3.深くて切ない天使達。



 あれから数日が過ぎた。
悠平はアルバイトを見つけ、何とか一人で生活をすることができるようになった。
ただ悠平は、家で唯一信用できる父親のことが気にかかっていた。
継母との生活…父親も、友子があんな人間だとは知らなかったようだ。
父親は、きちんと生活していけているのであろうか…。
 そんなことを考えているうちに、悠平は自宅の前に足を運んでいた。
今日は日曜。父親は在宅のはずだ。
『父さん…何してるかな…』
そんなことを考えているうちに、しばらくその場から離れられないでいた悠平であった。

 30分位たったのだろうか。悠平の家の戸が開く気配がした。
この家庭の人間ではあったが、一度飛び出たきりであったので、もしや継母かと思い、慌てて悠平は隠れた。
中から出てきたのは、父親だった。

「父さん!」

 心の中で叫んでいるはずだった。
しかし、気持ちと言うものは正直なもので、悠平は声に出して…しかも大声で叫んでいた。

「!?悠平か!?」

父親も悠平の名を呼び大声をあげた。
「父さん!」
悠平はたまらず、父親の前に顔を出した。
「悠平…。」そう言ったまま、父はしばらく無言だった。
父の顔には、うっすら涙のようなものがこみ上げてきているように見えた。
「父さん、今までごめん…。」
「戻って…くるのか?」父は、複雑な表情で悠平に尋ねた。
「…。」悠平は、すぐには答えられなかった。
父と暮らしたい…その気持ちは当然ある…。
でも、悠平はこの家で生活できる自信がなかった。
「父さん、ごめん…。」
「そうか…戻らないか…。でもな、悠平これだけは聞いてくれ。
友子さんはな、昔から愛情と言うものを知らずに育ってきたんだ。
だから、まだ人間としては子どものようなものなんだと思う。
悠平も死ぬような思い…してきたかもしれないが、彼女は生き方を探している状態なんだと思う。
父さんは、友子さんと暮らすよ。友子さんを見ていてあげたいんだ。暫くは辛いかもしれないけど な…。
悠平、もしおまえが強くなって、友子さんの事見ていてあげられる気になったら、いつでも戻って来い。
父さん、待ってるからな。」
 その言葉を最後に、父は何も言わなくなった、と言うよりも言えなかった…。
父は、こらえきれなくなった涙を、ひたすら流していた…。
 悠平もまた、父の言いたいことが痛いほど伝わっていた。
そんな父を尊敬する自分もいた。
しかし逆に、継母の事に関して憤りを感じるのも事実であった。
悠平は、複雑な感情を抱いたまま、今いる父親との別れに涙していた…。

 そんな静かな時間が過ぎて、悠平はようやく我に返り、自宅を後にするのであった。
「悠平!父さん、待ってるからな!!」その言葉を背に…。

 どれぐらい歩いたのだろうか…。もう自分自身、どこを歩いてるのかさえ分からなくなっていた。
そんな時、白く冷たい何かが、悠平の下にはらはらと落ちてきたのだった。

「…ゆき?」

悠平の住む場所では、雪は滅多に降らないので、とても珍しい現象であった。
…悠平は母親のことを考えていた。


「おかあさん♪白いよ〜道が真っ白♪」
「それはね、"雪"っていうのよ。とっても綺麗でしょ?」
「うん♪つめた〜い☆」
「悠平、悠平は雪好き?」
「うん!!だってお母さんも好きなんでしょ?だったら僕も大好き♪」



「母さん、雪が降ってるよ。あの時と同じ雪だよ。」

「うわぁ〜♪本当に雪だね♪」
「…!?」急に、背後から声がした。
「あ、ビックリした?私だよ♪雪見ながら歩いてたら、悠平君見つけたからさ♪」
「君っていつも突然現れるんだね…。心臓に悪いよ…。」
「あ、ごめ〜ん…。」
 そう、急に悠平に話しかけてきたのは雪乃であった。
「また、会えたね。」
「そうだな。」
「あと、何回会えるのかなぁ…。」
悠平は、雪乃の笑顔の中に、何か寂しさが混ざっているように見えた。 「なんだ、それ。回数なんて分かるわけないじゃないか。」
「アハハ…そうだね。ねぇ、悠平君どうせ暇なんでしょ?なんかして遊ぼうよ♪」
「どうせってな〜…まぁ暇だけど…。」
「アハハ、じゃあ雪だるま作ろうよ♪」
 さっきからの雪で、辺りはすっかり銀世界であった。
それでも、大きい雪だるまを作るほどの雪はなかった。
「もっと積もってからでもいいんじゃないか?今日じゃなくたってさ。」
「今日じゃなきゃダメなの…今日がいい!」
確かに、雪だるまを作るにはやや無理がある状況であった。
しかし、理由はわからないが、その強い口調に、雪乃には強い思いがある…悠平はそう思った。
「…分かった。でも大きいのは作れないぞ。雪がたりなすぎる。」
「小さいのでいいよ♪手のひらサイズだっていい♪」
 悠平に了承を得た雪乃は、まるで小さな赤ん坊のように、キャッキャと喜んで雪だるまを作っていた。
そんな姿を見ていて、悠平は次第に雪乃に惹かれていっていた…。


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