北朝鮮で権力継承への動きが慌ただしい。ポスト金正日(キムジョンイル)は三男、正雲(ジョンウン)氏(26)が確実視されつつある。祖国の3代世襲劇を在日社会はどう見つめているのか?【鈴木琢磨】
「可哀そうですよ」。黒のTシャツ、金色に光るネックレス、スイスに留学していた16歳の正雲氏の顔写真をいちべつするや、梁石日(ヤンソギル)さん(72)は言い放った。「いま26歳ですか。経済がめちゃくちゃでしょ、彼がいくらしっかりしてたって、取り巻きは海千山千の連中、身動きがとれない。権力闘争に利用されるだけ。パリかニューヨークにでも行って遊べばいいんですよ」
破天荒な父をモデルにした梁さんの小説「血と骨」の舞台は大阪・鶴橋だった。終戦後、かいわいは巨大な闇市が広がり、解放の喜びもつかの間、在日朝鮮人たちは日々を必死に生き抜いた。正雲氏の母、高英姫(コヨンヒ)氏(04年死亡説)も1953年、その鶴橋で生まれた。父は朝鮮半島の南の島、済州島からきた。柔道家を経てプロレスラーになるものの夢破れ、61年、家族そろって帰国船に乗る。そして平壌の万寿台芸術団に入り踊り子をしていたとき、金総書記の目に留まったとされる。
「そうらしいね。息子に大阪での苦労話なんかもしているでしょうし。ひょっとしたら、話せない状況だったかもしれない。帰国者である事実をことさらに意識させてはいけないというか。ま、朝鮮人とすれば父が息子に継がせたいと思うのは人情でね。驚かない。母もそうでしょう。それが社会主義の国だというから、おかしくなる。まるで李朝の続き、王朝。革命の伝統を受け継ぐのは、すなわち血統を受け継ぐ。そういう論理でしょう。お世継ぎ感覚」
毎日新聞 2009年6月25日 東京夕刊