取り調べは全て録画の国から日本の刑事システムを見ると――JAPANなニュース
■本日の言葉「lay judge」(素人の裁判官、裁判員)■
英語メディアが日本をどう伝えているかご紹介する水曜コラム、今週は足利事件と裁判員制度にからめて、日本の刑事訴訟システムが英国からどう見えているかについてです。(gooニュース 加藤祐子)
のっけから私事で、しかももうかなり前のことですが、日本に長く暮らしていて日本語もできるイギリス人の友人が珍しく(まるで日本で生活したことのない人のように)私に向かって憤っていたことがありました。いえ、別に私がその人にひどいことをしたわけではなく、日本の刑事訴訟制度について。というのもその人の同僚(イギリス人です)が、飲酒運転だか何かで逮捕されてしまったのは確かに当人が悪いのだが、弁護士もつかず起訴もされないまま48時間も留置場に入れられるというのはどういうことなのか、と。そして自白に頼った起訴と、起訴事件の有罪率99%というのは、いったいどういうことなのかと。
そうしたことが正しいか正しくないかはさておき、そういう刑訴制度の国に暮らしているのだから、飲酒運転はしないことだねと、役に立たない助言しか私はできなかったのですが(正しいこととは思わないが……と付け足しつつ。けれどもその後、グアンタナモ基地が開かれるに至り、起訴されないまま48時間拘束なんざぁまだまだ甘かったのかと思うようにも)。
ただ一方で、私はイギリスの警察ドラマ「Prime Suspect」(邦題は「第一容疑者」。「クィーン」でオスカー受賞のヘレン・ミレン主演)が大好きなのですが、それを見ているとつくづく「最近のイギリスの被疑者は日本と比べたらあり得ないほど権利を認められているよな」と思います。警察段階から取り調べは全て、録音・録画ですから。そうでないと、法廷で証拠採用されない。
(とはいえ、イギリスで取り調べの可視化が義務化されたのは、別にイギリスの司法制度がそもそも高潔で無謬(むびゅう)だったからなどではなく、IRAがらみの爆弾テロ事件に関して、「真犯人でなくてもいいからとりあえず誰かを犯人に仕立てておけ」という当局のむちゃくちゃなでっちあげ捜査による冤罪事件の発覚が1980〜1990年代に相次いだから。そのひとつの「ギルドフォード・フォー(Guildford Four)」については、ダニエル・デイ=ルイス主演の映画「父の祈りを」が詳しいです)
○耳が痛い、日本の事件取材批判
なので、日本の刑事訴訟システムをイギリス人に高らかに批判されると、私は決まってギルドフォード・フォー(つまりは英ギルドフォードという場所で起きた爆弾テロで4人が冤罪になった事件)のことをやんわりと思い出させて嫌がられたりするのですが、その一方で、取り調べの可視化は当然のことだと思うし、自白偏重の取り調べと起訴は言語道断と思います。
で、前置きが長くなりましたが、足利事件で有罪となっていた菅家利和さんが釈放され、再審が決定したことを背景に、共に英国メディアのフィナンシャル・タイムズ(FT)とロイター通信が、日本の刑事訴訟制度の問題点を指摘していたのが、なかなか興味深かったです。
ロイターのイサベル・レノルズ特派員は「日本の警察は、被疑者を脅してむりやり(under duress)自白させる(squeeze confessions out of)」と批判されがちだとして、足利事件に言及。最近では部分的に取り調べの録画は導入されているが、日本では「自分で自分の無実を証明できなければ、釈放(acquit)されないのです」と指摘する青山学院大学法務研究科の宮澤節生教授のコメントを紹介しています。
FTのミュア・ディッキー特派員は、菅家さんの釈放は「改革のまっただなかにある(in the throes of reform)」刑事訴訟制度に「スポットライトを当てた(throw a spotlight on)」として、その日本の刑事訴訟制度について「自白に頼り過ぎ、科学捜査の限界を受け入れないと批判されている。また、警察が逮捕する被疑者は有罪に違いないと当たり前のように思い込んでしまう主要メディアによる、検証も不十分だ」と手厳しい。特に、かつて警察記者だったことのある私自身も、最後の部分はとても耳が痛いです。
