95年からテレビ東京系で放送され大ヒットしたテレビアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」。9月1日、庵野秀明総監督の手で「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」としてリメークされる。斬新な演出、“未完”とも言えるテレビシリーズの幕切れや、フィギュアブームなど、アニメを新時代に導いた名作が、4部作の完全新作として復活する。完結から12年、“再生”にはどんな狙いがあるのか……。【渡辺圭】
■所信表明「日本のアニメを未来に…」
「この12年間エヴァより新しいアニメはなかった…」 2月17日、全国の劇場に庵野監督から、ファンに向けて「我々は再び、何を作ろうとしているのか?」と題した刺激的な「所信表明」が張り出された。 「疲弊した日本のアニメーションを未来につなげたい」という願いを具現化するために、「今出来るベストな方法」が、「ヱヴァンゲリオン新劇場版」だったという庵野総監督の所信表明だった。
「エヴァンゲリオン」は12年前、「トップをねらえ!」「ふしぎの海のナディア」などを制作、気鋭のアニメ監督として活躍していた庵野総監督が「自分が見たい、30歳の大人でも楽しめるロボットアニメ」として企画。作品だけでなく、キャラクター商品の展開などビジネス面まで踏み込んだ企画書を作り、キングレコードの大月俊倫プロデューサー(現常務)と二人三脚で実現した作品だ。
西暦2015年の日本を舞台に、地球を襲う謎の生命体「使徒」に立ち向かうため、主人公・碇シンジやヒロイン綾波レイら14歳の少年少女たちが、巨大ロボット「エヴァンゲリオン」に乗り込んで戦うというストーリー。少年たちの学園生活と人類の生存をかけた過酷な戦いという日常と非日常が交差する斬新なストーリー展開に、旧約聖書や心理学などに裏打ちされた詳細な設定、それぞれが複雑な背景を持つ魅力的なキャラ……、さまざまな要素が相まって瞬く間に注目を集めた。
96年3月にテレビシリーズ最終話が放送されると、謎の多い結末に、当時流行し始めていたパソコン通信やインターネット上で論争を呼び、97年3月に公開された劇場版「DEATH&REBIRTH シト新生」へと決着を延ばした。だが、そこでも終わらず、結局、同年7月公開の劇場版第2作「Air/まごころを、君に」でようやく完結した。
そうした異例の展開だけでなく、綾波レイのフィギュアは大ブームとなり、高橋洋子さんが歌った主題歌「残酷な天使のテーゼ」は100万枚を出荷する大ヒット曲となり、現在でもタレントの中川翔子さんらがカバーする「アニソン」の定番となった。林原めぐみさんや宮村優子さんら出演声優がアイドル的な人気を得るなど、その後のアニメ関連ビジネスのお手本となる展開を見せ、その後のアニメに大きな影響を与え続けている。
■“理想のエヴァ”「今しかない…」
庵野総監督は、なぜ「完結」したはずのエヴァに再び手を付けたのか。
エヴァに続いて放送されたアニメ「彼氏彼女の事情」(98年)の後、庵野総監督と大月さんは特撮ものなど新しい企画を準備していた。ところが06年春、庵野総監督が「エヴァをもう一度やらないか」と突然言い出したという。大月さんは「パート2を作る気なんて全然無かったし、庵野さんとは毎日のように会っていたから、今回の話があったときはびっくりした」と振り返る。
しかし、大月さんも「精神的にも肉体的にもおそらく、今を逃すともう『エヴァ』は作れない。庵野さんも今しかないと思って企画を持ち出したんだろう」と新劇場版の製作が決まった。
新劇場版は、「『エヴァンゲリオン』を知らない人でも楽しめるよう、面白さを凝縮し、世界観を再構築し、誰もが楽しめるエンターテインメント映像を目指す」と庵野総監督が宣言したように、全26話を再構築し、約2年かけて4部作として描かれる。タイトルも庵野総監督がテレビシリーズを提案したときの「ヱヴァンゲリヲン」に戻している。
