隠れニートを作らないために重要なこと
――企業の社会的責任、いわゆるCSRの下、「若手社員の育成は、企業が果たすべき役割である」とのことですが、寺崎氏も冒頭で「これまで、ニート対策については、ニート本人、親、学校、地域社会や国がどう関わるかという観点で論じられることが多かった」と冒頭でおっしゃっているように、例えば、ニートなど打たれ弱い若者を強い人間に育て上げるのは、企業の前に、まず家庭や教育機関が取り組むべき課題なのではないでしょうか。
寺崎氏: もちろん、家庭や教育機関が真剣に取り組むべき課題であることは確かです。しかしながら、実際問題として、打たれ弱い若者がどんどん社会に出てきてしまっている以上、そういった若者を受け入れる社会としての企業も何らかの対応策を講じざるを得なくなってきているという現状がまずあります。
寺崎文勝氏 |
しかしながら、企業は、若手社員の人材育成をネガティブに捉えるのではなく、もっとポジティブに捉えることが非常に重要です。企業が若手社員を、愛情を持ってしっかりと育てることで、必ずやその愛情は相手に伝わり、結果、企業や職場に対する愛着が湧き、若手社員が企業にとって大きな戦力に成長するからです。
欧州のように、新卒者の採用がほとんど行われていない国では、若者の失業率が10〜20%台を示しているといいます。それに対し、日本の若者の失業率は、なんとか一桁台を維持しています。これは、日本企業がそれなりに新卒者を採用し、育成に取り組んできた結果であり、私は日本企業が世界に誇れる点だと確信しています。
――現場の従業員がせっかく若手を育成しようと思っても、会社組織としての体制が整っていなければ、人材育成は困難なのではないでしょうか。
寺崎氏: おっしゃる通りです。勝ち組、負け組という言葉がありますが、最近は「人材を育てられる勝ち組企業」と「人材を育てられない負け組企業」に二極化してきています。余裕がない企業は、人材教育に十分な投資ができないため、人材を育成できず、ますます業績が落ち込んでいきますし、業績が良くなければ、優秀な人材を確保することもできません。
一方、業績の好調な企業は、人材教育に積極的な投資を行うことで、優秀な人材に育て上げ、それによって業績もさらに向上しているのです。実際、現在、勝ち組と呼ばれる企業は人材育成に非常に熱心で、多額の投資を行っています。研修体制も整っていますし、新卒採用の段階で「弊社は社員育成に力を入れています」としっかりとPRしています。
――それでは、富める者はますます富み、貧しき者はますます貧しくなるのではないでしょうか。負け組企業が勝ち組に転じるためには、まず、どういったことに取り組めば良いのでしょうか。
寺崎氏: とにかく、若手を、「仕事を通じて愛情を持って一生懸命育成していく」ということです。それしかありません。少なくとも上司は若手社員に対して、仕事をすることの意味や楽しみ、やりがいをきちんと示し、常にモチベーションを高めてあげる努力をしなければいけません。
寺崎文勝氏 |
「打たれ弱い」ということは、結局、困難な状況からすぐに逃げ出してしまうということです。それは、今まで困難な状況を乗り越えた後に初めて得ることができる一種の“成功体験”というものを、これまで一度も味わったことがないということを意味しています。
そのため、上司は、「苦しいことを乗り越えた先には、こんな素晴らしいことが待っているのだ」という経験をさせてあげることが必要なのです。それを1度でも経験できれば、その後、いかなる困難に直面したとしても、簡単には、逃げたり、投げ出したりしなくなるはずです。でも、困難を乗り越えた先に何も見せてあげることができないのであれば、その企業はせっかく採用した人材を失ってしまうことになるでしょう。それは、単に人材を戦略に結びつけられないだけでなく、隠れニート化させてしまうことにもつながります。
先ほどお話しした、IT業界における仕事の固定化や単純労働化というのは、結局、企業が、苦しい仕事の先に待っている“素晴らしいこと”を従業員に示してあげることができていないということであり、そのための努力自体もしてこなかったということなのです。
企業は、従業員を単なる“労働力”としてしか見ていなければ、当然の見返りとして、従業員からは、労働力として扱った分だけの貢献しか得ることができません。有能な企業経営者がよく口にする「人間尊重の経営」とは、突き詰めれば、結局のところ、「従業員1人ひとりの人生に、きちんと敬意を払う」ということです。従業員を1人の人間として尊重することによって、初めて、従業員は企業や職場に対する愛着や、経営者や上司に対する信頼を抱くことができるのです。これは、何も企業と従業員との関係に限らず、人間同士の間でも日常的に起こる、至極当たり前のことではないでしょうか。
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