4.君のチカラ。僕の力。



 悠平と雪乃は、それからは毎日とと言っていいほど会い、その度に遊んでいた。
悠平は、久しぶりに幸せというものをかみしめていた。
 ある日、いつものように遊んでいる時、雪乃が突然、悠平の顔をのぞきこんだ。
「??どうしたの?」悠平は突然覗かれて驚き半分照れ半分だった。 「悠平くん、家に戻りたいとは思わないの?」
しばらく忘れていた現実。雪乃はあえてそこに触れた。
「…戻りたくないと言ったら嘘になるさ…けど…。」
「けど?継母がいるから戻れないの?」雪乃の口調が、やや強まったように感じた。
「…まぁ…そうだね…。俺を人間として見てもらえないからね…。」
その言葉を聞いて、突然雪乃は立ち上がった。

「悠平…それでも男!?継母に人間と見てもらえない!?
それが全部継母のせいだと言いたいの!?悠平には悪いところ一つもないの!?」
いつになく熱くなる雪乃。そんな雪乃に悠平はたじろいた。
「だって俺は、あの家に初めからいたわけで、継母にあぁだこうだ言われる筋合いはないわけで…。」
「分かってるんじゃない!あぁだこうだ言われたくないんでしょ!?ならなんで反抗しないの!?
だから継母の思う壺になるんじゃない!少し、裏を返してやろうとか思いなさいよ!」
悠平は、雪乃の勢いに完全に負けていた…というか、雪乃の言うことがあまりにも正当過ぎて、悠平は反論さえもできなかった。
 結局雪乃は、その日イライラが募ったのか、その後すぐその場を走って去っていった。
「悠平、本当に自分の家のことなんだから、よく考えた方がいいと思う。今のままにしておくべきじゃないと思う。
継母だって、本当は何か悠平に言いたい事だってあったかもしれないのに、言う事聞いてへこへこ
するから、機会なくてエスカレートしたかもしれないじゃない!誰だって人間なんだよ!?
どんなに残酷な人にだって、人間の心はあるの。継母と向き合ってみようという勇気、持ってよ。」
別れ際雪乃が言った言葉…それは、今の悠平に足りないものを、全て指摘したものだった。

「向き合う…。」

 悠平は今まで、人と向き合うということはしたことがなかった。
いつも、争い事を避け、人から避けることばかり考えていた。
だから学校からも逃げ、結局友達なんて作ったこともなかった。
「悠平は変わったよ。強くなったし、優しくなったと思う。今なら変われるんだよ?」
雪乃の言葉は、口調こそは強いけれど、とても暖かい言葉だった…。それが雪乃のチカラなのだろう。
  悠平は、自分をそこまで見ていてくれた雪乃に深く感謝をした。


 悠平はそれから数日後、再び自宅付近へとやってきた。
家の中をこっそり覗いてみると、父親と継母が食卓テーブルに向き合って座り、何やら真剣な話をしていた。

「何を話しているんだ?」

悠平は気になって仕方なかった。
ゆっくりと、話の聞こえそうな辺りまで近寄ってみることにした。
「悠平が戻ってこない理由、わかるな?」父の声だった。
「悠平は母さんっ子で、いつも母親に甘えていた。あいつも悠平が大好きで、いつもいつも一緒にいてやって
いた。だから死んだ今でも、あいつのことが忘れられないんだよ…。
けどな、友子はあいつを人間扱いしていない。ここに来るからには、母親としてやろうと
思ってたんだろ?違うのか?」
 以前の父親とは全く別人のような、威厳のある姿だった。
父は、悠平が戻ってこれるように、日々友子と戦ってきたようなのだ。
今は夫婦らしく、ようやく対等な立場に立ったと見ていいだろう。

「嫌いなのよ…あぁいう人間…。」友子が口を開いた。
「私は、今まで甘えと言うものを知らずに育ってきたわ。
両親からも見放され、友人もろくにできず、学生時代はいじめにもあってた…。
社会に出てからは、いるのかいないのかも分からない存在として働かされて
あげくの果てにクビにされた…。
人間なんて所詮そういうものなのよ。だから、あの子みたいに母親に愛されて育ったと
ありありと分かるような子がいらいらしてしかたないのよ!」
 悠平の継母友子は、過去の自分とのあまりの生活の違いに嫉妬を覚えていたのだろう。
世間に愛想をつかせ、悠平のように生きる気力を失い、何度も命を絶とうとしていた自分…。
 そんな友子も、あんなに恨んでいた"人間"だったのに、心から愛する男性に巡り合ったのだ。
友子もその時は、大層自分に戸惑いを感じたであろう。
しかし、やはり薄汚れた心は簡単には拭われなかった。
愛する男性には、亡き母を愛する息子がいた。
その息子は、母を失うまで何一つ不自由なく幸せに育っていた。
自分にはなかった幸せ…。自分が不幸だった時分、この愛らしい少年には
愛情を注いであげられるのだろうか…。それには相当な葛藤があったらしい。
 しかし、葛藤の結果が、少年悠平への恨みであった。
母親として行く抜いていく覚悟はしたものの、幸せに育つ悠平に、
自分の人生を全否定されている…そんな気がしてならなかったのだ。
「友子…。」

