第5章 変化。

私は、あれから自分の生き方について、常に考えて生活するようになった。
無駄な生き方はもうよそう。たった一度きりの人生なんだから…と。

そう思うと、学校での自分の視野が広まり、辺りの雰囲気は一切変わっていないのに
なぜか清々しい気分になった。
ただ、やはり元ある自分の性格の改善というのは難しいもので、
他のクラスメイトにも関わりはまだ一切できない状態になった。

棟崎さんのいじめの日々については、まだ続いているかと思うところだが、
実はそのいじめは今はない。
棟崎さんのいじめについては、林先生のはからいで、内密に棟崎さんのご両親と
話し合いの場を設け、本人は暫く休学する事になったのだそうだ。

私は、いじめの生活から解放されたわけであるが、なぜか気分は晴れなかった。
このような生活を内心待ちわびていたはずだったのに、なぜか今いちしっくりとこない。

「棟崎さん、何しているんだろう…。」気がつけばいつも棟崎さんの事を考えていた・・・。
あの事件以来、親しくしているまどかと、私はいつも昼休みは語り合っていた。
「瑞穂、何か悩みでもあるの?」ふとまどかが聞いてきた。
私の表情にも、何か悩みがあるような憂いが出ているようだ。
「うん…。まぁ…。」
「もしかして、棟崎さんの事?」まどかは実に的確に当ててきた。
「・・・。」
「瑞穂、あんなにされても棟崎さんの心配するなんて、お人よしにも程があるんじゃない?
どんなに心配したって、棟崎さんはあなたに答えてなんてくれないよ?きっと。」

違う。私はそんな事を望んでいるわけじゃない・・・

心の中ではこう思いながらも、私はそれを口にする事ができなかった。
言ってもその言葉に賛同を覚える人もいないのであれば、口にするだけ無駄だというものだ。

「とにかく、そんな事で悩まないの!瑞穂はこれから、いっぱい幸せになっていかないと
いけないのよ?いじめられてばっかりで、休みの日もいつも家でじっとしていただけなんでしょ?」
「まぁ・・・そうだね。」 「だめだめ。変わりたいんでしょ?これからいっぱい変わっていかなくちゃ。
あ!ね、今度の日曜忙しい?」
突然何かを思い立ったかのようにまどかは私に尋ねた。
「うん。まぁ。」
「まずは、外見から変えていく必要あると思うの。内面は必ずそれについていけるわ。」
そう語るまどかの表情はいつになく明るかった。
けれども、いつになく悲しげな顔にも見えた…。
それが、その後あの残酷な現実に移っていくとはこの時、二人とも思いもしなかった。

日曜になり、私はまどかと会う為、いくらかのお金を用意して待ち合わせ場所へ向かった。

「あ、瑞穂〜!こっちこっち。」
待ち合わせ時間にはまだ30分位は余裕があったが、既にまどかはその場所で私を待っていた。
見知らぬ男性と一緒に・・・。

「・・・。」その時、私はとても怪訝は顔をしていたらしい。
「あ、瑞穂、紹介するね。この人は私の兄。」
「如月 宇宙(そら)です。よろしく。」
まどかの隣に立っていた見知らぬ青年。彼は、まどかの兄であった。
目鼻顔立ちははっきりとしていて、世に言うハンサムな顔だ。
とてもスタイルもよく、男性に使う言葉ではないかもしれないが、気品漂う人だった。
私は、父親以外の男性とはまともに話した事がなかった為、返す言葉を探せないでただ黙ってしまった。
「ごめんね、突然お兄ちゃんなんて呼んじゃって。
 私のお兄ちゃんね、美容師志望なの。美容師の卵ってやつね。
 それで、瑞穂を変えようとしている話をしたら、お兄ちゃんがもしよければ瑞穂に会いたいって言うから
 つれてきちゃったの。年も2つしか違わないし、とってもいい人なんだよ♪」
「ごめんね、急に。あんまり人と話をした事がないと聞いていたから、急にこんな事したら、
 迷惑なんじゃないかとは思ったんだけどね。」
まどかのお兄さんは、私にとても気を遣いながらそうゆっくりと話した。

