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社説:足利事件再審へ 名誉と人権の回復急げ

 足利事件の再審請求の即時抗告審で、東京高裁がDNA再鑑定を新証拠と認め、再審開始を決定した。検察側は争わない方針なので、再審裁判で菅家利和さんの冤罪(えんざい)が晴らされる見通しとなった。

 刑事司法にとって許すべからざる失態だったことが、いよいよ決定的となった。事態の深刻さを関係者は厳粛に受け止めねばならない。死刑か無期懲役刑の確定事件で再審が開かれるのは、89年に再審無罪が確定した島田事件以来だ。ほかにも3人の死刑確定囚が再審で無罪となっており、元無期懲役囚が仮出所後の再審で無罪となったケースもある。

 いずれも昭和30年代までに起きた事件であることに注意したい。そのために、捜査機関などは戦後の混乱が続いていた時代で、被疑者らの人権が軽んじられていた旧刑事訴訟法の名残から不当な捜査が行われた、と弁解してきた。世論もそれなりに受け止めた面があるが、今回は平成に入ってからの事件であり、捜査には人権上の十分な配慮が求められていた。取り調べ技術は向上し、問題のDNA鑑定をはじめ科学捜査も進歩しており、冤罪を防ぐ手だてはいくらでもあったはずだった。

 それだけに、捜査機関には猛省と再発防止のための徹底した検証が求められる。警察庁は調査チームを結成したが、なぜ捜査を誤ったのか、当時のDNA鑑定とミスの関係も徹底的に分析解明し、責任の所在を明らかにしなければならない。信頼性を高めるため部外の専門家を加え、公正な判定を仰ぐべきだ。同じDNA鑑定法が使われた福岡県の飯塚事件などの捜査も根底から虚心坦懐(たんかい)に問い直す必要がある。

 裁判官を含めた刑事司法関係者は、自白偏重主義の危険性を再認識すべきでもある。菅家さんは法廷でも刑事の影におびえ、自白を撤回できなかったと伝えられる。被疑者が取調官に恐怖心を抱いたり、迎合することを踏まえ、自白に頼らず、客観的な証拠に基づく立証に徹することを誓ってほしい。取り調べの可視化を求める声が一段と高まったのは当然だが、自供した場面だけの録画・録音は両刃の剣となることにも留意が必要だ。

 裁判所がもっと早くDNA鑑定に疑問を抱けば、菅家さんを17年半も獄窓に閉じ込めずに済んだことも見逃してはならない。裁判所当局は菅家さんの人権と名誉の回復のため速やかに再審を開き、審理では誤捜査、誤判の真相を解明して裁判官の責任も明確にすべきだ。

 裁判員制度がスタートした折、市民も人を裁くことの難しさをかみしめ、疑わしきは被告人の利益に、という刑事裁判の原則を肝に銘じて裁判に臨みたい。

毎日新聞 2009年6月24日 東京朝刊

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