『悠平、友子さんのこともっと見てくれ…』
 最後に父と別れた時、目で訴えられていたことを思い出した。
継母友子は、愛情を知らない人間だった。
愛情が、いいものだということを知らないようにも聞こえた。
しかし、誰よりも愛情に憧れをもっている、切ない悲鳴も聞こえているように感じた。
このままではいけない…悠平はそう思った。
そして、悠平はおもむろに二人へと近寄ったのだった。

「悠平!?」

 父親が気づいて叫んだ。
「ごめん、今の話…聞いてた。」
「…。」父と継母は、思わず絶句してしまった。
「友子さん、僕、今まであなたに人間としてみてもらってことが一度もないのだと思い、
自暴自棄になってた。家を出た時は、自殺未遂だってしたんだ。」
 悠平は、今自分の気持ちを、ありのまま思うままに話すことにした。
「僕、昔から自分に自信がなかった。
そんな自分をひたすら励まし続けて、力になって支えてくれたのは母親だった。
だから、友子さんには失礼かもしれないけど、僕の一番はやっぱり産みの母親だよ。
けど、友子さんに自分を否定されて、さまよいながらこの数ヶ月過ごしてきた。
そんな中で僕、一人の友達ができた。
その子に言われたんだ。悔しくないのかって。
自分を否定されて、どうしてその人と真っ向から向き合って自分の存在を証明してこないのかって。
僕、そんなこと考えたこともなかった。
否定されれば否定されっぱなし、肯定されれば肯定されたままってね…。
でも、それじゃいけないんだって。それじゃ何にも自分は前に進めない。
むしろ、このまま停滞して下降していくんじゃないかって。
そう思っていたら色々考えるようになった。
その子とはもう暫く会ってないけど、その子に言われて僕、初めて
自我というものを持った気がする。本当に感謝しているんだけどね、あの子には。」
その時の悠平は、いつになく強くたくましい人間だった。
「友子さん、愛情っていうものはいいことなんだよ?
悪いことじゃないし汚らわしいものでもない。むしろ素敵なものなんだと思う。
その経験がない友子さんには、ごみのように見えて当然かもしれない。形というものがないから…。
愛情が分からないって言うなら、これから僕と父さんと友子さんの三人で作っていこうよ、答えを。
他に例のない位の愛情見つけようよ。
それで、どの家庭よりも幸せになって、天国の母さんも下に降りてきたくなる位の生活しようよ!ね?」

「…あんた…私を…許せるの?」友子は、やや肩を震わせながら、切なげに悠平に尋ねた。
「許すもなにも、僕が情けなかっただけだから。父さんの選んだ人だしね。」


「…ゴメンナサイ…。」


 友子の目には、涙が浮かんでいた。
その目から出る涙は、とても美しかった…。
「友子…これからは色んなことみんなで話そうな。家族なんだから。
俺も悠平も、もっと友子のこと知りたいし。誰もが羨む幸せな家庭への第一歩だ。」
「…そうね、私の生き方が間違ってたんだわ…ごめんなさい。」
 こうして、悠平の一つの"勇気"から、ようやく悠平の家庭は、平和な家庭への道を
切り開ける形となった…。これが雪乃のいう、悠平の力なのだろう。
悠平は確かに成長していた。
前なら、面と向かって人と会話すらしなかっただろう。
それに、今の悠平には、人生という広い範囲での余裕というものが感じられ、人の気持ちを
考えてあげられる優しさと言うものも持ち合わせてきたように思う。

そう考えると、悠平にとって雪乃は、かけがえのない存在であり、人生の助っ人であり、
また命の恩人でもあっただろう。
「悠平、おまえ強くなったな。
さっき友達ができたって言ってたけど、その子のおかげでそこまで強くなれたのか?」
悠平の父が、そう尋ねた。
「ん?まぁ…そうだね…。あの子がいなかったら僕は今のように生き残ってこられなかったと思うよ。
自殺しようとした時も、家庭に背を向けて逃げようとしてた時も助けてくれたんだ。」
「そうか…。その子…女の子か?」父が急にそう聞いた。
「…へ!?ま、まぁ…そうだけど…。」
「悠平の言葉に気持ちがこもってるからな。好きな子なんだろう?」
悠平は、ニヤついた顔でいる父に、急にそう聞かれて戸惑った。
雪乃に惹かれていたのは、確かだった。
しかし、それが恋愛感情まで発展しているものなのだろうか…。
悠平は恋愛経験がないので、それが恋愛感情と言うものなのか…その判別がつかないのだ。
でも、ひとつだけ言えることは、雪乃は悠平とってかけがえのない、失ってもらいたくない存在で
あるということだった。
 雪乃と最後に会ったのは、喝を入れてもらった日。もうあれから1ヶ月近くたっていたのだった。
雪乃に一言お礼が言いたい…そして、これからも仲良くして欲しい…その言葉が言いたかった。

「雪乃、どこにいるんだ?」

いつも、同じ場所にいるわけではない彼女。
その場所の特定は不可能だった…。
悠平は、彼女に会うためには、あの秘密基地で待つ他には術はなかったのだ…。
来る日も来る日も悠平は、彼女を待っていた。
そして彼女と遊んだ場所へも毎日足を運んでいた。
しかし、一向に雪乃は姿をあらわさなかった…。


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