社説

文字サイズ変更
はてなブックマークに登録
Yahoo!ブックマークに登録
Buzzurlブックマークに登録
livedoor Clipに登録
この記事を印刷

社説:クローン牛 評価と「食」とは別問題

 世界初の体細胞クローン牛、「のと」「かが」が石川県で誕生したのは98年のことだ。それから約10年。内閣府の食品安全委員会が体細胞クローン技術で生まれる牛や豚、その子孫について「食べても安全」との最終評価書をまとめ、厚生労働省に答申した。牛乳も安全だという。

 クローン技術を手がける人々にとっては朗報だろう。ただ、これはあくまで「リスク評価」である。実際に食卓に乗せるどうかは、別の政策判断となる。

 農林水産省は食品安全委の評価を踏まえた上で、国内で生産される体細胞クローン家畜やその子孫について、当面、出荷自粛を続ける方針を決めた。国民の間に安全性を懸念する声が強いこと、しかも、今の技術は効率が悪く採算が取れないことを考えると、妥当な判断だ。

 一方、厚労省は、安全と判断されたものを法規制することは困難との立場をとっている。規制できないとすれば、外国産クローン家畜の流通に対する消費者の不安には十分配慮しなくてはならない。

 評価書は、体細胞クローン技術が未完成であることを認めている。日本では08年9月までに557頭の体細胞クローン牛が誕生したが、成功率が低い。死産や出産直後に死ぬケースも3割に上る。これは、体細胞からクローン胚(はい)を作る時の「初期化」が不完全なためと考えられる。

 動物の受精卵は「初期状態」にあり、どのような細胞にも変化できる。成長するに従って役割が決まり、普通は元に戻れない。体細胞クローン技術は役割の決まった体細胞を「初期化」し、受精卵の状態に戻す。この初期化が不完全だと、うまく成長できない。

 それでも、「食品として安全」と判断した背景には、「健康に育った牛は初期化がうまくいっている」という理屈がある。遺伝子は組み換えていないので、肉や乳の成分が通常の牛と変わらないとの分析もある。子孫は、普通の生殖を経て生まれるため、初期化異常の問題はないというのが評価書の観点だ。

 科学者には納得しやすいとしても、消費者が不安に思うのは当然だ。流通させるなら表示をしてほしいという声ももっともだ。

 現実には、欧米でも体細胞クローン家畜の出荷は自粛されている。クローン家畜の子孫も、ほとんど流通していないといわれる。ただ、法規制できなければ、海外から輸入されてくる可能性は否定できない。

 食品の安全性については、科学的評価だけでなく、消費者の受け止め方にも十分な配慮が必要だ。政府は、今後も情報収集や国民の視点に立った情報提供が欠かせない。

毎日新聞 2009年6月27日 東京朝刊

社説 アーカイブ一覧

 

特集企画

おすすめ情報