2.白い雪の贈り物
何も考えず、フラフラと歩いて辿り着いた場所…それは、死んだ母親との思い出の場所だった。
自宅からはかなり離れた、ひと気のない小高い丘。
そこは母親のお気に入りの場所であり、母と悠平の、二人だけの場所であった。
普段人が来ることはまずない場所であった。
「母さん…。僕、母さんのところへ行きたいよ…。」
悠平はぼそっと一人つぶやいた。
最愛の母を亡くし、父と二人で生きようとようやく心の整理をし始めた頃に、父親の再婚話が上がり、戸惑いを隠しきれなかった自分…。
素直に父の幸福を喜べず、最愛の母の陰を思い描きながらの対面…。
しかし、母の陰をも打ち消すかのごとく、支離滅裂な継母の存在…。
その制圧ぶりに、自分の存在までもかき消されていく悠平…。
母であれば、こんな時黙って抱きしめてくれるのに…。
もう生きている力が悠平にはなかった。
学校でも、特に目立つようなキャラではない悠平。友達もろくにできてはいなかった。
まだ救いなのが、成績は優秀な方で、しっかりしているところがある為、いじめられたりすることはないということだ。
その小高い丘は少しずれれば崖のような場所になっていた。
悠平はそこから、自ら母の元へ行くことを思い立った。
「母さん、待ってて。」悠平はその場所へ向かった…。
「…だよ。」
「?」
どこからか声が聞こえてきた。しかし悠平にはあまり届いていなかった…。
そして悠平が落ちようとした瞬間…。
「駄目だよ!死んじゃダメ!」
宙に舞った瞬間の悠平は、強烈な力で地上へと連れ戻された。
悠平は、何が起きたのか把握できないまま、しばらく気を失っていた…。
『何かにおうな…。』
何かのにおいに鼻が反応した悠平。ようやく意識が戻ったようだ。
「あ、気づいた?」
意識を取り戻した悠平は、自分の置かれてる状況が把握できていなかった、と言ってもこの状況、誰もが把握できないであろう。
「君は…?」
「あ、ボク〜?ボクは君の命の恩人♪」
『よくもぬけぬけと、命の恩人なんて言葉使うものだ…むしろ助けてもらいたくはなかった…。』
悠平は、その言葉がでかかったが、あえて口には出さなかった。
「…。」
「君、お腹減ってる〜?」
悠平の目の前にいる少女は、身を落とそうとした理由を詮索しようとはしなかった。
「お腹減ってるんじゃないかと思って、適当に作ってみました♪」
少女は、どこから材料を集めたのか分からないもので何やら料理を作り、ひたすら悠平が目を覚ますのを待っていたようだ。
「君…僕にそれを食べさせるために、目が覚めるのずっと待ってたの?」
「ん?いけなかった?」
とぼけた声で尋ねる少女に、悠平はペースを乱されっぱなしだった…。
少女は、悠平が苦手なタイプなようだ。
「ささ、食べて食べて♪特製雪乃ちゃん料理♪」
どうやら彼女の名は、雪乃というようだ。
「…いただきます…。」拒否する理由も特にないので、ご馳走になることにした。
「…?」
「どう?」少女が悠平の顔をのぞきこんで尋ねた。
「これ、何入れてるんだ?」
「隠し味だから内緒♪」
「んじゃ、これ何の料理?」
悠平がそう聞くのも、無理はない。
誰が見ても、何を具材にした何の料理か。判断はできなかった。
ただ、味だけは格別に美味いのであった…。
「オリジナル料理だから名前はないよ。」
悠平はうまくかわされた気がしたが、それ以上は聞かないことにした。
ご飯をご馳走になった悠平は、これから行く場所を考えていた。
一度はこの世を去ろうとした身。もう自分の居場所なんてなかった…。
もう辺りは真っ暗で時間にすれば夜の7時は過ぎている頃になるのだろう。
「ねぇ、君そろそろ家に帰らないといけないんじゃないの?家はこの辺かい?」
「ううん、違うよ。」
「じゃ帰らないと家の人が心配するよ。」
「ボクは大丈夫。君こそ、どこに行くの?また何かされても嫌だしね〜。
