【第5回】 2009年06月17日
和解によって設立される版権登録機構は、グーグルの立場を磐石にする
日本が選択すべき「枠組み」とは
ここまで説明してきたことから、重要な問題点が浮かび上がってきます。読者・ユーザーは、図書館の蔵書をデジタル環境の下で利用することができますが、図書館が公共機関である以上、デジタル化された蔵書についても公共的な利用を専らめざすのが筋でしょう。そうであるならば、グーグルのような一民間企業の事業としてではなく、国や自治体、図書館の事業として行うべきではなかったのかという疑問が生じます。
日本においては、今年度の補正予算で、国会図書館の蔵書デジタル化費用として、例年の100倍の規模となる127億円の予算がつきました。この予算は遅くとも来年度までには使い切らなければならないため、国会図書館はその対応に大わらわのようです。また、現在国会で審議中の著作権法改正案が成立すれば、国会図書館がその蔵書をデジタル化することに法律上の制約がなくなります。さらに、現館長の長尾真氏は、デジタルデータの商用利用まで想定した、デジタルアーカイブ構想を打ち出しています。これらは明らかにグーグル問題を意識した「公共」側からのアプローチだと言えます。
しかし、出版事業は本来民間の事業として行われてきたものです。出版社は営利企業として「読者のニーズをすくって金儲け」を目指しながら、時に「採算度外視で好きなものを作る」ことにより、多様な著者による多様な著作物を世に送り出し、多様な読者の要請に応えてきました。図書館などの「公共」と出版活動という「私」とは、互いの領域を侵害しない形で、全体として著作物を著者から読者へ送り届ける役割を果たしてきたと言えます。
著作物の流通が「紙の本・雑誌」という形態をとっていたときは、両者の棲み分けはおおむねうまくいっていたと言えるでしょう。ところが、著作物のデジタル流通はその棲み分けを根底から揺るがしつつあります。今回のグーグル問題はまさにその文脈で捉えるべき問題ですが、国会図書館の動きも、同様に捉えるべきであって、早急に「私」側からのカウンター・オピニオンが出されるべきでしょう。
そのカウンター・オピニオンがどのようなものであるべきか、については当然様々な意見があるでしょう。今回の版権登録機関のような権利処理機構を作るということも、選択肢の一つとして出てくると思われます。アメリカはグーグルの動きを追認することによって、和解案の枠組みを作りました。この枠組みが訴訟システムとベルヌ条約によって日本にも影響を及ぼすことになったことは、これまで述べてきた通りですが、問題の本質は和解案にどう対応するかにあるのではなく、日本はどのような枠組みを選択するのか、ということなのです。
グーグル和解案を読み解いていくことにより、ようやく真の問題が見えてきました。次回以降、この問題を検討していくことにします。
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村瀬拓男
(弁護士)
1985年東京大学工学部卒。同年、新潮社へ入社。雑誌編集者から映像関連、電子メディア関連など幅広く経験をもつ。2005年同社を退社。06年より弁護士として独立。新潮社の法務業務を担当する傍ら、著作権関連問題に詳しい弁護士として知られる。
グーグルの書籍データベース化をめぐる著作権訴訟問題は、当事国の米に留まらず日本にも波及している。本連載では、このグーグル和解の本質と、デジタル化がもたらす活字ビジネスの変容を描いていく。