「そう。貴女がそう言うなら、私も校長先生と担任の先生にかけあってみるわね。」
林先生に事情を説明すると、先生はすぐ快諾してくれ、その足ですぐ校長先生と担任の先生に
その旨を伝えに行ってくれた。
「藤埜さん、藤埜さんも一緒に来てくれる?」すぐに林先生が戻ってきて、私を呼んだ。
そして、私は校長室に呼ばれ、棟崎さんも呼んだからということで、棟崎さんを待つ事になった。
「藤埜さんに、先に聞いておきたいんだけども、いいかな?」
校長先生はそう私に尋ねた。
「はい、何でしょうか?」
「君は、話によると、幼稚園の時からずっと棟崎さんにいじめられていたそうじゃないか。
それでも、君はその彼女を許せると言うのかい?」
「許すも何も恨んだ事なんてないです。」
一同が目を見合わせて驚いていた。
「恨んだ事が・・・ない?」
「はい。」
そんな会話をしている時、棟崎さんは父親と共にやってきた。
「遅れました。」
父親は何を話すのかと緊張しながらやってきたようだった。
どうやら、先日の話は、お父さんとはしていないようだ。
「まぁ、お座りください。」
「あ、はい。」
校長先生は、今回呼び出した件について、とても手短に説明した。
「今日呼び出したのは、この藤埜さんからのたっての希望で、
棟崎さんを学校に戻してほしいという事らしくてですね、
双方の意見と先生の意見を聞きたいと思いまして、こう話す場を設けたわけです。」
「娘を・・・また学校へ?」
棟崎さんのお父さんは、一体何を言おうとしているのかわからない・・・といった顔をしていた。
事情を知らないだけに当然の反応であろう。
「藤埜さん、話してもらえる?」林先生が、私にふってきた。
「はい。」
私は、正直に今までのいじめの経過について説明し、その後今の棟崎さんへの思いを告げた。
「私は、棟崎さんとは、これから友達として、一緒にいたいと思います。
先ほどお話しましたとおり、確かに今まではいじめに遭っていました。いじめ自体は
世間的に許されるものではないというのも、私自身は理解しているつもりです。
しかも、今タイミングよく休学をしているので、きっとクラスの生徒のみんなや、
その他の人たちも棟崎さんの休んでいる理由について、口々に噂していると思います。
今、戻ってくるのは非常に棟崎さんにとっても辛いと思います。けれども、今戻ってこないと
これからもっと辛いと思うんです。将来のこともありますし。
私は、先ほど校長先生にも少し説明したとおり、棟崎さんにいじめに遭っていたから彼女を
許せないだとか、恨んでいるとかそんな気持ちは一切ありません。
むしろ、今後辛い状況にある彼女を守ってあげたいと思います。
だって、いじめで噂になるのであれば、いじめられていた人間がしっかりと意志を貫いていれば
誰も何も言ってはこないでしょう?」
私の意志は固かった。そして、棟崎さんも言葉には出さなくとも、表情から見て、学校へ行く決意は
あるようであった。
「藤埜さん、この娘を許してもらえるばかりか、友達になりたいと?」
「えぇ、私はずっとそう思っていたんだと思います。」
ここにいる全員が一人ひとり何かを考えていた。
そして、この重い空気を吹き飛ばしたのは・・・。
「皆さん、お茶でもいかがですか?」
林先生だった。相変わらず、場の空気を無視した発言に関しては天下一品の人だ。
この林先生のひと言で、みんなの表情は幾分か和らいだ。
「そうですな、喉もかわいたし、いいですね。」校長先生も後に続いてそう答えた。
この場が喫茶店の一席へと変化し、場とは関係ない普段の学校の話などを
校長先生から尋ねられ、私と棟崎さんはその質問に答えていた。
そんな世間話が30分くらい続き、ようやく校長先生が結論を出した。
「私から、今回の件について、お話させていただいてよろしいでしょうか?」
うちの学校の校長先生は、話の結論を数日後等に持ち越すのは極度に嫌う性格の持ち主だと
林先生から聞いた事がある。その校長先生を目の前にして、私はその性格が本当なのだと確信したのだった。
「今回の件は、本当に一つひとつを慎重に動かしたかったので、今はまだ
大げさなことにはなっていません。
教育委員会にも報告はしていませんし、特に死者等も出ていない。
勿論、警察にも伝えていませんし、児童相談所にも相談はしていません。
変に騒ぐ人も今のところいません。なので、この件は私が決定権を持っている状態になりますね。」
一同は、同時に息を呑む。
「それで、今世間話をしながら藤埜さんや、棟崎さんを簡単にチェックさせてもらいましたが、
もう大丈夫だと思うんです。
次、もし同じような事があれば、その時は学校として問題がありますから、教育委員会にご相談させていただく
ことになると思いますが、今回の件はもう棟崎さんも十分反省しているでしょうし、
学校へ戻してあげようと思いますが、いかがでしょうか?」
校長先生の結論はこうだった。
校長先生なりに、世間話をしながら今の私と棟崎さんの心情を何かしら感じ取ったようだ。
いくら世間にはまだ一切知らせていない事件とはいえ、校長先生の判断ミスで
もしいじめが再発した場合は、校長先生の立場というのも危うくなるのかもしれない。
それだけに、慎重な結果が求められたこの場だったが、校長先生はあっさりと結論づけてしまった。
どうやら、ただ者ではないようだ。
「先生、じゃ娘は今まで通り学校へ行く資格があるって思ってしまってもよいのでしょうか?」
棟崎さんの父親がそう質問した。
「えぇ、大丈夫ですよ。仲良くしてくださいね。」
校長先生は満面の笑みでそう答えた。
「ありがとうございます・・・。」棟崎さん親子は二人もそろって涙を流していた。
「よかったね、藤埜さん♪」林先生も涙を流していた。そして、私も実は泣いていた。
「ほらほら、皆さん泣いてばかりだと他の人と顔をあわせられませんよ?」
校長先生の温厚さにひどく感動した一日だった・・・。