2009年06月17日

追悼。そして哀しみから学ぶべきもの

515bbf11.jpg 先週の土曜日、6月13日。プロレスラーの三沢光晴さんが、広島での試合中に相手のバックドロップを受けて亡くなった。この日、いつになく早めに自宅に帰った私はネットニュースを見た妻から聞いてその訃報を知った。驚いた。そんな馬鹿な。亡くなった三沢さんと直接の面識はない。ただプロレスラーの知り合いは多いし、修斗出身のプロレスラーも何人かいる。たしか修斗初代ウェルター級チャンピオンの渡部さんは、三沢さんと同級生のはずだ。
 あまりの驚きに、すぐさま親しいプロレスラーの知人に電話をかけた。現場にいたレスラーからの聞いたというまた聞きの話ではあるが、「原因となったバックドロップは報道されているほど急角度ではなかった」こと、「三沢さんの体調が試合前から良くなかったらしい」ことなどが分かった。翌日にプロレスの試合を控えている彼は、「試合をするのが怖い」と呻くように呟いた。
 格闘技やプロレスの試合で死亡事故が起こる原因は、大きく三つに分けられる。一つは脳のトラブル。ボクシングなどで多いに脳内出血がこれに当たる。二つ目は心臓のトラブル。打撲などのショックによる心停止だ。そして最後が脊髄、特に首の頸髄のトラブルである。一般にリング禍と聞くと、硬膜下血腫など脳出血のイメージが強いと思われるが、実は一番怖いのは首のトラブルではないかと私は考えている。
 簡単に説明すると、人間の背骨(脊椎)の中には穴が開いていて、そのなかを中枢神経である脊髄が通っている。骨折や脱臼など脊椎に外力が加えらることによって、脊髄に損傷を負ってしまうことを、脊髄損傷(脊損)という。一度傷ついてしまった脊髄は再生したり直ったりすることはない。そして損傷を負った部分によって身体の運動を失なうことになる。交通事故などで半身不随になったりするのは、多くが脊損によるものなのだ。
 脊髄は上にいけばいくほど、重要な機能に関連している。胸の下から腰にかけて脊損があれば下半身不随になり、首の下部の脊損であれば麻痺は腕や上半身にまで及ぶ。首の上部、上から三つの頸椎部分は呼吸中枢に関係している。ここを損傷してしまうとほぼ即死の状態となり、医師でもほとんど手の施しようが無いそうだ。事故の翌々日の朝刊スポーツ紙によれば三沢さんの死因は頸髄離断だったという。
 事故直後のリング上ではAEDによって、懸命に蘇生処置が行われたという。しかし死因が頸髄離断であるなら、残念ながらAEDでは助からない。AEDは、外的ショックによって心臓が痙攣し正常に動かなくなる心室細動を、電気ショックによって快復させる装置であって、心室細動以外の心停止には効果がない。まだ脳出血であれば、緊急開頭手術などで助かった可能性もあるのだが…。
 ここで覚えておきたいのは、バックドロップにように後方に投げられた場合だけでなく、前に頭から垂直に床に突っ込んだ場合にも頸椎損傷は起こるということである。資料によれば柔道での死亡事故は、投げで頭から突っ込んで起こる頸部の脊損がほとんどだ。ゆえに柔道ルールでは頭から床に突っ込むような投げは、即反則負けとなる。アマ修斗でも、頭から床に突っ込むように技を掛けた選手には減点3を与える罰則が定められている。
 過去に修斗グラップリングの試合でも、数年前に青森で頸椎脱臼の事故が起こっている。この時は内股を狙った選手が、相手が軸足に足を絡めて防ごうとしたのにも係わらず半ば強引に投げに行ったため回転しきらず、二人分の体重を背負って頭からマットに突っ込んだことが原因だった。幸いにも脱臼した部位が頸椎の下部で、事故発生から病院搬送までの緊急対応がスムーズで、かつ頸椎の中の空間が広めなタイプだった(これにはかなり個人差があるのだとか)ため、脊髄に損傷が無く大事には至らなかった。現在は完治して何の障害も残らず、医師の指導の下、柔術選手として現役復帰を果たしている。ただこれは奇跡に近いほど、幸運が重なった例である。
 同様の事故は、試合だけでなく普段の練習でも起こりうる。そして経験値のあるレフェリーやドクターが立ち会っていない練習時の事故こそ、危険であるということをすべてのジム関係者は認識しなくてはいけない。どのような状態が危険なのか理解すること。受け身の修得を初期段階で徹底すること。トレーニングで首を鍛えること。初心者のみでの乱取りやスパーリングは行わないこと。そして万全の備えをしても、事故が起こる可能性はゼロにはならないこと。
 いま一度、競技および練習への安全意識を高め、事故防止の意識を持つことが格闘技に携わるものとしての責務だと強く思う。三沢選手のご冥福を祈ります。


ban10tyo at 05:07 │Comments(0)この記事をクリップ!

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