5.約束…。永遠の雪。



 悠平が、雪乃を探し始めて1ヶ月が過ぎた。
悠平の住む地方に珍しく積もっていた雪も、あと少しで消えてしまい、辺りはもうすぐ
春になるかという気配が感じられた。
 悠平は、このまま雪乃に会えない気がしていた。
雪乃は、もしかすると人間ではないのかもしれない…。
説明はできないが、何かの遣いのような…。

そう考えると、説明はついた。
いつも、自分の素性を語らない少女。
生と死についてに絡む話になると、いつになく熱くなり、
そしていつも決まって空を見上げている…。
そして、今という時に敏感に反応している少女…。
その空気は、ただ病床にいる人間のような気持ちとは違う空気を漂わせていたからだ。
 しかし、悠平はそんなことを問題としてはいなかった。

『雪乃に会いたい…会って話したいことが、山ほどあるんだ…。』

悠平はそのことだけで、毎日雪乃を探しつづけた。
 自分のことをひたすら信じてくれた彼女…
自分と目をそらさず、真っ直ぐに見つめ、向き合いぶつかってくれた彼女…
何よりも自分を信じ、雪乃という存在感をしっかり持ち、常に悠平を励ましつづけてくれた・・・。
 彼女は、強かった。
しかし、逆に辛かったのかもしれない。
何か、辛いものを背負っていたのかもしれない。
悠平は、何も彼女の悩みを聞いてあげることができなかった…それが気がかりで仕方なかった。
「雪乃、頼むから…ひと目でいいから会わせてくれ…。」
悠平は、いつものように雪乃を思い、探しながら、ため息混じりに思わず呟いた。

 その時であった。
辺りが急に暗くなり、悠平のいる場所…悠平と母親の…そして、悠平と雪乃の思いでの丘にだけ、光がさした。
それは眩しくて、目も開けていられないほどのものだった。


「ゆう…へい…。」


どこからか、懐かしい声がする。
「!?雪乃か!?」
「…。」
それは、確かに雪乃の声だった。しかし、姿はどこにも見当たらなかった。

「ごめんね、悠平君。私、もうあなたとはいられないんだ。」

…その声はうわずっていた。泣いているのだろうか。
「会うなりなんだよ!?もう会えないってどういうことだ?」

「私は、人間じゃないんだ…。私は冬を知らせる冬の精。
正式に言うと、雪を知らせる精なんだ。
だから、春の訪れと一緒に、人間界から去らないといけない運命なの…。
悠平君とは、もう会えないんだ…。」
「君が人間じゃないんじゃないかってことは、薄々感づいてはいたよ。」
おもむろに、悠平は口を開いた。
「けど、冬を知らせる精なら、また来年も会えるんじゃないのか?
もう一生会えなくなるわけじゃないんだろ?
なんで、一生の別れみたく話すんだよ!それとも、僕とはもう…会いたくないのか?」
悠平の考えることは、誰もが考えるだろう。
しかし、そこにも人間とは違う、大きな運命があったのだ…。

「違うの…悠平君、聞いてね。」雪乃は悠平の前に姿を現し、ゆっくりと語り始めた。

「私達雪の精は、何年も生きられるようなものじゃないの。
その時の役目を果たしたら、それで消滅しちゃうの…。
その後は、多少の記憶を持ったまま、また違う妖精に生まれ変わって、
また違う役目を引き受けるの…。だから私はもう消えちゃうんだよ…。」

 雪乃のいうことは、あまりにも酷だった。
そして、もっと酷なことに悠平は、この時初めて雪乃への恋心を確信したのだった。
「嫌だよ、そんなのって…。君は、僕が初めて仲良くなれた人なんだよ!?
そんなのってありかよ…。」
「悠平君…。」
雪乃はしばらく考え込んだ。 「悠平君、時間ある?」そして何か思いついたように尋ねた。
「?あるけど…。」
「今日、遊ぼうか♪」そこにあったのはいつもの笑顔だった。そう、あの時のような…。

「雪乃、僕…君と出会えてよかったよ。
君といたから強くなれた…他人のことを考えてあげられる余裕ができたんだよ…。」
悠平は、最期の時の一分一分を噛み締めるように話しかけた。
「ううん、それは悠平の力。私はそのお手伝いをしてあげただけ。
じれったい悠平の後押しをしてあげただけなんだよ。
悠平君は強いし優しいよ。私は、それを知ってた。
悠平君は、誰よりも綺麗な心を持ってる。私は、そんな悠平君が好きなんだよ。」
 悠平は、自分の淡い恋心を…このもうこの時を逃せば会う事さえ叶わなくなる少女を前に
自分の胸の中だけにとどめておく事はできなかった…。
「雪乃…僕…僕さ…人間だけど、君のこと好きでいていいかな…。
僕の初恋の人でもいいかな…?」

 雪乃は、自分への気持ちを告げられ、一瞬困惑した表情をみせた。
しかし、すぐいつもの暖かい笑顔へと変わっていった。
気のせいか、目には涙が浮かんでいるようにも見えた…。

「悠平君…ありがとう♪もちろんだよ。私も悠平君のこと大好き♪
私もね、人間とは結ばれない運命って分かってたから、人間には
あまり、私的な感情移入をしないようにしてたの。
けど、悠平はダメだった…。私も、本当に悠平君の事が好き…。嬉しいよ、ありがとう…。」
「人間も妖精も、本当は関係ないんじゃないかな…。
心っていうのは、人間も妖精もきっと変わらないよ…。僕はそう思うし、そう思いたい。」
 悠平は、今まで生きてきた中で最高に自分に素直になれた一瞬であった。
「悠平君…。ねぇ、じゃ約束してくれる?」
「約束?」
 突然の、雪乃からの提案であった。雪乃の目は、とても凛としていた…。
「うん、そう。心は変わらないって言ってくれたよね?
私、何年先になるか分からないし、実現できる保証もないけど
人間になれるように努力してみる。
私ね、悠平にいつも叱ったりして励まし続けてきた。
けど、そんな自分は悠平みたいに自分のやりたい事を見つけた事は一度もなくて、
ただ、この冬の精の運命に流されたままでいた…。
でも、それじゃ自分じゃないって思った。
いつもいつも記憶がなくなっていう運命じゃ、いつまでたっても本当の私に出会えない!
だから自分にかけてみたいの、そして悠平君にはその私を見てもらいたいの。
悠平君の人生をかなり犠牲にしてしまうかもしれないけど…。
戻るまで待っててくれないかな…?。私のこと。
それで待って私が現れた時、その時もう一度、悠平君の声が聞きたい。」

 いつも笑顔ではあったが、強く毅然としていた雪乃。
そんな彼女の心の中をいつも共有させてもらいたいと切に願っていた悠平。
この時になり、初めて彼女が見せた本当の彼女。
雪乃も必死なんだ、いつも過去を知らず、今だけを生きぬいて来た冬の精。
もう、十分過ぎるくらい頑張ったんだ。
普通の幸せをこの少女に与えてあげたい…悠平の気持ちはそのことでいっぱいだった。

「…分かったよ、いつまでも、待つよ。」
「ありがとう…悠平君…。」


こうして、悠平と雪の妖精雪乃は永遠に別れた。

再び会う時は人間同士でとの、約束を交わして…。



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