東方儚月抄 Cage in Lunatic Runagate. 最終話「二つの望郷 後編」
2009/06/25/Thu
「儚月抄の感想にかこつけてだいたい二年くらいになるのかな、東方について考えてたこと思ったことを散々吐き出すことができてきたのだけど、さいきんはあんまりいろいろなことをいってきたためか東方については以前よりそれほど考えなくなってきちゃってる自分がいる。それというのももともと私は松倉版の三月精で東方の存在を知って、あのとても儚い線と筆致によって紡がれる幻想郷のユーモラスな物語と、そしておまけについてるZUNさんの何をいってるのか正直よくわからない雑文のふしぎな魅力とによって東方の本家STGにも手を出したっていう、たぶん東方ファンのなかでもそんなに多くないかなって思われる部類の人だから、漫画作品としての東方は私にとっての東方の自然な形態のひとつとして捉えることが可能だったのだけど、でもこの儚月抄はいろいろ途中あったものね、率直な評価がむずかしい一作にはちがいないかなって世の意見に同意して私も思うから。‥でもそれでも、漫画版の最終話にふれたときから私の本作に対する印象は肯定的なものに変わって、今ではもう、総じてみると儚月抄を私は十分楽しめてよかったかなって感じてる。これはほんと、楽しいまんがだったって、そう思う。‥そして問題は今回の小説版になるのだけど、これはまた正直にいっちゃうと、小説のほうの儚月抄は妹紅のエピソードにいたく感心させられたのをさいごに、それほど興味を引かれる内容では個人的にはなくなってきちゃって、この最終回もそんなに本音は期待してはなかったのだけど、でも一読して気持は一転、これは上手にまとめたって思わず手を叩いちゃった。というのも今回のお話にはいくつか重要な点があるのはまちがいないけど、そのなかで何よりこの話で肝心に思われるのはずばり霊夢と輝夜、そして紫と永琳のこの両者それぞれの会話シーンに求められるにちがいなくて、この二つの対話がつまり儚月抄のテーマ性の完全なアンサーとして機能してるって、私はそう考える。なぜなら私はこの答えに接したとき、この作品が何がしたかったのか、何が果していいたかったのかなってことがすんなり了解できて、そのまとめ方の見事さにはさすがかなって言葉をこぼさずにはられなかったから。‥お見事。こうもきれいにまとめられるだなんて思ってなかった。侮りがたし儚月抄、かな。おどろいた。」
「紫はかつて小説版で、藍になぜ勝ち目のない月面戦争を行うのかと問われたとき、永遠亭は人間でも妖怪でもないのに地上の民として暮している。しかし彼女たちが妖怪側に与さない限りは人間の位置にいるにちがいなく、ならば彼女たちからは住民税のようなものをもらう必要があると、たしかそんな旨のことを述べていたのだったかしらね。そして、今回のエピソードではその紫が永琳たちから徴収しようとした税とは何か、つまり地上で生きるために彼女たちが払わねばならない代償とは何かといったことの解答が呈示されているのよね。本作の秀逸な点とは、この解答があまりに見事なものだったという部分に求められるにちがいないでしょう。はてさて、まさか紫がそういうことを画策していたとは、さすがに予想だにできなかったかしら。これはまさに一本とられたというところよ。なんてセンスのある妖怪かしら。」
