馬小屋にいた足で、そのまま安部先生への自宅へと向かった二人。
そこへ、安部先生の両親がそろって玄関に出てきた。
「あら、夏穂お帰りなさい。今日はお客さん連れ?」
とても、優しそうな両親である。
二人とも、何も言わず笑顔で敦を迎え入れたのだった。
どうせ、事情を説明したら、一泊させて帰らせるような気持ちでいるだろう・・・
敦は、安部先生を全く信じていなかった。
この北国に降り立って間もない少年が考える妥当な考えだろう。


安部先生は、敦を居間に通し、両親に説明をしているようだった。
暫く居間に一人残された敦だった。
辺りを見回したが、とても綺麗に整った家造りのようで、
カーテンや、家具一つひとつにこの家庭のこだわりが感じられる。
俗に言う上流階級の人間が住む高級住宅といったところだろうか。
しかし、この地域一帯は全て農村として成功した人間ばかりが住む地域の為、
このような家庭は珍しくもない。

どの家庭でも、このような大きな敷地の中に家を構えているのだ。

暫くして、先生が両親を連れて、居間に戻ってきた。
「事情は大体うかがったよ。」
父親は微笑んで、そう言った。
「色々あったようね。あなたもご両親もいらっしゃるんだし、
 一生・・・とまではいかないけれど、こんな家でよければ、
 自分の家だと思って住んでもらっていいわよ。
 使っていないお部屋もあることだし、貴方一人が普通の生活ができるくらい
 の余裕は何とかあるはずだから、気にしないでいいわよ。」
それが、安部先生の家族の話し合いの結果だった。

敦は唖然とした。
こんないとも簡単に、しかも決して優秀とは言えない生徒を
話をした事もない人間と、この先生の両親は共に過ごせるというのか?
頭がおかしいんじゃないのか?とさえ思った。
しかし、安部家一家は、揃いもそろって笑顔で敦を見ていた。
そんな笑顔を見せられて、断るわけにもいかず、むしろ
断ったところで過ごしていける場所もないため、渋々敦も了承した。
「・・・よろしくお願いします・・・。」
「あら、綺麗な声をしているのね。」
母親がそう言った。敦が顔を赤くした。
「こちらこそ、よろしく。」



こうして、敦の奇妙な居候生活が始まった。
安部先生の家庭はとても賑やかだった。
白を貴重とした、木のぬくもりが溢れる家造りの効果もあってか、
とても居心地もよい。
その日は、パーティーとなった。
「敦君は、東京にいたのか〜。
 東京は、凄いさね、色んなものを開発して、頭のいいやつも多い。
 農家のやからは、農作物に関しての成績はピカイチだが、
 その他には、なぁんも能がねぇからね〜。」
「お父さんったら〜。」
ガハハハ・・・。父親の笑いはかなり豪快だった。
母親が、恥ずかしそうに照れ笑いとしていて、安部先生がしらけた顔で
見ている姿がとても滑稽だった。
思わず、敦も釣られて笑った。
そんな敦を安部一家は顔を見合わせた後、父親はいっそう豪快な笑い声で、
母親までも豪快な声で笑い出した。
この日の安部家は、なかなか夜が更けても電気が消える事はなかった。




「敦君、ほら。行くわよ、学校。」
敦は、久しぶりにぬくぬくとした布団の中で寝ていたため、すっかり
寝坊してしまっていた。
幸い、安部先生が早起きな人なので、少しだけ準備する時間はあったものの、
その慌てっぷりは見ていられないほどだった。
「挨拶は?」安部先生のひと言。
「あ、行ってきます。」
「よろしい♪」
「敦君、夏穂、行ってらっしゃい。気をつけてね。」
「は〜い♪」
こうして、二人は共に学校へと向かった。



「あ、先生〜。おはようございます!」
途中、同じクラスの生徒と何度も挨拶を交わしていた。
「あ、倉田君も一緒なんだね〜。」
中には、そんな事もおまけのように言う生徒もいた。
「先生、一緒に学校なんて行って、僕が居候しているって分かったら、
 立場まずいんじゃないの?」
「あらぁ?あなたも人の心配なんてしてくれるんだぁ。
 フフ・・・気にしないで。大丈夫よ。そんなような生徒って少なくないのよ。」
「え?」


神保中には、他にも居候をしてる生徒がいた。
敦と同じクラスにはいなかったが、隣のクラスの女子がそうだった。
祖母と二人暮らしをしていたこの地域の少女が、祖母が他界してしまって、
まだ一人での生活は酷だとの事で、近所に住んでいる一家の誘いで、居候しているのだ。
そういった家庭は稀にいるのだ。
その為、別にこの地域の人にとっては、いたって普通の光景なのである。



その日、敦が提出した日記には、こう書いてあった。



今日は色々ありすぎて、疲れました。

馬小屋も悪くないけど、普通の部屋の方がやっぱりよいようです。

パーティーなんかをして夜更かししたので、眠いです。




たった3行の日記であったが、敦の正直な気持ちが
とてもよく伝わる文章だった。
安部先生も、文章に気持ちが入った事に対して、喜びを隠せずにいたのだった。



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