迷惑というよりも、困惑しているというのが私の本音だった。
突然、見知らぬ男性を目の前にし、まどかに兄と紹介され、
今日そのお兄さんが私の外見を変える手伝いとしたいと言うのだ。
まどかにもあんな事件がなければ、こんな風に休みの日に会うなんて事はなかっただろうに、
突然また新たな人間と交流をしろと言われても、どうすればよいのか分からなかった。

でも、私は変わろうと決意したのだ。
知らない男性とはいえ、まどかのお兄さんなのだから何を心配する必要があるのだろう。
まどかのことだから、ある程度私の話はしていて、それでいてのお兄さん自身が選択し希望した
こととして、今私に挨拶をしているのだろう。
それならば、むしろ私はその好意に甘えるべきなのだろう…そう感じた。むしろ、そう思う事にした。
発想を少しでもプラスに置き換えなければ、何もかもがまた逆戻りしてしまうのだから。

「よろしくお願いします。」私は、お兄さんにひと言そう告げ、軽く会釈をした。

そして、私の外見の大改造は今日一日全てを使って行われた。
洋服選びから、髪型まで全てにおいてお兄さんの指示のままだった。
「瑞穂ちゃん、自分の姿を鏡で見てごらん?」
全てが終わって、私は全身が映る鏡で自分を見た。

これが、私?

とても、自分だとは思えなかった。
もちろん元々容姿は端麗ではないので、さほどの変化はないのだ。
だが、明らかに違うものがあった。それは、色だった。
今までいかに自分が暗い人生だったのか・・・それは服装にまで表れていたという事が
今、この自分を目の前にして実感した。

「どう?気に入った?」
お兄さんの優しい声。私はただ黙って頷いた。
「よかった。これでだいぶ外見は変わったと思うよ。僕の仕事はここまで。あとは、自分次第だね。」
「ありがとうございます。」
「いやいや、外見ってやっぱりどれだけ変えようとしても、力がある人じゃなきゃ、結果的には
 何も変化しないと思うんだ。でも、君は力がある。だから、ここまで変われたんだと思うよ。  だから、これからは内面ももっと磨いていって普通の中学生になっていかないとね。
 みんなから遅れているんだよね?だったらこれからどうにでも成長はできると思うよ。
 何かあれば僕も力になるから、何でも言って。」
「ね?瑞穂お兄ちゃんとってもいい人でしょ??」
「まぁ、僕も人のこと言えないくらいダサいけどね〜(笑)」
くすっ。思わず私は兄弟のやりとりに笑ってしまった。 「そうそう、その笑顔♪」

これからが私の本当の人生の始まりなんだ。それをお兄さんは教えてくれたような気がした。

休み明け、学校に行くと、私は当然のように周りの注目を一点に浴びていた。
だが、不思議に私を非難する声はなかった。

「藤埜さん、どうしたの?凄いイメチェンじゃない?」直接私に聞くクラスの人もいた。
「ほら、瑞穂。」まどかが後押しした。
「瑞穂ね、これからは明るく生きていきたいんだって。」
まどかが代弁してくれた。
まだまだ、私の内面を磨くのには時間がかかりそうだ。

その日はクラスの何人かに声をかけられ、少しではあったが会話をする事ができた。
私にしては非常に前進した行動だと思って、気持ちも晴れ晴れしていた。

その気持ちを昼休みに、まどかに一番に伝えたかった。
しかし、いつもの場所にまどかは現れなかった。
気になって、B組を覗いてみたが、まどかの姿はどこにも見当たらない。
クラスメイトにまで聞く勇気がなく、私はB組の担任の先生に尋ねる事にした。

「先生、ちょっといいですか?」
私が職員室に自分で出向く事自体が不思議な光景であり、また
イメチェンしたばかりの私であった為、職員室でも多少ざわめきがおきて、
そちらの収拾をするのが少し大変だった。
「どうした?」
「B組の如月さん、早退か何かしたんですか?」
「あ、あぁ…。早退したぞ。」
「?」

私は、先生の返答に少しばかり疑問を抱いた。
何か、聞いてはいけない事を聞いたようなそんな気持ちにさせられた。
「家庭の事情でな、詳しくは如月の家庭の話だから先生からは言えんが、
 暫くは学校を休む事になるかもしれんな…。」

先生は事情を知っているようだった。
何があったのだろうか…。
家庭の事情って一体…。




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