海外レポート/エッセイ
    ※当ホームページでは、毎週火曜日にバックナンバーを追加掲載しています。
春 具(はる えれ)   国際連合事務局(ニューヨーク、ジュネーブ)勤務
1948年東京生まれ。国際基督教大学院、ニューヨーク大学ロースクール出身。行政学修士、法学修士。78年より国際連合事務局(ニューヨーク、ジュネーブ)勤務。2000年1月より化学兵器禁止機関(OPCW)にて訓練人材開発部長。現在オランダのハーグに在住。
訳書に『大統領のゴルフ』(共訳・NHK出版)、編書に『Chemical Weapons Convention: implementation, challenges and opportunities』(国際連合大学)がある。
第218回 「続・海賊物語」
配信日:2009-05-22
 ロッテルダムで、海賊の裁判が始まりました。

 被告はソマリアから連れてこられた5人の男たちで、彼らは今年のはじめソマリア沖を通りかかった船を襲ったところを逆に捕まってしまい、船籍がオランダ・アンティーユだったので、ロッテルダムに連れてこられて裁判にかけられることになったのでした。

 捕まってしまってアタマを垂れているかというと、全然そんなことはなく、彼らは嬉々として楽しそうにしているという。なにしろオランダの牢屋はソマリアの生活よりずっと快適で、部屋にエアコンは効いているし、食事は三度三度ちゃんとでてくる。それもソマリアで食べているものよりずっとおいしい。テレビもあってサッカーの実況中継も見られる。フィットネス施設もある。つまりオランダの牢屋において、彼らはソマリアにいるときよりずっと文化的な日常を過ごしているのであります。

 それにオランダ刑法に死刑はないのです。ですから、たとえ終身刑になったとしても、切った張ったの海賊生活よりずっと穏やかな余生が暮らせるというものだ。なによりも安心してゆっくり休めるのが嬉しいと海賊たちは言っていた。

 弁護士は、被告たちは善良なソマリア国民であるが不幸なことに海賊のグループに捕まってしまい、銃で脅されてやむなくこの道に入ったのだと弁護しておりました。彼らの生活は貧しく、銃をつきつけられながら、海賊になればおいしい生活が待っているぞと言われて仲間にはいったのだという。

 すなわち、諸悪の根源は彼の国の貧困である。20年にわたる内乱である。貧しさとアナーキーのなかで、彼らは生きるために海賊という道に入り込んでしまったのだ。彼らにはほかの選択肢があっただろうか、わたしたちはそのことに深く思いを寄せなければならない、と弁護士は論じておりました。

 ソマリアは「失敗した国」の典型であります。「失敗した国」の定義はいろいろありますが、どの定義をもってきてもすべてにあてはまる、完璧に「失敗した国」であります。内乱だけでなく、近隣諸国の部族対立のあおりも受け、また欧米諸国の思惑と暗躍が入り乱れて、あの国はまともなガヴァナンスをもったことがないのです。そのなかで海賊ビジネスだけが盛大に発展を遂げている。被告たちはその不均衡の犠牲者なのだと言うのであります。

 海賊ビジネスに対し、世界からの風当たりはつよい。風当たりは昨年あたりからいっそう強くなってきていて、多くの国が自国の船舶を保護するために軍艦をアーデン湾に派遣してパトロールと護衛をし、ときに海賊と戦火を交える事態もでてくるようになった。

 このあいだもアメリカ籍の船が海賊に襲撃され、船長が人質となる事件がありましたね。アメリカの大統領が海軍に射殺許可をだし、特殊部隊が海賊を狙撃して、船長を救出した事件であった。ひとり捕われた海賊は(まだ16才ではなかったかな)、 ニューヨークへ連れてこられて裁判を受けることになったという話も付録でついた(アメリカで海賊が裁判にかかるのは100年ぶりとかで、そのこともニュースになっていましたっけ)。

 そして世界は、海賊がうろつくのはあの国のガヴァナンスが機能していないからだ、破綻しかけているソマリアを国家として立ち直さなければほんとうの解決にはならないと、ちょうどロッテルダムの弁護士が論じたように、彼の国へ2億ドルほど「海賊退治」特別会計支援金をだすことを約束しております。

