「先生〜。あそこに誰かいるよ?」
「え?」





お 星 様 の よ う に ・・・。




第1話 転校生。

ここは、北国北海道にある、神保中学校。
過疎化が進むこの地域には、生徒数の減少も著しく、
現在は、1学年に2クラスほどしかない、小規模な
中学校となっている。


ここに在籍している生徒は、大抵は地元の農家の家庭でのびのびと
育った子たちであるが、中には問題を抱えた人間、
中には世に言う障害を抱えているがために都会を逃れて
ここまでやってきたという生徒もいた。


しかし、この中学には転校生という者はとても珍しい存在であり、
わざわざこのような場所に移り住むと言う事自体が、何か裏の問題を
抱えているという事が容易に想像できてしまう事になる。


「どうも・・・。」

親子ともとれるが、どうもよそよそしい態度の大人と子どもの
組み合わせで、二人はこの中学にやってきた。
「あ、ここの中学に移られる方ですか?」
「あ・・・はい。」
「校長室にご案内いたしますので、どうぞ。」
「お願いします・・・。」



終始表情を一つも変えない少年と、終始青ざめた顔で
少年の機嫌を伺う女性の二人の関係は円満とはとても思えなかった。
ここの家庭には、何があったのだろう・・・。


「校長先生、転校生になる生徒さんがいらっしゃいました。」
「おぉそうですかそうですか♪」
神保中の校長は、とてもおっとりした優しいおじいちゃん風な
人であった。
名前が五郎という事から、ごろすけじいちゃんと愛称がついてしまう位
生徒達からは、愛されていた。

「君が、倉田 敦(くらた つとむ)君かい?よろしくね。」
「・・・。」軽く一礼だけし、挨拶の言葉は、彼からは一切出てこない。
「あ、あの・・・。何か手続きが必要でしたら、
 それだけ済ませて私は帰らせていただきたいのですが・・・。」
よほど居心地が悪いのか、敦に同伴してきたその女性は早々に帰る
意思を伝えてきた。
「あ、じゃ、これとこれに・・・。」
こうなると、校長先生も事務的な処理に話が進んでしまう。
この場に居合わせた新米教師、安部 えりか先生は、
これからの敦との付き合い方についてをひたすら模索していたのだった。




手続きも終わり、同伴していた女性は帰宅して行った。
「安部先生、この子はあなたのクラスにいれてあげてもらって
 いいですかね?」
「あ、はい。」
安部先生のクラスは、新米教師と言う立場から、人数の一番少数な
生徒数9名の、3年2組のクラスだった。
敦は3年にあたる年齢なので、安部先生のクラスが最適だと判断された。
「よろしくね、敦君。」
「・・・。」やはり、軽く会釈をするだけで、返事はない。
校長と安部先生は目を合わせ、この子は何か重大な重荷を背負っている
とお互い確信するのであった。

「は〜い、みんな転校生を紹介します。
 東京の学校から来ました、倉田 敦君です。
 みんな、程よく仲良くしてやってくださいね。」
程よくと言うところが、彼女のよさである。
転校生は、この学校ではかなり珍しい存在である。
その為、質問責めにあうのは、必至だろう。
転校してくるだけでも、転校生にとっては色々と神経をはりめぐらせて
いるのであるから、あまりひどくつきまとわるなという気遣いがあるのだ。 「は〜い!」
「じゃ、席は・・・。」
「僕の隣でよいですよ?」
真っ先に声をかけたのは、木島 充(きじま みつる)という生徒だった。
「あ、じゃ木島君よろしくね。」
「はい。」



というわけで、転校生の初授業が始まった。
安部先生の担当は国語。
新米なので、あまり面白い授業は繰り広げないだろう・・・と誰もが思うとは思うが、
彼女は独特な個性を持ったユニークな存在であった為、何かしら授業には面白さを
加えていた。

例えば、教科書を読んでもらう事も、その人の人物描写をまず考えながら黙読して
もらい、一定時間が過ぎたところで、寸劇を行うのだ。
彼女のクラスの生徒達もまた、個性派揃いであるため、実にユニークに、物語の
役者を演じきることができる。
彼女のクラスは、こうやっていつもにぎやかなのである。
「ばかじゃねぇの?」敦が初めてここ(神保中)にきて、発した言葉はこれだった。
「バカ?」充が問う。
「誰が見たって、ただの喜劇に授業じゃねぇか。くだらね〜。」
敦はどこまでも冷めている。
「そうかな?確かに傍観者として見ていたら、バカみたいな授業に見えなくもないけど、
 これって、一番作者の心情とか、物語の世界をつかむのには最適な授業じゃないかな。
 理屈ってものがいらないんだからさ。」
「勝手にやってれば。俺にはかんけーねー。」
「君も、いずれやるようになるよ。」充は微笑みながらそう言い、寸劇の輪の中に入った。
「敦君も、やらない?」
「意味ない事はしない。」それだけ言い、そっぽを向いてしまった。
これは、時間を十分にかける必要がある・・・そう覚悟した先生だった。