「紫が永琳に課そうとしたものは‥これはすごいネタばれになっちゃうけど、でもこのブログの感想は一貫してネタばれとか意に介さないでしてきたから、このエントリもそれに則って行うことを、ここで断っておく。ほんとはこのおもしろさは実際にわが目で読んではじめてなるほどって思える類のものかなって気がするけど、でもその核心を突かないと忌憚ない私の感想にはならないものね。そこは、ご容赦を‥地上に生きる者ならだれの身であろうつきまとうだろう、不安、だった。‥これはすごい。この発想はとてもすごい。つまり、いいかな、比肩しうるだろう存在のまるでない巨大な力と威光をもった神であり、そして世界の謎をすべて解き明かすことの可能な優れた頭脳のもち主でもあり、また命尽きることのない永遠の時間を思うがままにできる不老不死の存在である永琳こそは、月の理想とする穢れのない高尚な生命のまさに見本でこそあって、その能力のすばらしさは彼女に対して世の何ものをも恐れる必要を見出さない自負心をこそ保証するものにちがいなかった。そしてそのこと自体はだれも疑うこともない当り前の事実であって、無敵で天才の永琳が道に迷うことなどだれも思わないし、彼女は信頼されまた頼られこそすれ、だれかの手によって守られるべき存在でないことは、だれもが、あの綿月姉妹でさえ、疑問に思うはずもない道理であった。‥でも、それはほんとにそうなのかな? 永琳はたしかにすごくつよいし頭もいいけど、でもそれだけでほんとに生きることが楽になるのかな? ‥答えはちがう。紫はそのことをよく知ってた。生きることは不安そのものだ。未来が何ものにもわからないからこそ、生は未知であり、汚れであり、また幸いでこそあるのだ。‥その確固たる信念に裏打ちされたとき、地上の生活の、ううん、生きることそのものの本質というべき、不安を忘れた神に不安を想起させ、そして真の意味で地上の民とすることを、地上の賢者たる紫は画策したのだった。‥なんてすばらしい答えだろう。これは賢者だ。さすがにそのとおり、生きることは不安を伴う心だ。すばらしい。この作品の結末に、私は賛嘆の辞を惜しまない。お見事! すばらしかった。」
「生きることは不安である、か。ならば生も死もなくなった月の民こそは、表面上は汚れもない高尚な存在ではあるにちがいないのでしょうけど、実は生きることと死ぬこと、その本来生命には当り前であった真理をいつしか忘却してしまい、ただ空っぽの心を抱えて悠久の時を過しているだけなのか知れないかしらね。それは緋想天で天子が天界を離れたがっていた理由でもあったのでしょうし、もしかしたら、はてさて、ここに来て、儚月抄は東方全体のある重要なメッセージを担うことになったともいいうるのかしらね。それはすなわち、輝夜と霊夢の対話にこそすべてが象徴されている。‥この問答は決定的かしらね。これだから東方はおもしろいのよ。たまらないことね。」
『「月の都って、思ったより原始的ね。建物の構造とか着ている物とかさぁ」
輝夜は笑った。
「そう思うでしょう? だから地上の人間はいつまでも下賤なのよ」
「どういうこと?」
「気温は一定で腐ることのない木の家に住み、自然に恵まれ、一定の仕事をして静かに将棋をさす……、遠い未来、もし人間の技術が進歩したらそういう生活を望むんじゃなくて?」
霊夢はお酒を呑む。
「もっと豪華で派手な暮らしを望むと思う」
「その考えは人間が死ぬうちだけね。これから寿命は確実に伸びるわ。その時はどう考えるのでしょう?」
「寿命を減らす技術が発達するんじゃない? 心が腐っても生き続ける事の無いように」』
ZUN「東方儚月抄 Cage in Lunatic Runagate.」
「紫はかつて小説版で、藍になぜ勝ち目のない月面戦争を行うのかと問われたとき、永遠亭は人間でも妖怪でもないのに地上の民として暮している。しかし彼女たちが妖怪側に与さない限りは人間の位置にいるにちがいなく、ならば彼女たちからは住民税のようなものをもらう必要があると、たしかそんな旨のことを述べていたのだったかしらね。そして、今回のエピソードではその紫が永琳たちから徴収しようとした税とは何か、つまり地上で生きるために彼女たちが払わねばならない代償とは何かといったことの解答が呈示されているのよね。本作の秀逸な点とは、この解答があまりに見事なものだったという部分に求められるにちがいないでしょう。はてさて、まさか紫がそういうことを画策していたとは、さすがに予想だにできなかったかしら。これはまさに一本とられたというところよ。なんてセンスのある妖怪かしら。」