 ところで、海賊の世界は徒弟制度で成り立っています。中世のヨーロッパにおけるギルドそのまま、つまり、新入社員はまず現場に配属されて実地に技術研修を積む。略奪のノウハウと戦利品処理のマネージメントを取得しながら、管理職のランクを昇っていくのであります。オランダ船を襲撃したりアメリカ人の船長を拘束した彼らは、出世階段を驀進中の営業部員であった。そして幹部までになった海賊は、すでに幾人もがミリオネアになっているという。文字通りのベンチャービジネスですから、勇気がありたくましく若くてハンサムな海賊たちは若い娘たちにも人気があり、縁談も増えているといいます。

 近年の海賊ビジネスは、ソマリア東北部の沿岸沿いに発展した新興産業であります。ですから、沿岸沿い(ソマリア東北部、プントランドと呼ばれる地方)の村落はいまでは「基地の町」として発展し、船舶関係の事業の他に、バーやナイトクラブを中心とした歓楽街が出現した。発展のテンポは急速な右肩上がり。音楽で言えばアレグロ・ヴィヴァーチェ(早く、軽快に)であります。

 ソマリアはイスラムの国ですから、お酒は飲めません。が、沿岸のナイトクラブには隣国エチオピアからエチオピア製のウオッカやジンが持ち込まれているそうである(エチオピア製のウオッカと聞くとすこしぎょっとしますね、おいしいかもしれませんけど)。勇気がありたくましく若くてハンサムな海賊たちは、ゴールドでできた太い鎖を首にじゃらじゃらと巻き、ダイヤのついた高級時計をはめ、レンジ・ローバーやトヨタ・サーフを運転して、クラブやバーへ遊びにやってくる。沿岸に点在する町は、彼らが落とすオカネでたっぷり潤っているというのです。国が破産寸前だというのに、その一地方はマカオかモナコのような発展ぶりである。

 だが、海賊経済のGDP指標が上昇する反面、犯罪や暴力は増え、ドラッグやエイズが広がるようになって、市民の安全という別の指数の数値はどんどんさがっていく。こういう発展は経済モデルとしても歪(いびつ)であります。

 ということで、プントランド地方の行政改革が叫ばれ(もっとも、国中でドンパチが繰り返されているとき、この地方だけをもって市民の福祉や安全を論じるのも奇妙な気がしますけど・・・)、このあいだ、住民の安全と福祉を公約にした候補者があたらしい知事として選出されました。公約の目玉は海賊退治であります。欧州からの2億ドル支援は、新知事の行革の資金となるわけである。つまり海賊にしてみると、海で軍艦に追いかけられるだけでなく、陸でも政治改革・海賊追放の声に追いかけられることになってしまった。海と陸の両側から同時に締め付けられ、やりにくい事態になってきたのであります。

 だが、海賊たちはさほど慌ててはいないようである。

 海賊たちは業界の組合組織をつくっていて、それは Corporation とよばれています。すなわち「コープ」である。数ヶ月前、フランスのジャーナリストがその海賊共同組合の広報責任者にインタビューをした話をわたくしはJMMに書いたことがありましたが、最近、その続編というか、今度は彼の上司にあたる海賊協同組合の組合長がじきじきにインタビューに応じておりました。組合長はアブシール・ボヤ氏といい、43才の働き盛りであります。8才のときに学校をドロップアウトし、漁師になって1990年代から海賊をはじめたという、業界の先駆者でミリオネア・パイレーツのひとりである。

 ジャーナリストはレストランにボヤ氏を招いて、食事をしながらインタビューをすることにした。

 やってきたボヤ氏は、すでに知名人なのですね、ほかのお客からの握手攻めにあってなかなかテーブルまでたどり着けないでいる。長く立ち話をしていた男はあとで従兄弟だと紹介されたが、職業は警察署長だということであった。

 本当なのかからかわれているのかわからないままでいると、ボヤ氏は駱駝肉のステーキとスパゲッティを注文し(アフリカらしいメニューですね)、「こんなところで白人のジャーナリストとテーブルにつくなんて、まるで猫と鼠が一緒に飯を食うみたいなものですな」と話し始めるのです。なかなかユーモラスな人物のようであります、ボヤ氏。

