風知草

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風知草:タダと千円の違い=専門編集委員・山田孝男

 民主党は高速道路をタダにするという。自民党は「いくら走っても1000円」だ。タダと1000円で選挙すればタダが勝つに決まっている。なのになぜ、自民党は1000円(それも2年間だけ)なのか。ここを掘り下げると、いろいろなものが見えてくる。

 実は、自民党も無料化を検討した。福田内閣末期の昨夏。首相特命の非公式協議に加わった政治家たちは大いに乗り気だったが、国土交通省と財務省が反対した。協議にかかわった専門家がこう振り返る。

 「受益者負担の原則を守るという国交省の執念は、ほとんど宗教的確信ですね。財務省は財政再建至上主義。ともに『タダだけは困ります』となって宙に浮いちゃった」

 協議の最中に政変があり、後継の麻生内閣が霞が関と妥協しながらまとめたのが上限1000円の割引構想だ。

 土・日・祝日のみ。首都高速や阪神高速を除き、ETC(自動料金収受システム)搭載の普通車に限るが、今年3月に実施されるや、観光地は人であふれ、大渋滞が出現した。

 今度の総選挙で与党が勝てば、条件付き「1000円でどこまでも」方式が再来年3月まで続く。民主党が勝てば、平日も含めて無期限にタダ。ETCもへったくれもない。

 ずいぶん違うようだが、民主党ブレーンの一人は「過疎地は即無料化だが、大都市圏は混乱するから無理。地域ごとの試行になる」と話しており、この辺は現実的である。

 タダにすれば、物流が活性化して飛躍的な経済波及効果が生まれ、税収もガバッと増えると民主党は主張する。じつは、同じ発想の自民党議員が少なくない。だから「国交省の宗教的確信」に阻まれながらも民主党案と方向性は似通った「1000円」案が出てきた。

 つまり、事の本質は自民党と民主党の対決ではなく、政党と官僚の対決なのである。無料化すれば料金所はなくなる。ETCを管理・運営する天下り法人も整理され、官僚の権益は狭まる。1000円だとそうならない。無料化と1000円の本質的な違いはここだ。

 今日、高速道路の受益者はドライバーだけではない。宅配便、農産物から工業製品まで高速道路上のあらゆる物流が国民生活に直結している。にもかかわらず、国交省は「受益者」を狭くとらえた古い常識に縛られ、変化に対応できない。

 日本の高速道路料金は世界でもダントツに高い。英米は9割以上、ドイツは100%(トラックを除く)無料。有料区間が8割前後のフランス、イタリアにしても、1キロ当たり普通車の通行料が日本(24・6円)の半額以下。日本と同様、全区間有料の中国は日本の4分の1、韓国は6分の1だ。

 世界と時代の潮流が日本のバカ高い高速道路料金の壁を崩しつつある。民主党は流れにさおさして官僚の抵抗と問題点をよく洗い出した。官僚に粘られて中間的な「1000円」案を採らざるを得なかった自民党との優劣は既に明らかだ。

 タダと1000円の争いというとらえ方は皮相である。官僚たたきと官僚操縦の争いでもない。交通と物流の改革を促す波が起きているのだ。

 無料化なり値下げなりは、地域ごとに利用者・住民の利便を判断して決めるものだろう。選挙カーの絶叫やテレビ討論にはなじまない。そこをわきまえた政策論戦を望む。(毎週月曜日掲載)

毎日新聞 2009年6月29日 東京朝刊

 

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