余録

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余録:病院詐欺事件

 国学者の平田篤胤(あつたね)は若いころに江戸で医者をしていた。その門弟への医術の講義で当時の医療の内幕を告発している。今の医者は医術よりも患者をだます悪だくみの方が百倍もうまい--そう容赦なく糾弾したのだ▲ある医者は患者を信用させるために灰墨で作った丸薬を飲ませ「明日、黒い便が出れば薬がよく回った証拠だ」と言い渡す。その通りになって患者が感心した機をのがさず高価な薬を売りつけるのだ。また組合を作っての集団詐欺もあった▲ある医者にかかった裕福な患者との話で仲間の医者が「あの医者は○○という薬を使うでしょう」と言う。「いえ」と驚く患者に「○○は秘薬でよく効くのに」と言えば、患者は金に糸目をつけずインチキ秘薬の処方を求めるわけだ(氏家幹人著「江戸の病」講談社選書メチエ)▲残念ながら医療も人の営みだから今日なお悪だくみに利用される。先日、奈良県の病院が家宅捜索を受けたのは、生活保護受給者に手術や検査を施したかのように装い診療報酬を不正請求した疑いによる。これも内部告発がきっかけだった▲自宅も捜索を受けた医療法人理事長と病院事務長は容疑を否定している。だが病院の入院患者の約6割は生活保護受給者で、他府県からの転入者も多く、不自然な入退院の実態も目立つ。警察は不正請求の総額は数百万円になると見ている▲篤胤が医の腐敗を嘆いた当時も「医は仁術」の言葉はあった。そして貧富にかかわらず病に苦しむ人すべてが適切な治療を受けられるようにするのが今日の医療・福祉のめざすところだ。もしも制度の理想を裏切る悪だくみがあったのならば、その顛末(てんまつ)を見極めたい。

毎日新聞 2009年6月24日 0時01分

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