私の一日のサイクルは分かっていただけただろうか。
そんな一日は毎日やってくる。
そう考えただけでうんざりするが、私はもうそんな日々に望みを持っていないので、
別にどうとも思わなかった。
今日も、また学校へ行く支度をしていた。
「本日は晴天なり」この言葉を本気で発したくなるほどポカポカ陽気であった。
今日は、いつもより早めに家を出ることにした。
晴天の日にはいつも寄る所があった。
通学路にある河原。いまどきにしてはとても珍しいくらい綺麗で透き通った川が流れている河原であった。
久しぶりの晴天に、気分までウキウキしてきた私。
気分も久しぶりにすこぶるよいのであった。
「ワン♪」
突然私の目の前に現れた物陰。
それは、子犬だった。
「びっくりしたな〜。きみ、迷子?」
私は動物は大好きで、犬を見ると、ついつい会話をしたくなるタチだった。
「ワン!」
ひたすら私の目を見つめながら尻尾を振り続けていた。
「喜んでるの?可愛いね〜。」
気づけばひたすら、子犬にペースをもっていかれていた。
「あ、いけない。学校!」
犬と遊んでいたら、学校に遅刻しそうな時間になってしまった。
「ごめんね、また会ったら遊んであげるからね!じゃあね〜。」
私は、未練を残しながらも学校へ駆け足で向かっていった。
なんとか遅刻はせずにすんだ。
学校に着いた私はまたいつもの無表情の自分に戻った。
「今日はやけに遅いじゃないの。」
棟崎さんの声だった。
「社長気取り?何のとりえもない上に遅刻なんてしたら、何もよいところないじゃない。」
そう言って鼻で笑って見せた。
私は当然、その動作に反応はしなかった。
「いつもいつも〜!!何とか言ってみなさいよ!!」
キ〜ンコ〜ン…丁度よく予鈴が鳴り、棟崎さんらいじめメンバーは渋々自分の席についた。
私は、今日はあの犬のことが忘れられなかった。
久しぶりに一日とても気分がよかった。
犬のことだけ考えていれば幸せだった。
その日からの私は、何かにとりつかれたかのように毎日あの河原へ足を運んだ。
もちろん、目的はあの犬であった。
犬に会いたいがために自分が行動を起こすのは何年ぶりだろう…。
自分にとっては大きな変化だった。
「ねぇ、君さ、飼い主さんはどんな人なの?」
「クゥン?」
「人間の言葉で話せたらいいのにね。そしたら、もっと仲良しになれるのにね。」
喋っているうちに目に熱いものがこみあげてきた。
「・・・泣いてるの?」
ふいに後ろから声がした。
驚いてとっさに涙を拭き、声のする方向を向いた。
その可愛い犬は喜んでその声のする方へ向かっていった。
「その犬、私の犬なの。」
声の主は私と同世代であろう姿の女の子だった。
「名前はね、ヒイロって言うんだよ。」
ヒイロ・・・。そっか。ちゃんと飼い主さんに可愛がられているんだね。
幸せに過ごしているんだね。
嬉しさと寂しさが同時にこみあげてきた。
私と同じ独りだったらいいなと思う反面、犬がこんなところで一匹過ごしていたら、
とても生きてはいけない。保健所送りになるのが運命だろう。
でも、この子はとても幸せそうに生きている。
この女の子に可愛がられているのだろう。
「あなた、あそこの中学の人だよね?何年生?」
ふいに女の子がたずねた。
「中2。」
答える気もなかったのに、私もまともに答えてしまった。
「じゃ、同じだね。私、B組の如月(きさらぎ) まどか。よろしく。」
まどかと名乗るその少女は私に握手を求めた。
私は、こういう場に慣れていなかったため、その場にいられなくなり、彼女の手が
伸びたままそれを拒否して走り去った。
「・・・。」彼女は一人暫くその場に立ち竦んでいた…。
あれから暫く、如月さんを避けるかのようにあんなに好きだった河原をどんなに晴天であっても
行かないようにしていた。
あの和やかな雰囲気が私の生活を脅かす…そんな一抹の不安を覚えたのだ。
本来なら、当たり前の光景であるのに、それさえも受け入れられない自虐的な自分なのであった。
しかし、やはり私の家の外で唯一好きな場所であった為、長い間好きな場所にいけないことへの
ストレスもたまりつつあった。
そこで、私は休日の昼間にこっそりと行ってみることにした。
そこには誰もいなかった。
私はホッとして、河原に寝そべった。
やはり、河原の空気は気持ちいい。
心地よい風が私の眠気を誘った。
その時だった。
私の頬を何かが触れた。
とてもくすぐったかった。
「ん、くすぐったい。」
私は目をつぶったままそのくすぐったいあたりに手を伸ばした。
「ワン♪」
「ヒイロ、駄目だよ?」
そう…如月さんと、ヒイロの二人であった。
「ごめんね、寝ているのに邪魔しちゃって。」
「別にまだ寝てなかったし、いいけど…。」
私はまたすぐその場を去ろうとした時、ふと如月さんが私を呼び止めた。」
「ねぇ、貴方は何組?名前は?」
私の去り際にそう質問してきた。
「…。C組の藤埜 瑞穂。」私はそれだけ言って足早にその場を去った。