敦は、他の授業も傍観者のように卒なく出席だけしていた。
彼は、運動神経は抜群のようで、体育の授業だけは、普通に参加していた。
とても目立つ生徒であった。
「おう、倉田、おまえできるじゃないか!」
「別に。」
「おまえ、クールだなぁ。」
「別に。」
体育の先生は、志藤 直人先生という男性教師だった。
とても人間関係には、不器用な先生だ。



本日、最後の授業は『道徳』。
生徒達にはあらかじめ宿題をだしてあった。
自分の両親についてだった。
これは、学年全体の共通な宿題であった為、校長も事前に転校生の
敦にも伝えており、敦もいちおは書いてきている様子だった。


次々と両親について、涙あり、笑いあり、時には苦い過去なんかも
交えて語るものありでなかなか味わい深い発表会となっていた。
「じゃ、倉田君も発表してもらっていいかしら?」
安部先生は、こういった自分の心情を書き綴る事のできる作文で、
彼の現状を少しでも把握したいと考えていた。 敦は起立して、自分の作文を読み始めた。




両親について。


僕は、将来いつか両親を二人とも殺害したいと思っています。

僕はこの場に転校してきたのは、両親から離れる為です。

でも、両親を殺さずにこの場に来たことを悔やんでいます。

僕は、以前は両親を慕っていました。

しかし、今ではそんな事は一切思っていません。

僕の頭の中は、いつも両親を殺す方法ばかり考えています。

こんな場所に移ったって何も現状は変わらない。

僕は、何の為にここにいるのかがわかりません。




短い文章であったが、とても強い両親への憎しみが現れた文章だった。
クラス内は静まり返った。
両親を殺したいだなんて、誰が考えるだろうか。
気が狂っているのではないか。
きっとここにいる生徒全員が思っていることだろう。

「倉田君、今日一緒に同伴してくれた人はお母さん?」
「あれは、姉です。」
「そう。ご両親は、東京?」
「じゃないですか?」
「そう。ありがとう。」
安部先生は、それ以上の詮索はしなかった。
生徒は、困惑の色を見せるが、やがて一人の生徒が
「悲しいね・・・。」とひと言いった。
その場は沈んだ空気にはなっていたが、敦を偏見の目で見るような
空気には全くなっていなかった。
逆に敦は、その空気が自分の中では、かなり重かった。
どうやら彼は、クラスからはむしろ無視されるような位置に立ちたい人間のようだ。



道徳の授業は、敦の作文を読んだ時点でちょうどチャイムが鳴り、終了となった。


「じゃ、今日もみんなにいつもの返しますね〜。」
続けて帰りのHRの時間に移り、安部先生は生徒達にノート一冊ずつ返却していった。
それぞれ、生徒の名前が書かれているようだ。
「倉田君〜。きてもらっていいかな?」
阿部先生が優しく手招きする。
「これね、毎日何でもいいから今日あった出来事とか、何もなければ別に今日あった事
 じゃなくても、世間話でもいいから、毎日必ず私のクラスで提出してもらっているものなの。
 いわば交換日記よね。
 白紙と、未提出、そしてひと言文は絶対にタブー。これだけの約束を
 守ってこのクラスでは生活してもらいたいの。」
これには、新米ならではの先生の思惑があった。
最近の若者は、活字に触れる機会が少ないと言われる。
こんな北海道の田舎に住んでいると、活字に触れる機会は都会の半分以下だろう。
本を読むという事はなかなかできないとするならば、自分の文章というものを確立
していってもらいたい・・・そう思い、始めた。
勿論、他にも色々な先生なりの『思い』がある。
それは、まずは生徒にも色々な性格がある。
何でも口で話せる子もいるし、内気で、誰もいなくなってから話に来る生徒もいる。
もしくは、全く人前ではおしゃべりができず、でも話したいという気持ちはあって、
その狭間で悩む生徒も中にはいるだろう。
彼女は、そういう生徒達と、正面から向き合いたかった。
その為には、共通の場を作ってあげる事が大事だと思ったのだ。
交換日記は、その最適な方法とも言えるのではないだろうか。


「・・・。」怪訝な顔はするものの、クラスの決まりであれば仕方がないといった風な
受け止め方をしたようで、渋々ながらも敦は了承した。



生徒のメンバーも一通り下校した。
安部先生も職員室に戻り、校長先生に一日の報告をして、夜遅くまで仕事をして
帰宅しようとしていた。
「倉田君か・・・。」
彼女は、彼の事が気にかかって仕方なかった。
彼が提出した作文をもう一度読み直した。
両親を殺害したい・・・。
彼の文章は、とても残酷なことを書いてはいるが、文章能力はありそうだった。
今の闇をとってあげれば彼には色々な才能が満ち溢れているような気がしてならなかった。
彼女は、何とか凍りついた敦の心をこの中学で解凍してやりたいと
心からそう思うのであった。



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