COLUMN-〔インサイト〕世界最大の債務国のバブル後始末、ドルの信認は維持できるか=信州大 真壁氏

2009年 06月 26日 13:29 JST
 
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 過去数カ月、頭から離れない命題がある。世界最大の対外債務国である米国が、首尾よく、短期間でバブルの後始末を行うことができるか否かだ。大規模なバブルの後には、例外なく、後始末=バランスシート調整が必要になる。それはパーティーの後片付けに似ている。参加者が美酒に酔ったパーティーの規模が大きければ、大きいほど、後片付けに手間が掛かる。宴の後片付けはバブルの後始末と共通する。

 現在、米国が直面しているバブルの後始末は、その規模において、人類史上最大のものだ。債務国である米国が、うまくこの難局を乗り越えられるかどうか、好むと好まざるにかかわらず、壮大な規模の実験が始まっている。

 <90年代の日本と現在の米国の差>

   

 バブルの後には多額の不良資産が発生し、それが金融機関などに流れ込み、最終的にいくつかの大手金融機関が破たんを余儀なくされる。国の経済の中で金融機関が果たす役割は重要であるため、政府は金融機関の債務を肩代わりして、金融機関の破たんを食い止め、金融機能の不全化を阻止する。バブルを経験した国では、ほとんど同じことが発生する。わが国も、1990年代のバブル崩壊後、そうしたプロセスを通して金融システム不安に対処した。今回の米国の場合には、金融機関に加えて、GM(GM.N: 株価, 企業情報, レポート)など一般企業の債務まで負わなければならない。

 問題は、世界最大の債務国である米国が、民間金融機関などから肩代わりした債務の重さに耐えられるか否かだ。90年代のわが国の場合、政府は多額の債務を背負っていたものの、国全体は対外債権国だった。毎年、多額の貿易黒字を稼ぎ出し、着実に貯蓄が溜まっていく状況だった。そのため政府が、民間金融機関等の債務肩代わりのための資金調達手段として、多額の国債を発行しても、ほとんど国内資金だけで消化することができた。国内投資家にとって、国の信用力が低下したと言っても、国内で最上級の信用力を持つのは国であることに変わりはない。国内の余った投資資金が、国債に回ることは自然な循環といえる。

 一方、米国はわが国と違って、世界最大の債務国だ。国内には、新たに発行される国債の消化に十分な資金がない。わが国や中国、産油国などの貿易黒字国の投資資金を引っ張ってこない限り、国債の消化に障害が出る可能性がある。また、無理やり国債の消化を図って、中央銀行であるFRB(米連邦準備理事会)に国債の買い取りをさせると、短期的な国債消化の問題は取りあえず解決されるものの、中・長期的には、インフレ懸念に火を着けることになりかねない。

 それは、単なる国内問題では済まされない。FRBが国債を買い上げるということは、単純に考えると、輪転機で多額のドル紙幣を印刷して、それを市中にばらまくことを意味する。ばらまかれたドル紙片の価値を、長期間維持することは難しい。いずれ、ドルの信認が薄れ、価値が下落することは避けられない。ドルが基軸通貨である以上、貿易や資金貸借の決済に使われている。そのドルの価値が不安定になることは、世界の金融システムに大きな混乱を生じさせることになる。

 <基軸通貨・ドルの需要>

 ドルに先安観が出ると、海外投資家は、ドル建ての株式や債券などの金融資産の購入を手控えるはずだ。それが現実のものになると、米国の株式や債券は大きく売り込まれることが懸念される。株価は軟調になり、長期金利は上昇するはずだ。株価が落ち込むようだと、投資家が保有する株式から“負の資産効果”が発生し、消費を冷え込ませることになるだろう。

 また、長期金利の上昇は住宅ローン金利を押上げ、住宅価格に対する需要を一段とした押しするはずだ。その場合には、住宅価格の下落が加速することも考えられる。金利上昇は企業の利払い負担を増加させ、景気の回復期待を冷やしてしまうことも想定される。これらは、いずれも米国経済に致命的な痛手を与える要因になりかねない。

 昨年末から今年の年初にかけて、ドルは、いったん対円で88円台まで売り込まれたが、その後、3月末から4月にかけて上昇傾向をたどった。その背景には、金融市場の機能低下によって、多くの金融機関がドル資金の手当て=ドル買いに走ったことがあった。それは、ドルが基軸通貨としての信認を保っていた1つの証左といえる。景気悪化懸念から米国の株式は売られたものの、ドルは依然、世界の基軸通貨として機能したのである。

 <不穏なBRICsの動向>

 問題は、ドルが今後も基軸通貨としての信認を維持できる保証がないことだ。最近、世界の主要国の中で、外貨準備に占めるドルの割合を低下させる動きが見られる。中国やロシア、ブラジル、インドはいずれも、SDR(スペシャル・ドローイング・ライト)建てのIMF(国債通貨基金)債を購入するという。中国が500億ドル相当、ロシア等も100億ドル相当のIMF債を買うということは、その分だけ、ドル建ての米国債の購入額が減少することを意味する。今のところ購入金額はわずかであり、しかも、SDRは、40%以上の割合のドルを含む合成通貨であるため、為替や米国債市場への影響は限定的であることは言を待たない。

 しかし、こうした動きが本格化するようだと、その影響を無視することはできない。特に政治的なインセンティブもあり、現在の通貨体制を変えたいロシアが豊富な天然資源輸出代金を使って、ドル基軸通貨体制に揺さぶりをかけることは十分に考えられる。

 また、次の覇権国候補である中国が、徐々にドル保有比率の引き下げに動いてくると、その波は、いずれ為替市場の動向にも及ぶことになる。さらにブラジルやインドなどの新興国が、それらの動きに明確に追随するようなことになると、短期間に情勢が変化することも考えられる。

 もちろんすぐに、そうした事態になるとは考え難い。しかし、ドルに対する信認が低下し、それに伴って米国債の金利が上昇するようなことがあると、米国を中心に動いてきた世界経済の構図が大きく変化する可能性がある。それは、バブルの当事者である米国が、いかにうまく、バブルの後始末を行うことができるかに掛かっている。

 米国を取り巻く経済・金融情勢は予断を許さない状況が続いていると見るべきだ。1つ気になるのは、多くの米国の経済専門家の危機感が緩んでいるように見えることだ。最終的に国の政治を動かすのは世論だ。いかにオバマ政権が危機感を持って政策運営を行っていても、世論が安心しきってしまうと、政策効果は減殺されることになる。米国経済が、最悪のシナリオをたどることがないことを願う。

 真壁昭夫 信州大学・経済学部教授

 (26日 東京)

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