「紫が永琳に課そうとしたものは‥これはすごいネタばれになっちゃうけど、でもこのブログの感想は一貫してネタばれとか意に介さないでしてきたから、このエントリもそれに則って行うことを、ここで断っておく。ほんとはこのおもしろさは実際にわが目で読んではじめてなるほどって思える類のものかなって気がするけど、でもその核心を突かないと忌憚ない私の感想にはならないものね。そこは、ご容赦を‥地上に生きる者ならだれの身であろうつきまとうだろう、不安、だった。‥これはすごい。この発想はとてもすごい。つまり、いいかな、比肩しうるだろう存在のまるでない巨大な力と威光をもった神であり、そして世界の謎をすべて解き明かすことの可能な優れた頭脳のもち主でもあり、また命尽きることのない永遠の時間を思うがままにできる不老不死の存在である永琳こそは、月の理想とする穢れのない高尚な生命のまさに見本でこそあって、その能力のすばらしさは彼女に対して世の何ものをも恐れる必要を見出さない自負心をこそ保証するものにちがいなかった。そしてそのこと自体はだれも疑うこともない当り前の事実であって、無敵で天才の永琳が道に迷うことなどだれも思わないし、彼女は信頼されまた頼られこそすれ、だれかの手によって守られるべき存在でないことは、だれもが、あの綿月姉妹でさえ、疑問に思うはずもない道理であった。‥でも、それはほんとにそうなのかな? 永琳はたしかにすごくつよいし頭もいいけど、でもそれだけでほんとに生きることが楽になるのかな? ‥答えはちがう。紫はそのことをよく知ってた。生きることは不安そのものだ。未来が何ものにもわからないからこそ、生は未知であり、汚れであり、また幸いでこそあるのだ。‥その確固たる信念に裏打ちされたとき、地上の生活の、ううん、生きることそのものの本質というべき、不安を忘れた神に不安を想起させ、そして真の意味で地上の民とすることを、地上の賢者たる紫は画策したのだった。‥なんてすばらしい答えだろう。これは賢者だ。さすがにそのとおり、生きることは不安を伴う心だ。すばらしい。この作品の結末に、私は賛嘆の辞を惜しまない。お見事! すばらしかった。」
「生きることは不安である、か。ならば生も死もなくなった月の民こそは、表面上は汚れもない高尚な存在ではあるにちがいないのでしょうけど、実は生きることと死ぬこと、その本来生命には当り前であった真理をいつしか忘却してしまい、ただ空っぽの心を抱えて悠久の時を過しているだけなのか知れないかしらね。それは緋想天で天子が天界を離れたがっていた理由でもあったのでしょうし、もしかしたら、はてさて、ここに来て、儚月抄は東方全体のある重要なメッセージを担うことになったともいいうるのかしらね。それはすなわち、輝夜と霊夢の対話にこそすべてが象徴されている。‥この問答は決定的かしらね。これだから東方はおもしろいのよ。たまらないことね。」
『「月の都って、思ったより原始的ね。建物の構造とか着ている物とかさぁ」
輝夜は笑った。
「そう思うでしょう? だから地上の人間はいつまでも下賤なのよ」
「どういうこと?」
「気温は一定で腐ることのない木の家に住み、自然に恵まれ、一定の仕事をして静かに将棋をさす……、遠い未来、もし人間の技術が進歩したらそういう生活を望むんじゃなくて?」
霊夢はお酒を呑む。
「もっと豪華で派手な暮らしを望むと思う」
「その考えは人間が死ぬうちだけね。これから寿命は確実に伸びるわ。その時はどう考えるのでしょう?」
「寿命を減らす技術が発達するんじゃない? 心が腐っても生き続ける事の無いように」』
ZUN「東方儚月抄 Cage in Lunatic Runagate.」