓から見ていたときよりも、ひどく痩せこけ、まともに歩けないほどふらふらしていた。
「まどか、この二人もね、軽い気持ちで毎日おまえに手紙を送って毎日僕たちの家にきていたわけじゃないんだ。
 話す事で、僕たちが悪く思われてもその時はそのまま帰ってもらえばいいことだろ?」

こんな場所で素で話す兄弟。
悪く思われても、そのまま帰ってもらえばいい?
これから何を言い出すのか・・・私たちは急に怖くなった。
けれども、もうここまできて引き返すわけにはいかない。

「・・・わかった。」まどかも腹を決めたようだ。
「続きを話させてもらうよ。」
「どうぞ・・・。」宇宙お兄さんとまどかの表情が凍り付いていた。 「警察が僕の家に入ったとき、家には誰もいないのではないかというくらい静かだったそうだ。
 恐る恐る家の隅々まで見たら、父と母が居間に二人重なるようにして倒れていたそうだ。
 二人とも、とびきりのよそ行きの服を着ていたらしい。」
「もしかして、それって・・・。」
「・・・。夫婦で心中していたんだ・・・。」


そう、まどかのご両親は夫婦で心中を図り、警察が覗いたときには既に手遅れの状態だったのだ。
宇宙お兄さんが言うには、この二人の仲は特に悪くもなく、何かに困っていたような仕草は全くなかったらしい。
強いて言うと、父親は心臓が弱く、よく倒れてしまう事もあったという。

「後から、死因も聞いたんだけど、父さんの発作がとてもひどくて、そのまま死んでしまおうという話に
 なった状況として考えられるって。
 特に生活にも困っている様子もなくて、この家のローンくらいしか困ってはいなかった。
 だから、死ぬ理由として考えられるのはそれくらいしかないってことになったんだ。」

家には遺書も残されていたそうだ。
遺書はまどかの母親が記載したものだ。
心臓病の父の発作がひどく、あまりに辛い表情を見て母は父を殺害した。
そして、自分も後を追って自害したとの事が切実に書かれていた。

「これを知ったとき、自分の家庭のように思えなくて、暫くは何も感じる事ができなかったよ。
 誰だって、信じられないでしょ?自分が留守中にいきなり心中を図っていたなんて・・・。」

宇宙お兄さんの表情からは、悲しみと怒りの両方が感じ取れた。

「なぜ、僕とまどかだけ残して二人だけで先に進んでいったのか・・・。
 それが僕としてはとても許せなかった。でも、それ以上にまどかをどうしようと思った。
 まどかは、ご覧のとおり、今ではすっかり気力が抜けた人間だ。
 その日からご飯もろくに食べないし、それ以前に何しろ僕たちにはあまりお金というものもないから
 二人で生活するのはかなり辛いものがある。
 でも、この家には生々しい情景が所々に残されている。ここには長くはいられない。
 だから、この事は世には知らされないようにして、これからの事を考える為に、まどかは学校を休ませたんだ。
 君たちにはなにも告げず、突然伏せてしまって申し訳ないと思っているよ・・・。」

私は、こんな状況なのにも関わらず、私たちへの配慮も忘れないお兄さんに感服した。

「これから、どうするんですか・・・?やっぱりお引越しとか・・・。」
私は、この言葉しかでてこなかった。むしろいえなかった。

「そうだね、ひとまず僕がもっと一生懸命に働いて少しお金を作らないといけない。
 すぐには出て行けないよ、現実は・・・。」

一通りの事情を語り終えた後、またまどかは泣き崩れた。
今日はいいかな・・・とお兄さんに言われ、まどかの状態も状態なので、今日はここまでという事にした。
「これから、私たちどうすればいいんだろう・・・あの二人のために・・・。」

この現実を共有した私と有里。
しかし、あまりに悲惨な現実をつきつけられ、たかだが十数年しか生きていない私たちに
よい案も思い浮かばず、途方にくれるばかりだった・・・。




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