警察発表や警察リークに頼りがちな事件取材のせいで、日本の事件報道は、刑事訴訟制度の問題の一部と化してしまうことが、確かにありがちだと思うので。
○それは裁判官を横たえるではなく
また状況からして当然ですが、FTとロイターは共に「もしも足利事件が裁判員制度のもとで裁かれていたら」と問題提起し、「菅家さんは、裁判員(lay judges)がいたからといって無罪にしてくれただろうかと疑っているが、一般市民は裁判官ほど取調中の自供に重きをおかず、法廷内でのやりとりを重視するのではないかと国学院大学法科大学院の四宮啓教授は言う。一方で、一部の専門家は、市民は法律のプロの裁判官の主張には、なかなか反対したがらないかもしれないという意見もある」と指摘しています。
ちなみにFTはここで「裁判員」を「lay judge」と翻訳。「judge」は裁判官で、「lay」はこの場合「素人」という意味です。「professional(プロ)」に相対する言葉です。「裁判員を横たえる(lay)」ではないのです。この「lay judge」が日本の裁判員について英語メディアの定訳になりつつありますが、ほかには、「citizen judge」という表現もちらほら目にします。
(ちなみに「lay」というのはかつては、「聖職者」に対する「俗世の人」という意味で多く使われていました。日本で言うところの、「出家」に対する「在家」みたいな違いです。今でも英米では「lay preacher」という表現があって、それはつまり、聖職者ではないのだけれども信心深く、教会で説教することが認められている人という意味です。余談でした)
ロイターはさらに、おそらく日本語で言うところの「お上にまかせておけばいい」という表現をわざわざ「leaving it to those above」と訳して紹介し、だから裁判員制度を開始しても結局、法律の素人の6人は、「3人のプロの意見を受け入れるしかない(will feel obliged to bow to)、そう思ってしまうのではないかと懸念されている」と指摘。
また「一般人(lay people)」の方が警察証拠を批判的に見るのではないかという意見と、いやいや、法廷で被害者家族の姿を目の当たりにしたら、一般人は感情に流されて「有罪」と言い易くなるのではないか——など、様々な意見のある現状を紹介しています。
裁判員制度について色々と意見も反対意見もあるでしょう。けれども少なくとも私は、「十二人の怒れる男」だけでなく「12人の優しい日本人」を何度も見ていて、かつ上記のように警察ドラマをあれこれと見ていて、そしてかつ警察記者だったこともあるだけに、もしも自分が裁判員に選ばれるようなことになったら、誠心誠意つとめたいと思っています。厄介なこと、人の生き死にに関わることはお上や専門家に任せておけばいい、というのでは、1945年までの日本と何も変わらないと思うので。
◇本日の言葉いろいろ
・lay judge=裁判員
・prime suspect=第一容疑者、最重要被疑者
・under duress=脅迫され追いつめられて
・squeeze 〜 out of=〜をしぼりとる、むりやり〜させる
・acquit=無罪放免
・in the throes of〜=〜のただなか
・throw a spotlight on〜=〜にスポットライトをあてる、注目させる
・feel obliged to 〜=〜せざるを得ないと思う
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◇筆者について…加藤祐子 東京生まれ。シブがき隊と同い年。8歳からニューヨーク英語を話すも、「ビートルズ」と「モンティ・パイソン」の洗礼を受け、イギリス英語も体得。怪しい関西弁も少しできる。オックスフォード大学、全国紙社会部と経済部、国際機関本部を経て、CNN日本語版サイトで米大統領選の日本語報道を担当。2006年2月よりgooニュース編集者。米大統領選コラム、「オバマのアメリカ」コラム、フィナンシャル・タイムズ翻訳も担当。英語屋のニュース屋。
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