「昨今の世界からの圧力は、事業に影響がありますか・・・」
「仕事はたしかにやりにくくなっています。この商売は特殊ですから、軍艦にうろうろされて不必要に緊張しますね。そういうプレッシャーはありますが、宝船は軍艦が油断しているあいだにも頻繁に通りますから、プラスマイナスすると総収入はさほど変わっていません」

「でも、捕獲される海賊仲間の数は増えているでしょう・・・」
「要するに、追っ手からどうやって逃げ切るかです。ビジネスの環境は日々刻々と変わるので、能率的で効率的な逃走のためにも、技術の改革はつねに必要です。」

 危機管理の本質を捉えていますね。8才で学校をドロップアウトしたひとの発言とは思えません。「カンブリア宮殿」に出演したら企業経営者たちも学ぶことが多いのではないか、などとわたくしは一瞬考えてしまった。

「プントランドのあたらしい知事は、海賊追放をスローガンにしているそうですけど・・・」
「この国には行政力と政治力をあわせもつ政治家はいませんから、彼はちっとも怖くないですね。それより・・・」とボヤ氏は続ける。

「じつは海賊組合は、そろそろ解散しようと思っているのです」と意外なことを言い始めたので、インタビューをしていたジャーナリストはおどろいた。

 解散の理由とは、ソマリアのイスラムのイマムたち(イスラム教指導者)からの宗教的な圧力だというのです。宗教指導者たちは、知事や政治家たちとは別に、宗教上の理由から海賊を放ってはおけないと考えはじめたというのです。

「イマムたちとの話し合いの席で、彼らはイスラムの戒律に従って、悪さをしたわたしたちの手足をちょん切るぞとおっしゃるのです。政府や軍隊がそんなことを言ったって怖くはないけれど、相手はイマムですからね。わたしもイスラム教徒ですから、イマムに罰当たりだと言われるとかないません。」

「そもそもソマリアは真摯なイスラム国家です。イスラム教はわたしたちの宗教であり文化です。イマムがおっしゃるのなら、わたしたちも宗旨に反したことをしながら生きて行くわけにはいきません。」意外な発言であります。

「イマムは、若い女性たちに海賊とつきあうのはアラーの神の道に背くことだと教えはじめています。アルコールだけでなく、ドラッグやエイズもわたしたちが持ち込んだのだと説教しはじめ、海賊と聞いただけで彼女たちは扉を閉めるようになりました。 それで困っているのです。もともと、海賊は外国人を相手にしているので、わたしたちは市民の敵ではないのです。」

「そこで、わたしたちも罪滅ぼしをすべきではないかと思うようになりました。組合の集まりでも話し合ったのですが、海賊は男一生の仕事ではないし、それにわたしたちも天国に行きたいのです。酒に溺れ、自堕落な生活をしていては天国へは行けません。今日もわたしはここへ来る前に祈りを捧げてきたのです。祈ってアラーに許しを請いました。わたしたちはアラーだけではない、世界の人びとからも許してもらいたいのです。」

「わたしたちは昔のように素朴なフィッシャーマンに戻り、静かに魚を捕って暮らそうと話しているのです。そしていままでの収益をモスクに寄付しようと思っているのです。」

 祈り? 海賊が祈り? 許しを請う? 更生する? 事業の廃業・解散? 漁民へ回帰? モスクへ寄付? ジャーナリストはわけがわからなくなって言葉を失ってしまう。

 この男、アブシール・ボヤとはいったい何者なのだろう・・・。改心して目覚めた修道者なのか? 免罪を求める使徒なのか? 権力にすり寄って恩赦をねらうオポチュニストなのか? それとも市民のオストラシズムを怖がる小悪党か? あるいは天をも恐れぬ大嘘つきで、わたしをからかっているだけなのか、メディアを通じて世界をバカにしているのか。警察署長だといって肩を並べていた男は従兄弟だと言っていたな・・・。いったいどこからどこまでが本当なのだろう。

 ボヤ氏の携帯が鳴った。

 電話に出た彼は、「わかった」と低く答えて立ち上がり、行き先も告げずいそいそと小走りでレストランから出て行ったということであります。