さらに、庵野総監督は「新劇場版」製作のため、新スタジオ「カラー」を設立。テレビ版の副監督で、97年の劇場版を監督した鶴巻和哉、摩沙雪の両氏を監督に据え、絵コンテには、映画「日本沈没」の樋口真嗣監督とテレビアニメ「交響詩編エウレカセブン」の京田友巳監督が参加するなど豪華なメンバーをそろえた。
キャストも、主人公の碇シンジ役に緒方恵美さん、綾波レイ役に林原さんといったメーンはテレビシリーズと全く同じで、大月さんは「庵野さんは、独りで何もかもをやるというすごいことに挑んでいる」と“理想のエヴァ”づくりに向けた体制が整った。
■結末は「また違うカタチへ…」
第1部「序」では、シンジが「エヴァンゲリオン」に乗ることを決意する第1話から、シンジとレイが協力して使徒を撃退する第6話「決戦!第三新東京市」までが描かれる予定だが、公開ギリギリのタイミングまでブラッシュアップし、「これぞ劇場版」というクオリティーを目指しているため、まだその全貌はベールに包まれたままだ。
当初、旧作のフィルムの再利用を検討していたが、製作中にスタッフからの希望もあり、全パートの作り直しを決定。特務機関「ネルフ」のマークを変更したり、謎の静物「使徒」を3DCGで描くなど、まさに“新生”と言える作品となりそうだ。
さらに庵野総監督たっての希望で、シンガーソングライターの宇多田ヒカルさんが主題歌を担当する。「エヴァファン」を公言する宇多田さんは「こんなチャンス二度と来ない」と大乗り気で、新曲「ビューティフル ワールド」(8月29日発売)を提供している。
そして、12年前にも物議を醸した結末だが、新劇場版について、大月さんは「そもそも『エヴァ』は完結した作品なのだから、当然、終わり方はこれまでとちがうものになる」と断言する。庵野監督も「同じ物語からまた違うカタチへと変化していく」と声明に記している。9月から始まる四つの物語が、再び日本のアニメに新たな方向を示すのか、その行方から目を離せない。
◇エヴァのもたらしたもの
95年10月。「新世紀エヴァンゲリオン」の放送スタートは「冬の時代」が続いていたテレビアニメの世界を一気に塗り替えた。
まず第一に、マニア向けのテレビアニメを開拓したことにある。「エヴァ」はロボットアニメでありながら、おもちゃメーカー会社をメーンスポンサーに持たず、完全に中高生以上をターゲットにしたテレビアニメだった。そのソフト(当時はVHSとLD)は驚異的な売り上げを見せ、アニメファン向けのソフトがビジネスとして成立することを証明し、現在の深夜枠を中心としたハイターゲット市場のパイオニアとなった。
それは、いわゆる“第三次アニメブーム”につながっていく。
「エヴァ」はそれまでゲームに集まっていた男性マニア層の関心を再びアニメに引き戻し、90年代後半の第三次アニメブームのきっかけとなった。この第三次アニメブームと連動するかのように、アイドル声優を次々と生み出した声優ブーム、ライトノベルブーム、美少女ゲームブーム、フィギュアブームが90年代末から相次いで発生し、作品の内容よりキャラクターに関心が集まる「萌え」文化が定着していった。
その一方で、他のジャンルに与えた影響も大きいのが「エヴァ」の特徴だ。
「エヴァ」ブームでオタク系文化が、マニア層以外にも認知され、その後「エヴァ」を越える影響を持った作品は出ていないと言っていいだろう。その厭世的なムード、「トラウマ」を基調にした内面描写などは従来のアメリカン・サイコサスペンスブームや臨床心理学の大衆的ブームの影響下にあり、それを、文芸、映画、音楽など90年代後半のさまざまなジャンルに広げた。
「エヴァ」は、この国のサブカルチャーを、内容的にもビジネス的にも、そしてユーザーの消費スタイル的にも大きな影響を与えた。まさに、「ヤマト」「ガンダム」に続き、アニメ界に押し寄せたサード・インパクトだったといえるだろう。【宇野常寛/ 批評家】
2007年8月26日