■鍵の穴から天のぞく
それはキャンプでのできごと。
「触るなよ」
ぱしん、と乾いた音が岩山に響いた。キールに手を叩かれたメルディは、びっくりして目を丸くし、次いで哀しそうに手を押さえて元の場所に座り込んだ。
キールが音をあげて(本人にそのつもりはない)すぐに休憩をとっていたリッドたちだったが、キールの冷たい声と態度に一行の間に嫌な空気が流れる。さっきまでメルディを嫌悪するような素振りなど見せなかった……むしろ観測所では嬉々とメルディの相手をしていただけに、この反応にリッドもファラも目を丸くする。
再会してから、何か冷たい空気を纏っているとは感じていた。だが、自分達にこんな嫌悪、いや敵意とも言える視線はぶつけたことがない。それは昔も同じ。初めて見るキールの暗い心に、一瞬ファラですら息を呑んだ。
「……っ、キール、そんな言い方しなくても!」
出会ってまだ少ししか経っていないものの、すでに大切な仲間のメルディを邪険に扱われファラがキールを睨みつける。昔ならこれだけでキールは小さくなったものだが、今はさらりとファラの視線をかわし、反省の色はない。それどころか、
「得体の知れないヤツだ。用心するに超したことはない。……ま、使えそうだから、何としてでも意思疎通はしたいがな」
メルディを敵として……いや、そこまではいかなくてもアンノウン扱いさえするキールに、リッドは眉を上げた。
「使える?」
彼は、こんな人物だったろうか。
こんな顔、見たことがない。
こんな闇、見たことがない。
自分が知らなかっただけだろうか。それとも自分達が会わない間に、ここまで変わってしまったのだろうか。
変わらせたのは誰だ、何だ。
「黒体の危険性を証明する証拠さえつかめれば、ぼくは大学に戻れる。いや、それどころか最高学府王立天文台に招かれるかもしれない」
キールは唇に指を当てながら、自分の考えに顔を輝かせた。
……これが、再会してはじめて見る笑顔になるとはな。
ギリ、とリッドは奥歯をかみ締めた。憤っていた。いや、簡単に言えば、むかついていた。メルディをモノ扱いするキールに。
昔はこんな可愛げのないヤツじゃなかったと思う。命を大切にし、よく草花を踏み荒らすと怒ったものだ。それが今では学問とかいうものに取り憑かれ、人を思いやる心を失っている。メルディを、ヒトとしてみていない。実験動物としか思っていないのかもしれない。
変わるにも、程があると思う。
「いやに協力的だと思ったら、目的は自分の地位か……とんだ野心家になったもんだ」
皮肉気に、キールを睨みつけた。すると目に見えて、キールの深い蒼の瞳が揺れる。
「違う! ぼくは真実を探求したいだけだ。そのためには最高の環境が必要なんだよ!」
どこが違うんだよ。同じじゃねえか。
言い訳するキールだが、リッドはもはや耳を貸していなかった。
よく強欲のために人を利用する貴族はいるが、キールの場合、それが金ではなく学問だ。メルディをヒトとして見ていないから、利用するにも心を痛ませないのだ。
短いが、ここまで一緒にメルディと旅をしていたリッドには分かる。彼女だってインフェリアンとは違うかもしれないが、心がある。楽しいときは言葉が分からなくても笑うし、嫌なことがあれば怒る。そしてさっきもキールに邪険にされて、悲しんだ。
もはや昔とは別人。そのことに腹が立って仕方がなかった。昔と同じようだったら、また仲良くなれたのかもしれないが、これでは到底無理だ。
はらはらとファラが心配そうに二人を見守る中、問題の渦中の一人であるメルディが、先ほどの行為にもめげずに、何かを見つけたのかキールに近づいた。
「ウス ティアウス クレーメル ワエグン?」
そ、とキールのマントの下に手を伸ばす。すると
「触るな!」
勢いよく、今度は体ごとメルディを突き飛ばした。
幸い怪我はないようだが、ファラの非難の視線がキールを突き刺した。それでもキールは謝るどころが、汚そうにメルディに触られた部分を手で払っていた。
そのキールの行動に、リッドの眉間の皺がますます深くなる。
「……それって、クレーメルケイジか? おまえも持ってるんだな」
キラリと見えたそれに、リッドは皮肉を崩すことなく指摘する。
パオロが持っていたものと若干形も色も異なるが、よく似ている。今は数少ないと聞いたのに、こんなイヤミなヤツがこんな大事なものをもっていいものか。パオロが持っていたときは素晴らしいものに見えたそれも、キールが持つとなると何か気分が悪い。貴婦人が宝石を見せびらかしているのとは違うが、それと似ている気がする。
「ば、バカにするなよ! ぼくは光晶霊学の学士だぞ。そこらの自己流晶霊術士と一緒にするな! グロビュール歪曲やカロリック流動の基本原理から応用晶霊学に至るまで、あらゆる……」
「わかった、わかった。おまえはすげぇよ!」
からかわれたと、頬を染めて憤るキールに、冷めた怒りを抱いていたリッドはキールの話を途中で遮る。
こんな嫌なキールの話など、聞いていたくもなかった。再会した瞬間のあの感動を返してくれと思いながら、リッドは背を向ける。するとキールも、「ふん、馬鹿に理解されてたまるか」とリッドに背を向けた。
これから一緒に旅をしていく仲間同士だと言うのに、しょっぱなから衝突しまくるリッドとキールに、ファラはこっそりため息を吐いた。
「……イケる、イケる……?」
今回ばかりはイケないかもしれない、と思いながら。
2005.xx.xx
意味:せまい見識で物事を判断することのたとえ。
なんか、あんま関係ないような。