空に魅せられたのは小学生のとき。出張の父を見送る伊丹空港で、きらきらと太陽を反射させながら舞い上がるジェット機を見た。大きさと、全身を震わす轟音(ごう・おん)に心を奪われた。
客室乗務員をめざした。「女の子が操縦士になれるとは思わなかった」からだ。「まずは英語」と、大学は英文科へ進学。接客マナーを身につけるため、ホテルでアルバイトもした。
就職活動中、新卒者対象のJALの操縦士募集のポスターを目にする。「性別、学部問わず」とある。すぐに応募した。約50人に3000人が殺到する難関。3次の管理職面接で落選した。全日空の募集は終わっていた。残された道は航空大学校だった。
受験では理系科目の出題があり、文系に不利と言われる。だが「1年あれば」と、成田空港で旅客係として働きながら勉強すると決めた。早朝出勤に夜間シフト。ターミナルで旅客を見送りながら、視線の端で機長を追った。制服に光る金色の4本線。「いつかそっちに行ってやる」。暇を見つけては、過去問集と向き合った。
約10倍を突破し、合格した。体力で負けないよう、週数回、1時間ほど走った。握力強化器具を鞄(かばん)に忍ばせ、電車の中でも握った。握力はいま、左右とも約40キロある。そして2年間で事業用の操縦資格を取得し、改めてJALを受験。就職を果たした。
積み重ねを支えているのは、「あした何が起こるかわからない。だからいまを精いっぱいに」という思いだ。
神戸市の高校2年生だった95年、阪神淡路大震災に遭った。割れた窓ガラスが降ってきた。家族と声を掛け合い、車に避難した。ようやく朝焼けに浮かんできたのは、見知らぬ街だった。笑顔が印象的な生物の教諭が、友人が、親類が、世を去った。
だから神戸へのフライトは特別だ。復興した街に励まされ、初心に帰る。
エンジンや車輪に手を添え、「よろしくね」と話しかける姿を思い出すのは、副操縦士になった06年当時、指導していた機長・青木正伸(49)だ。「本当に飛行機が好きなんですよ」。乗務前の機体点検は機長の仕事だが、彼女は時間があるとついてきた。
青木によると、立川の強みは、初めてのパートナーでも打ち解け、信頼関係を築くコミュニケーション能力の高さだ。たとえば飛行1時間前の打ち合わせ。立川は多くの場合、親ほども年の離れた機長と初めて対面する。ぎくしゃくしがちだが、立川は笑顔で和らげ、気象の変化やルート設定についてはっきりと意見を言う。そしてフライトが終われば、食事がてらの「操縦談義」を申し込む。客室乗務員からも「相談しやすい」と言われる。
フライトバッグに観光用地図を入れているのは、上空からいつもは見えない島や山が見えたときに、乗客に語りかけられるようにするための工夫だ。
ときに、「男の職場だなあ」と焦りに似た思いを抱くことがある。安定飛行を生む力強い舵(かじ)さばき、揺れたときでも低い声で「大丈夫です」とアナウンスして安心させられる信頼感が、自分にはない。「なんで私は男じゃないの」と悩むこともある。
青木の見方は違う。「飛行機は、チームのパフォーマンスで飛ばす時代。相手と協調し、1+1を3、4に引き上げる能力が必要となる。基本的な資質に男も女もない。立川の機長昇格は、私の夢でもあるんです」
機長には、副操縦士昇格から10年かかるとされる。「企業経営者のように孤独」と言われるように、運航の全責任を背負い、不測の事態にも的確な判断を下す精神力と技量が求められる。
そこに到達するため、4年目の立川は知識を、経験をとむさぼる。事故があれば報道をチェックし、「自分なら」と検証する。操縦室では、日々替わる機長が座る左席を観察する。乗務中に聞けなかったら、移動時に車中で機長に尋ねる。気づいたこと、感じたこと、指導されたことは、フライトの基本情報を印刷したA5の紙の裏に書き留める。それをファイルし、読み返す。
その「バイブル」の中に、酒の席でベテラン機長に言われた言葉がある。
「最初は皆、飛行機を腕で飛ばそうとして、技を磨く。次に経験と知識を生かし、頭で飛ばそうとする。でも、結局は心で飛ばすんだ」
出発15分前。乗客が搭乗橋を渡ってくる。立川は作業の手を休め、コックピットから一人ひとりを見つめる。
お年寄りの顔が見えたら滑らかな操縦を、ビジネス客なら定時運航を、家族連れなら楽しいアナウンスを。
心に刻む。祈りのように。
パイロットに求められる能力は、伝統的に七つとされる。①正確な知識②適正な操作③テクニック④状況認識⑤計画力と決断⑥指揮統率と調整能力⑦
順法精神と積極性。上司の青木に言わせれば、立川は「すべてで合格」だ。
このあたりを下の方に同点4位として並べつつ、本人がトップに据えたのは「感動力」。子供のころに飛行機を見たときめきを力に変え、失敗を乗り越えて狭き門を突破した。航大時代、初めて小型機に一人で乗った北海道・帯広の飛行が忘れられない。訓練の合間に、こっそり持ち込んだインスタントカメラで操縦席の自分を撮った。少し引きつった顔のセルフポートレート。いまも宝物だ。コックピットから見る無数の流れ星、雲上の朝やけ。
日々の風景からも、元気をもらう。「年をとっても、感受性を大事にしたい」
2番目はバランス感覚。先輩や上司に偏見を持たず、まっ白な状態で接する。そんなニュートラルさが学びのコツだ。次いで「しなやかさ」。せっかく数少ない女性なのだ。振る舞いも舵取りも、優しくありたい。
そして「運」。優れた能力を持ちながら、健康上の理由で操縦士を断念する人は多い。視力は2.0。健康に生んでくれた両親に、感謝している。