せっかく命の恩人になったのに死なれたら意味ないもん。」
言ってることはかなり嫌味なことだと思うのだが、この少女に言わせると、ちっとも悪く聞こえない。
まったくもって不思議な少女だ…悠平はそんな彼女が少し怖くなった。
「生きている意味はないから、同じ事すると思う…。」
すると、彼女は満面の笑みで、こう答えた。
「それは大丈夫だよ。一度引きとめられるとね、何となく、もう一度自殺しようなんて気は起きないよ。
ただ、一度死んだようなもんだから、行く場所がないだけだね、考えることといったらさ。」
悠平は、彼女のあまりの自信満々の発言に、いぶかしく思いながらも、ただ黙って頷いていた。
彼女の言う通り、悠平には、何故かもう死のうという気はないようだった。というか今はそんな気になれないのだろう。
「そっか〜。それなら、ここにいるといいよ。
ここ意外とあったかいし、誰に見つかっても怒られるような場所じゃないしさ。
まぁその前に、人に見つかるような場所でもないけど♪」
悠平は、少女に言われて、自分のいる場所がどこなのか、初めて疑問を持ち始めた。
「そういえばここどこなんだ?」
「ん〜とね、管理されてない空き地の地下。昔ここに、地下室があったみたいだよ。」
少女の言うことに疑問点は限りなくあったが、悠平が自分の目で確認したところ、管理されていない地下室だということだけは正しいようだ。
管理会社の名前が、一切書かれていなかったのだ。
「ここはね、君が落ちようとしていた丘の真下なんだよ。知らなかったでしょ〜?地下室あるの。」
「丘の下!?」
「そうだよ、嘘だと思うなら上を見てみるといいよ。」
少女に言われて、すぐに地上に出て上を見上げた。
「!?」
「ほらね〜嘘じゃないでしょ?」
ニコニコしながら、自分の言った事に誇らしげにしている少女の前で、悠平は呆然としていた。
『母さんとの思い出の場所には、地下室があった?母さんはこのこと知ってたのかな…』
悠平は、突然二人だけの場所を奪われた気がして、悲しい気持ちになっていた…。
「?どうしたの?」
「…いや…。」
しかし、そのことをこの少女のせいにするわけにもいかない…。
悠平は、必死に自分を落ち着かせようとした。
「そういえば君の名前、聞いてなかったね。」ふいに少女が聞いた。
「あ…。杉浦 悠平。」
「悠平君かぁ…。いい名前だね。」
「母さんが…死んだ母さんがつけてくれたんだ。」
「?お母さん死んじゃったの?」
「?」
突然、寂しげな顔をした少女。その顔を見て悠平は何が起こったのか想像できなかった。
「君が悲しくなってどうするの?僕の母さんなのに。」
「ん〜何となく。人が死ぬのって悲しいから…嫌だから…。」
意外に優しいところもあるんだ…悠平は、そう思った。
「僕は大丈夫だよ。だから、気にしないで。」それが、悠平に言える唯一の言葉だった。
と、急に少女はその場を立って去ろうとした。
「帰るのかい?」
「違うよ。ただ、ちょっと行く所があるんだ〜。」
「そうなんだ、じゃここでお別れだね。」
「…そうだね。」ふと、少女は顔を曇らせた。
そんな少女が、小走りにその場を去ろうとした時…。
「ねぇ、そういえば、君の名前も聞いてなかったよね?」悠平が、突然大声で少女を呼びとめた。
「…?お別れじゃないの?また、会ってくれるの?」
さっきまであんなに強気で元気だった姿が嘘のように、小さくなって謙虚な姿であった。
「命の恩人の名前も聞かないでどうするのさ。まだ、お礼もしてないし。」
少女の顔が、ぱぁっと明るくなった。
「ゆきの…雪乃だよ。」
「そうか。また、会おうな!!」
「!うん!!絶対会おうね♪」
こうして二人は、再会を誓って別れた。
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